お父様からの呼び出し。
数日、穏やかな日々が過ぎていった。
私とエリクは、主と従者。
それ以上に何かが変わることはあり得ない。変わる必要もない。彼は、私が望めば生涯共に生きるのだから。この関係は何よりも未来を約束されたもの…。そう思い込もうとしていた。
…しかし、それは唐突な呼び出しによって破られことになった。
「……お父様が?」
執務室の前。
その扉を目前にして、私はエリクの隣で深く息を吐いた。
お父様は常に公務で忙しい。何より私のことを気を遣ってか直接顔を合わせる機会は数えるほどしかなかった。時折メモのような気遣いをひと言をエリクを通して貰い、私もそれを返すという状態。
その父が、私とエリクの二人を同時に呼び出すだなんて。
エリクが静かに扉を叩き、私は彼の気配に背中を押されるようにして、気合を入れ直してから室内へと足を踏み入れた。
「お父様、お元気そうで何よりです」
「……ああ。報告通り、だいぶ人並みに対話に慣れたようだな」
机越しに向かい合ったお父様は、事務的な眼差しを私に向けた。私は努めて背筋を伸ばし、エリクを心の拠り所として意識しながら答える。
「はい。エリクが長年、献身的に仕えてくれているおかげです」
そう話すと、お父様の視線は私たちを交互に見つめた。その沈黙が、重苦しく室内に充満する。
「……簡潔に言う。エリク、お前を我が弟の元へ行かせることにした」
その言葉に、私の思考は一瞬で凍りついた。
お父様の弟――。
それは、あの八歳の誕生日、私の世界を壊したあの「人形」を贈った、悪戯好きの叔父様のことだ。
「エリクを……!? なぜです、お父様。他にも従者はいるではありませんか!」
声を荒らげる私を、お父様は片手を挙げて制した。その瞳には、親としての情愛よりも、統治者としての色に染まっているように見える。
「正式な身元の記録すら残っていない平民のエリクだからこそだ」
お父様は一度、エリクの地味な顔立ちを値踏みするように眺め、衝撃的な命を下した。
「お前には、弟の領地を乗っ取ってもらう。」
「!!」
あまりに突拍子もない話に、私は言葉を失った。
お父様は淡々と、続ける。
「今からお前は、あいつがどこかの街で成した『不義の子』だ。我が家で使用人として預かってきたが、今は優秀に育ったから後は引き取るように、と推薦状を書く。そして、内政を把握し、実質的な主導権を握れ。一部でもいい。私の忠実な駒として動いてもらう」
「そんな……そんなこと許すことはできません!エリクに嘘をつかせるのですか?バレてしまったらエリクは…罪人になってしまうわ」
私は震える声で叫んだ。
エリクを奪われること、それもあの叔父様の元へやるなど、到底受け入れられるはずがない。しかし、お父様の視線はさらに冷たさを増した。お父様は私の声など聞こえぬように話を続ける。
「領地の運営を学ばせた意味が分かったな?今までの恩をここで返せ」
「畏まりました」
エリクは、ただ、従者として従うしかない。公爵家当主の命令とあれば絶対だ。
私は拳をギチギチと痛いほど握った。
「お父様。それほど急ぐまでに、その領地が危険に晒されていると?」
お父様の意図を必死で理解しようとした。しかし、口に出した理由を否定して欲しかった。ただの気まぐれであれば、今まで通り我儘を突き通せるのではないか?って思ったから。しかし、お父様は頷いた。
「賢い娘で助かる。あの恵まれた土地で不穏な組織の動きを感じる。弟が監視を怠るせいだ。」
我が公爵家当主…その弟の領地で不穏な動きがあり、何かあればコチラにも飛び火する…ということなのだろう。これ以上、私がなにを言おうと無駄だと察した。
「ロザリアナ。お前は卒業までの間、こちらに来ている釣書の相手と会ってもらう。卒業までに相手が決まらなければ私の決めた者と結婚してもらう」
「っそんな、勝手に!!」
「ロザリアナ、いいね」
「…っ!……はい。お父様。」
私の返事に静かに頷く仕草をしたお父様。そしてまたエリクへ視線を向ける。
「ロザリアナが心配だと言うなら、さっさと領地の運命を握り、帰ってくる事だ。この子の事だ、君がいないと食事も喉を通らず日に日に衰弱することだろう。」
「はい、心得ております。」
お父様はこんな無慈悲なお人だっただろうか。私を心配する従者の気持ちをこうして利用しようとは。
永遠だと思い込んでいたこの平穏が、一気に暗闇と変わった。
◇ ◇ ◇




