丁寧に洗う。
考えてみれば、彼はいつも乙女の裸を余すことなく見て洗うために触れているのだ。
それなのに、私だけがエリクのその姿や扱いを知らないままでいるなんて…それはどうなのかしら。
「いいえ、洗うの! 途中でやめるなんて公爵令嬢の辞書にはないわ」
「ご令嬢は、自らの手で洗いません。それは使用人の務めでございます」
私は引き下がることなく、洗浄液を追加して手元の泡をワシャワシャと布で揉んだ。湯に足だけ浸け縁に座る彼の背中を眺める。
エリクもこんなワクワクとした気持ちで私の肌を磨いていたのかと、彼の気持ちを知る機会を得た気分になる。
泡立てた布を彼の首筋から肩にかけて乗せると、背中に優しく滑らせていった。
「なかなか勇ましい体だわ…女性ではなかなかこうもならないわね」
「お嬢様、泡を立てすぎでございます」
泡を伸ばすふりをして、手のひらを滑らせて体つきを確かめた。こうして触れる機会は早々無いだろうから、よく観察せねばと向き合う。
そうして丁寧に、隅々まで洗っていくうちに、私は楽しくなっていった。
もこもこと膨らんだ大量の泡は下に落ち、エリクと私の座る足元へと溢れんばかりに広がっていく。私達の下半身は、白い泡の山に埋もれて見えなくなってしまった。
まぁ、泡が多いに越したことはないわ。楽しいもの。
そんな風に考えて、その山のような泡の中に手を突っ込んだ。下半身は繊細だから丁寧に優しく洗わなければならない。
「お嬢様……そこは、洗う手順には含まれません。……どうか、お手を」
彼の声は僅かに震え、いつもの彼らしくないように見える。そうして後ろから顔を覗けば、顔が真っ赤になっている事に気がついた。それはまるで、初めて湯あみをお願いした時の幼いエリクのようだ。可愛らしい。
「ふふっ、恥ずかしがらなくていいわ。いつも洗って貰うお礼だと思ってくれてもいいのよ」
「従者に礼など…」
それでも彼は従者としての本分を忘れない。私の手を無理に振り払うような不敬は決してせず、ただ懇願するように私を見つめるだけだ。
「最後まで洗わなければ意味がないわ」
私は迷うことなく、見えない泡の中を手探りで進み、彼の身体の仕上げにかかる。
「お嬢様は、これは悪戯ではなく、本気で私の全てを洗うことを望まれているのですか?」
「ええ、もちろんよ。貴方だって私の全てを洗ってるじゃない」
大真面目に答える私に、エリクは深く息を吐き、静かに頭を垂れた。
「――畏まりました。お嬢様の気の済むまで、どうぞお使いください」
「ええ、任せなさい」
了承を得た私は、泡の中でさらに優しく手を滑らせた。せっかくここまで綺麗にしたのだ、見えないからといって手を抜くわけにはいかない。
「っ………、っ…!」
泡の奥で、エリクの身体が微かに跳ねるように震えた。
「気持ちいい?私は、洗うの上手いのかもしれないわ」
「お嬢様っ、もう、結構でございます、お手を……っ」
「あぁ、そうね。体を布で擦るだけでは痛くなってしまうものね。なら、最後の仕上げをしてから湯で流すわね」
そうして改めて、泡のなかで隅々までしっかりと手を動かした。
その瞬間だった。
「っ――……っ!」
エリクが短く息を漏らし、真っ赤になった顔を片手で覆った。気がつけば、ひどく荒い息を整えている。
互いに泡の山に包まれた状態で楽しさのあまり夢中になってしまい、彼への気遣いを忘れてしまっていた。これは、まずい!?と、咄嗟に声をかける。
「辛そうね、のぼせたの?長く付き合わせてしまったものね…私用の果実水を飲んでも良いのよ?」
「いいえ、問題ありません…」
泡から手を引き抜くと、湯を汲んで彼の肩からザブリとかけた。しかし、泡が多すぎてなかなか全ては流れない。これでは一人での湯あみは手が疲れてしまう。次から泡はほどほどにしようと学んだ。
「お嬢様、不用意に男の体に触れるものではありません」
「それは言われなくても分かるわ。私の湯あみを務めるエリクだから気安く触れられるのよ。」
「例え私相手であっても…こうして触れてはなりません」
「……ケチね」
こうして何事もなく、優雅にお風呂の時間を終えたのだった。
泡の加減はしなければ後で流すのが大変というのも理解した。まだ完璧とは言えないけれど、湯あみを自分一人で行う道が開けたのだった。
◇ ◇ ◇
アルファポリス版と違い、全年齢版のこちらはどの作品も内容が純粋で良いな…と癒される。こちらはこちらでとても好きです。




