ただの包容。
結局、そのまま自室へ戻ってくる。
そして自室を当てもなく歩き回った。自室は私がいない間に侍女達が掃除もする…勿論エリクも。
「隠せる場所なんてあるのかしら?」
悩みに悩んだ結果、お気に入りの帽子を飾る棚にたどり着く。このガラスの棚には私の気に入った物を飾っている。毎日掃除をする場所でもないし「触ってはだめよ、お気に入りだから」とも言ってある。そこに、欲しくて購入した帽子だけれど、可愛らし過ぎて私には似合わない…とここに飾っている帽子がある。特に動かす予定のないその帽子の中に、破廉恥な瓶を隠すことにした。
「ふぅ…」
そう息をついた瞬間。
コンコンと控えめなノック音。全身がビクリと震えた。
「お嬢様、着替えて参りました。どうか、謝罪をさせてください。」
「謝罪なんていらないわ。」
吐き捨てた言葉は、自分でも驚くほど棘を帯びて冷たかった。それから扉の前に人の気配はあるものの、動きはない。
「入りなさい。」
このまま嫌な主ではいたくなかった。
しかし、どう切り出していいか分からない。
視線を合わせることすら躊躇われる。それに、どうしてもさっきの光景が頭から離れない。派手な女が、エリクの首にその白い腕を回したこと。
吐息が触れるほど至近距離で、彼の耳元に唇を寄せていたこと。
……思い出しただけで、胸の奥がざわついて耐えられない。
着替えて身を清めてきたように見える彼を眺め、ほっと息をつく。しかし消えない言いようのないモヤモヤを、一体どうすれば晴らすことができるのか。
私は、俯き加減で控えるエリクの前に、ゆっくりと歩み寄った。
「ねぇ、エリク。さっきの女性は本当にただの業者なの?」
「はい、お嬢様の御心を安らげる香りを探しておりまして…取引を行う一つの候補として呼びました。」
「彼女にされた事は、何とも思ってないのね?」
「もちろんでございます」
そう確認してから、私はその懐へと踏み込む。
そして、さっきの女性がしていたのを真似るように、彼の首に腕を回した。
「……!」
狼狽するエリクの体を、私はなりふり構わず抱き寄せた。
さっきの女の上書きをするように、自分の存在を彼に刻みつけようとした。
ただの抱擁。
ただの色仕掛け。そう思いたかった。けれど、それでもまだ、心の中の雲は晴れない。
「足りないわ」と呟きながら、私は彼の首筋に顔を埋めたまま溜息をつく。そして、少し腕を緩めてその顔を見上げる。
その瞬間。
「…………っ」
見上げた先にあったエリクの顔は、かつて見たことがないほど、耳の付け根まで鮮やかな朱色に染まっていたのだ。
いつもの冷静さはどこへやら、彼は目を見開き、呼吸を忘れたかのように固まっている。
そして、密着した私の体に、ダイレクトに伝わってきたのは
、服越しでもはっきりと分かるほど、彼の心臓が激しく打ち鳴らされていた。
……あぁ、そう。貴方も、こんな風になるのね。
湯浴みの手伝いも平気な顔でこなし、余裕たっぷりの大人びたエリクが。他の女性に慣れた様子で接していたはずの彼が。私の腕の中では、余裕を失って動揺している。
その事実が、驚くほど私の心を癒していった。
さっきまでのドロドロとした嫉妬が、嘘のようにスッと引いていく。
「エリク、何をそんなに恥じらっているの?私が貴方に抱擁するのはいつもの事じゃない。」
「…いつもと同じように言いますが…お嬢様?先ほどの者は、私に取り入り、お嬢様との縁を繋ごうとした色仕掛けでございます。それをお嬢様がやられては…」
掠れた声でそう応える彼の手は、私を突き放すことも、抱き返そうとすることもできず、宙で彷徨っている。
私は、彼から伝わる激しい鼓動と、その熱い体温を心ゆくまで堪能した。
「そんなに戸惑って、いい気味だわ。」
◇ ◇ ◇




