ずっと仕えてほしい。
私の頭には、モヤモヤと良くない考えが巡っていった。
裏口でエリクに色仕掛けをしてきた業者の女。
あれみたいに、外部からも縁は舞い込んでくる。しかし、相手がまったくの部外者では非常に困る。
もしエリクがそんな風に、私の知らない外の世界の女へと目を向けてしまったら。私の手の届かない場所へと行ってしまったら。
それだけは、絶対に容認できない。
そこまで考えを巡らせた時、私の頭の中に完璧な名案が閃いた。
それならば、すべてを私の世界の中で完結させてしまえばいいのだ。
私は重ねていた手を離し胸を張った。
「もし貴方が結婚をするなら、この屋敷に仕える者になさい。そして、親子共に私に生涯仕えるのよ」
導き出した提案は、これ以上ないほど完璧な解決策だった。我ながら素晴らしい名案だと確信し言い放つ。
しかし返ってきた反応は、酷く呆れたような、深い、深い溜息。
「……お嬢様はいったい、何歳まで生きるおつもりですか?」
いつも通りの静かなトーンではあるものの、そこには明らかな呆れが混じっている。
「何歳までって、生きられるだけ生きるに決まっているでしょう」
「親子二代にわたって…生涯仕えよなどと、まるで絵本に登場する魔女のような仰り様です。私に子が生まれ、その子が成人する頃には、お嬢様も相応のお歳を召されているはずです」
エリクはそう言って、乱れた前髪を軽くかき上げながら苦笑した。
その視線はどこか優しく、けれど先ほどまで寝室に満ちていた重苦しい空気を、完全に日常の主従のそれへと引き戻していく。
「大体、私に結婚の予定などございません。相手を探す暇があるのなら、お嬢様のドレスを選定することに時間を割きます」
「予定がないなら、今から私が探してあげてもいいのよ? この屋敷の、なるべく貴方の好みの者を」
「……結構でございます。お嬢様が選んでしまえば、それは『命令』となってしまいます」
エリクはそう言って、空になったグラスを片付ける。その手際は相変わらず、非の打ち所がないほどに完璧だった。
「お嬢様の心意気は有り難く存じますが……婚姻となれば、相手の女性にも選ぶ権利というものがございます。私が望んだところで、そう上手くいくはずもございません」
「どうしてよ。貴方は私の『完璧な従者』なのよ? 断る理由なんてないわ」
不満を隠さず言う私に、エリクは「お嬢様は本当に、何もお分かりになっておられない」とでも言いたげに、静かに首を振った。
「華やかさが何よりも重視されるこの世界において、私のような男は不利な立ち位置にございます。誰も、このような地味な男を好んで夫に選びはいたしません」
淡々と、まるで他人のことを評するように言う彼の言葉に、私はハッとさせられた。
――そうか、そういうことだったのね。
先ほど裏口で起きた、あの業者の女の一件。
普通に考えれば、公爵家のお嬢様専属の従者に対して、不躾な色仕掛けなど仕掛けられるはずがないのだ。
それなのにあの女があの行動に出たのは、「この地味な従者なら、少し色仕掛けをしてやれば簡単に食いつくだろう」と高を括っていたからに他ならない。
「特に、この雨が降った後の泥のような髪色は好まれません。…私の瞳の色は、土に穴を開けたような色にございます。瞳を華やかにする睫毛も人並みでございます…。白く傷のない肌とも無縁でございます」
エリクが次々と、異性に好まれる『華やかさ』を持ってないと主張していく。しかし、私にとってその華やかさはどうしても受け付けられない。まるで、作り物みたいだ。
「土は、常に私達を傍で支える色だと言うのに…」
「多くの人は土ではなく、その上に咲く花々に心奪われるものなのです」
私にとっては唯一無二の光であり、十分に端正に見える彼の容姿。それらも、美しすぎる人々が溢れる外の世界から見れば「甘く見られる」容姿だとか。
エリクが外の世界でそれほど理不尽に侮られ、不利な扱いを受けているのだと思うと、わからずやな世界に嫌気が差す。
彼は懃懃に一礼すると、今度こそ部屋を辞するために扉へと歩き出す。
私はその後ろ姿を見送りながら、彼が「結婚の予定はない」と断言したことに、言葉にはできない安堵を覚えていた。
「それでは、お嬢様。これにて失礼いたします」
パタン、と静かに扉が閉まる。
冷たいアイスティーのおかげで、部屋の空気はすっかり元通りになったはずなのに、気持ちはどこか浮かれていた。エリク自身の口から『結婚の予定はない』と聞けたからだろう。
「可哀想なエリク。仕方ないから私が一生面倒を見て上げなければね」
この世界がエリクを評価しなくても、私の世界にいる限り彼は一番の輝きとなるのだ。
私だけの輝き。
ずっとずっと、共にいたい輝き。
◇ ◇ ◇
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