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【完結】完璧な従者から自立したい!  作者: かたたな


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32/70

まるでマーメイド。


 翌日。


 白く立ち込める湯気に包まれ…。

 私は湯あみの自立を果たせぬまま。エリクがいつも通り、世話を焼いてくれていた。


 これでも抵抗はした。


「一人でやってみせるわ」


 そう宣言して、準備の整った湯殿へ入ったのだ。エリクを湯殿の入り口で待たせて。



しかし…。


「まず…どれを、どうするの?」

「紫の小さな瓶に入っている液体を…」

「紫?どの紫のことを言っているの」

「小さな紫の瓶でございます」

「コレは…ピンク…紫寄りのピンク?それともこれを紫と言っているの?」

「青寄りの紫の瓶でございます」

「コレは…青の瓶よね?」


 何も進まなかった。

 色の共通認識から始めなければならなかった。


「時間の無駄だわ…今日は私に説明しながら進めなさい。」


 面倒になり、こうして今日もエリクに任せたのだ。少しばかりの気まずさがあるが仕方ない。


 お湯に肩まで浸かり、ゆったりと身体をあずけながら、私は背後に立つエリクを見上げ、じっと観察する。


 どの瓶を選び、どの道具で何をするのか。


 これを覚えなければ、完璧な独り立ちなど難しいのだから…。しかし、次第に別のところへ目が行っていた。


 捲り上げられたシャツの袖から覗く、適度に日焼けしたしなやかな腕。私の髪を梳き、お湯ですすぐ手つきは、今日も恐ろしいほど気持ちいい。


 私は、なんとなくお湯から片腕を出し、エリクに向ける。


 水滴を滴らせながら、向けられる私の手。普通は避けるだろう。それか、驚いて身を引かれるか…。しかし、静かにその場に跪いたまま私の手の届く高さに顔を寄せた。


 そっと指先で触れたのは、彼の頬。


 よく見なければ分からないほど薄く残った、幼い頃の傷跡を温まった指先でなぞる。エリクの睫毛が微かに揺れ、彼はどこか遠くを見つめるような眼差しで、静かに呟いた。


「……今のお嬢様は、まるでマーメイドのようです」


 マーメイド。

 思いがけない美しい比喩に、私はなぞっていた指を止めた。幼い頃から美しく幻想的なものとして心に刻まれたソレに嫌な気分にはならない。一瞬だけ嬉しさに胸が弾んでしまい、頬が自然と緩んでしまう。


「主人を褒める言葉が増えたのね。なかなか気分がいいわ」


 しかし、喜びも束の間、エリクは地味なブラウンの瞳をゆっくりと私に向け、低く、静かな声を重ねた。


「気を抜けば、水の中へ引きずり込まれてしまいそうです」

「………褒めたように見せて落とすなんて、どういうつもりよ。」


 この従者は、主を『美しいマーメイド』としてではなく、『人を惑わす怪異のマーメイド』扱いする。

 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に、かつて読んだマーメイドの物語が浮かび上がった。


「マーメイド、懐かしい…。絵本では…人間に恋をして、自分の世界へ連れて行こうとするの。……でも、その深い水底の世界で、人間は生きていけない。悲しいお話になりがちよね」


 彼女たちは愛ゆえに抱きしめ、引きずり込む。けれど、その愛は人間にとって致命的な結末をもたらすのだ。


 エリクは、私の存在をそんな風に思っているというの?誘われるまま、 愛して触れれば命を落とす哀しい怪異。


 私は、湯の中から身を乗り出し、濡れた手で彼のシャツの襟元をぐっと掴んだ。

 そう言うなら、お望み通り引きずり込んでやろう!と、悪戯のつもりで笑みを浮かべて湯船のなかへと引っ張り込む。



 ボシャン!!


 一人の男が落ちる大きな水音が湯殿に響いた。


 大人の男の身体だ。そう簡単に引きずり込めるはずがない。そう思って思いっきり力を入れた。


 けれど、彼を落とすのに力なんてこれっぽっちも必要なかった。


 抵抗する素振りすらなく、私の手のひらに誘われるようにして、エリクの身体はあっけなく水面へと落ちてきた。


 波打つ水面が激しく揺れ、白い湯気の中に水しぶきが舞う。仕掛けたのは私だというのに、あまりの呆気ない結果に焦ってしまった。


 水中で柔らかくエリクの髪がお腹に触れる。慌ててその肩を抱え引き上げると、濡れた前髪の隙間から、じっと私を見つめていた。

 

「まさか、自分から私の元へ落ちてくるなんてね」

「…マーメイドに誘われては、拒むことなどできません」


 ずぶ濡れになった白いシャツが彼の肌にぴったりと張り付き、その逞しい体が目の前に現れる。これが十九になる男の体…と改めて観察してしまう。


 そんな中、悪戯をした私に怒るでもなく彼は言葉を口にした…。


「物語のように、マーメイドに引きずり込まれて亡くなった旅人も不幸ではなかったのかもしれません。幸せな夢を見たまま…意識を手放すのでしょうから」


 エリクはどこか、諦めのような言葉を呟く。私には、その彼の気持ちが上手く汲み取れない。

 

「……でも、貴方は私の元で息が出来るわ」


 エリクは、私の自立をいつも邪魔する。このまま傍にいていい…と、口から今にも出てしまいそうだ。


 私が自立しても、彼を傍に置くことは変わらないというのに。



◇ ◇ ◇

試しにこの時間に投稿してみましたが、あまり変わりませんでした。やはり予定通り19時投稿のままにします(・・;

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