嫉妬と嫌悪
戸を開け放ち、裏口の踏み出す。私の突然の登場に、密着していた二人の肩がびくりと跳ねた。
「お嬢様……、お勉強中では……?」
「黙りなさい」
エリクを黙らせ、私はその傍に立つ女性を正面から睨みつけた。近くで見れば、やはり公爵家に出入りする業者にしては装いが派手すぎるし、何よりその男を誘うようなふしだらな距離感が癪に障る。
「貴女、どこの者かしら」
「あ、あの……香料を扱っておりまして……」
ガタガタと震え出す香料を扱うという業者の女性。ジワジワと後ずさるけれど、私は一歩一歩前に踏み出し決して距離を空けない。
「そう。品位のない振る舞いをする業者は、我が家には必要ないの。今すぐここから立ち去りなさい。今後、公爵家の敷居を跨ぐことを一切禁じるわ。」
「ま、待ってください、あの、ええと、私が個人的に彼を誘っただけで我が商会は決して関係は…」
「貴方は、どうやら商会ごと潰されたいようね?」
個人的に誘った?
その方が大問題じゃないの!!
有無を言わさぬ拒絶に、女性は顔を青くして、逃げるようにその場を去っていった。
静まり返ったその場に、私とエリクだけが残される。
一転して訪れた沈黙の中、私の熱は、冷めるどころか膨れ上がっていた。
昨日の出来事を喧嘩だと認識していたけれど、今の感情は何倍も激しい何かだ。
「……お嬢様。彼女は新商品をお嬢様に――」
「言い訳なんて聞きたくないわ!」
私は一歩踏み込み、無防備なエリクの胸ぐらを両手で掴み上げ、自分へ引き寄せる。彼の端正な顔がすぐ目の前、呼吸が触れ合うほどの距離まで降りてくる。
「っ……!」
近距離で視線が絡み合った瞬間、甘ったるい香りが掠めた。
「……最悪。何よ、この匂い」
間違いなく、さっきの女がつけていた香水の匂いだ。それが、私の唯一の従者に移っている。
彼がさっきまであの女に触れられ、胸を押し付けられていた証拠がそこにあると思うと、心臓の奥がドロドロとした何かに焼かれた。
「臭いわ。」
「お嬢様……」
「その服を脱いで捨てなさい! すぐに着替えてその匂いを一滴残らず洗い流すの。……じゃないと、二度と私の部屋に入るこも、傍に来ることも許さないわ!」
叩きつけるように言い放ち、私は彼の胸元を乱暴に突き放した。
突き飛ばされたエリクは、呆然と立ち尽くしている。今はただ、言葉を失っていた。
私は、彼が自身に落ち度のない謝罪を口にする前に背を向け、荒々しい足取りで屋敷の中へと戻る。
怒りに任せて歩きながらも、握りしめていた手のひらには、まだ彼の服の感触と、あの不快な香水の残り香がこびりついているような気がしてならなかった。
最悪。
最悪だわ。
こんなの従者を虐める悪い主じゃない。
エリクが誘ったわけじゃない。それを当たり散らしたのだ。自分のものに手を出された気がして。
……自分の物?
いいえ、エリクは物ではないわ。人間よ、人として、共に成長した…
大切な…
大切な存在。
あぁ、それを怯えさせてどうするの?
エリクが私の後を追ってきている様子はなく、恐怖に怯えているのか…それとも着替えているのか分からない。けれど、彼がいないうちに資料室へ向かった。ほぼ彼のみ使用するその部屋にツカツカと我が物顔で入室し、3つある引き出しから破廉恥な贈り物を探し当てる。
「こんな物、使われる前に私が処分してやるわ」
そう考えてポケットに忍ばせると部屋を出る。
………しかし。怒りに任せて出てきたは良いのだけど、処分出来る場所がどこにあるのか分からない。
エリク以外の使用人に「これ捨てておいて?」と言いつけるの?無理無理!!「旦那様!お嬢様がこんな物を!」ってお父様に言いつけられるに違いない。そもそも話しかけるだなんてできない。屋敷の外ならまだ虚勢を張れるけれど、屋敷のなかまでは気力が持たないのだ。
屋敷の中を歩き回るだけでも、何人もの使用人とすれ違ってギョッとされた。私が一人で部屋を出歩くなど遠い昔のような話だから無理もない。
私は一人、頭を悩ませた。
◇ ◇ ◇
ブックマーク増えて嬉しいです!!本当にありがとうございます!連載中にこんなにブックマークあったの初めてです(泣)




