それの行方
エリクの背中をただ見送り、扉が閉まる。
足音が扉の向こうで遠ざかっていった。
一人残された寝室で、私はベッドの端に腰を下ろし、火照った顔を両手で仰ぐ。
「最悪な1日だわ…」
エナが自信満々に勧めてきた、幸せを呼ぶ占い。あんなものはインチキにも程があるわ…と、自分の浅はかな失敗を棚に上げて毒づいてみる。だが、どれほど悪態をつこうとも、先ほど口にした己の言葉が脳裏を支配していった。
『欲しい使用人がいたらあげてもいいわ』
口走った瞬間は、ただこの場からあの破廉恥な代物を消し去りたい一心だった。けれど、落ち着いて考えてみれば、あれは「夜の営み」に用いるための代物。
それを渡すという行為が、どれほど露骨な意味を持つか必死に止められたばかりだ。
もし、エリクがあの小瓶を手に、若くて可愛らしい女性使用人のところへ行ったとしたら?
『これはお嬢様から頂いた代物だ。……私たちで使いなさい、ということだよ』
『そ、それは。お嬢様がそう仰ったのなら私は全力でお応えしなければなりませんね!』
『今夜は眠れないかも知れないな…』
『まぁ!エリクさんったら』
「破廉恥だわ…」
想像しただけで頭の中がバラ色に染まった。
エリクに限って、職場でそんなことはしないと信じてはいる。しかし、従者の年も知らずここまで呑気に過ごしていた私は、もう自分自身を信じ切ることが出来ない。
彼は「適切に処理する」と言ったのだ。彼にとっての「適切」が、私の想像の範囲内にあるとは限らない。
「確かめないと…。エリクの主として、不適切な分配が行われないか監視する義務があるわ……!」
あくまでも自分の口から出た指示なのに、私はジッとしていられずにスクッと立ち上がった。思い立ったら即行動しなければならない。あの破廉恥なものを処理するなら、今!この瞬間を置いて他にないのだから。
私は音を立てないよう、そっと扉を開けた。
夜の静けさが支配する薄暗い廊下。
角を曲がった先の床に、長い影がゆらりと揺れた。
「あれはきっとエリクの影ね…。」
私は音を立てないように裸足になり、その影を追って歩き出した。彼の自室は私の部屋の目と鼻の先にあるが、とっくに通り過ぎている。
「そうよね、主が近くにいるのに女性を連れ込むなんてできないものね。集中できないわ。」
階段を降り、さらに奥へと進む。
辿り着いたのは、父や兄から学びを得るために与えられた、もう一つの部屋『資料室』だった。
彼は周囲を警戒することもなく、一人でその部屋へ消えていった。
「なぜ、あの部屋なの……?」
不作法を承知で、私はその扉にそっと耳を寄せた。
中から聞こえるのは、衣の擦れる音と、木が滑る音。多分、この部屋のどこかの引き出しを開けた音だ。その後にコトリと何かが置かれた、パタンと閉まる。
引き出しに隠したの!?
捨てるんじゃなくて……?
彼が出てくる気配を察し、私は咄嗟に隣の物陰に身を隠した。部屋から出てきたエリクは、廊下で立ち止まり、ポツリと独り言を漏らした。
「っ……あれが……美容液。ふっ」
その息づかいとポツリと漏らされた言葉。明らかに笑いを堪えていた。
とてもバカにされてるわ。
…とはいえ、彼がどこに隠したかはわかった。きっと、あの部屋に恋人候補を呼んで大人のアレコレするつもりなのよ。
考えたわね、エリク。
あの部屋は今となっては彼しか使わないのだもの。女性を連れ込むなんて容易いわ。
そうして私の中で妄想と探究心が膨んでいった。
◇ ◇ ◇




