妙な距離
私は日に日に一人の湯浴みが上達していった。それだけではない。エリクの教えにより、一人で出来ることも徐々に増えていったのだ。
とても順調に。
それが……妙にしっくりこない。
お風呂でエリクを洗ったあの日を境に、エリクの態度にほんの僅かに変わった気がする。
相変わらず優秀な従者ではあるのだけど…。絶妙に遠くなった…というのだろうか。
ふとした瞬間に目が合うと、エリクはいつもより僅かに早く、静かに視線を落とすようになった………気がする。私が冗談混じりにからかっても、従者として模範的な返答しか戻ってこない。そこに、彼の感情が見えにくくなってしまった。
触れる指先は、どこまでも慎重で必要以上の接触を頑なに避けているよう。
主人として無性に面白くなかった。
それでも、私は楽観視していたのだ。いくら彼が私との間に見えない距離を置こうと、私たちが主と従者であることは変わらない。高を括っていた。
数日、一人でできる事柄を増やし、更に上達を目指しながら穏やかな日々が過ぎていった。
学園から帰り、エリクの胸に飛び込むのだって…15分も我慢ができるのだ。
そして、今日はついに。
「ぅ…………今日は、我慢するわ。下がりなさい」
初めてエリクを吸わずに下がらせる指示を出す事に成功した。
「畏まりました、お嬢様」
「ええ!?まっ、ぅ、ぅうん。いいわ」
前までは、私の身を案じて吸うように誘惑してきた彼。なのに、そんな言葉やそぶりもなくなった。
「……ねぇ、エリク。最近のエリクは冷たくなったわ」
引き止めもせず、あまりにあっさりと引き下がろうとする彼の背中に、堪えきれず不満が言葉となって溢れ出していた。
エリクはピタリと足を止め、ゆっくりと振り返る。その表情は、どこまでも穏やかで、やはり完璧な従者のものだった。
「滅相もございません。私はいつでも、お嬢様の忠実な従者でございます」
「口ではそう言うけれど、目も合わせてくれないじゃない。前はもっと……その、私を甘やかそうとしていたでしょう?」
「お嬢様が自立を望まれ、こうして見事に一人でこなせるようになられたのです。従者として、これ以上の誉れはございません。これからは必要以上に私を頼ることもなくなっていくのでしょう」
そう言って静かに微笑む。
「まだ…頼らせなさいよ。なにを既に独り立ちのように言っているの?貴方は私を甘やかさなければならない存在なのよ?………年上なのだから」
「では、甘いケーキをご用意いたしましょう。とても努力されているお嬢様に」
甘いケーキ。それは確かに欲しい。でもそんな物理的な甘さを求めているわけではないのだ。彼のほんの少し開いた距離が、何故かとても越えられない何かのようで不安…そんな感じだろうか。
私が不満をあらわにムスッとしているのを眺めた彼は困ったように眉を下げて言った。
「今までの私たちが、余りにも近すぎたのです。失礼いたします。お嬢様」
今度こそ、彼は私の部屋を退出していった。次に戻ってきた時には、私の大好物のケーキを3種類も用意して持ってきた。確かに甘やかされている…。
今までが近すぎたのは、確かにそうなのかもしれない。
私は、その美味しいケーキを堪能しながら「私達の適切な距離は、どれほど遠いのだろう…」と考えた。
一人でできることが増え、順調に上達していく日々。これこそが、私の望んだ「自立」への道であるはずなのに。どうしてこれほどまでに胸が締め付けられ、痛むのか。
それはまだ、上手く言葉にすることができなかった。
◇ ◇ ◇




