↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】完璧な従者から自立したい!  作者: かたたな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/70

されるがままの従者。


 上から見下ろすと、エリクの整った顔が目と鼻の先にある。全てを諦めたように目を閉じ、そこにいる。その彼の顔はどこか幼く見えた。彼の寝る姿など近頃は見る機会がなかったから、その表情や姿は新鮮だった。……彼を困らせるのは本意ではないけれど、こうした彼の一面をもっと見たいと、考えてしまう。


 その時、ゆっくりと瞼を開いた。


「お嬢様……このような体勢、はしたないですよ」

「はしたなくても構わないわ。それを返してくれるまで、離すわけにはいかないの」


 腹のあたりに更に体重をかけると、重苦しい吐息を漏らした。そ、そんなに重い?と少しだけ心配になり多少負担が減るように腰を上げる。


「重いでしょう?観念して渡しなさい」

「お嬢様のようなお方から、このような体勢を取られて観念するような者はおりません」

「返してくれなければずっとこのままなのよ?困るでしょう?」

「……左様でございますか。お嬢様がそこまでおっしゃるなら、私はこのまま、貴女の気が済むまで押さえつけられていましょう」


 どこか私を試すような響き。

 私が折れるまで、彼はこの姿勢を貫くつもりなのだ。試しに彼の掌にある贈り物へ手を伸ばしてみるが、男性の強い握力で守られた箱は、私の力ではピクリとも動かなかった。


「はぁ……こんな喧嘩をしたのは初めてだわ」

「お嬢様が、これほどお転婆な振る舞いを他でされても困ります」

「それもそうね……貴方だから、出来るのよね」


 私はぽつりと呟き、自分の体を支えていた腕の力を抜いて、絨毯に押し付けられる彼の広い胸に身を預けた。そのまま顔を埋めると、いつも彼から漂う清潔な石鹸と微かな紅茶の香り。さっきまでの激しいやり取りのせいか、汗の香りも濃い気がする。


「っ、お嬢様、このような姿勢は……」


「……エリク、いつの間に、こんなに大きくなったのよ」


 珍しく慌てる彼の動揺を肌で感じながら、私の内側に溜まっていた想いが、言葉となってポツポツと溢れ出していく。


「私はずっと、貴方を年下の男の子だと思っていて……守られながらも、どこかでお姉さんのような気持ちでいたの。……それなのに。貴方は…本当は私より一歳も年上で、こんなに体も大きくなって。こんな代物だって、見ただけで何に使うかすぐに判断できるほど大人になってしまったわ……」


 視界が歪み、目頭が熱くなる。


「ぐすっ……。私は、貴方と共に大人になったつもりでいたのよ。それなのに、どうして私を置いて、貴方だけがもっと大人になってしまっているの。……不愉快だわ!」


 感情が堰を切ったように溢れ出した。エリクの胸元に顔を埋めたまま、子供のように声を震わせる。私の言葉を受け止めてのことなのか…エリクの体が、微かに強張った気がする。


 広い胸板からは、規則正しいはずの鼓動が、わずかに速く刻まれる音が響いていた。


「……お嬢様。私は、貴女を置いて大人になったつもりなどございません」


 いつもの冷静な、けれどどこか祈るような丁寧な響きの声。


「私がこれの中身を理解できたのは、ひとえにお嬢様をお守りするためでございます。貴女を害そうとする不届き者や、不浄な誘いから遠ざけるための知識……。従者として、貴女を無垢なままにお守りすることこそが、私の使命です」


 その言葉に、荒んでいた心はみるみるうちに凪いでいった。

顔を少し上げると、至近距離で私を見つめるエリクの瞳がある。


 私は毒気を抜かれ、素直に溜息を漏らした。


「……ごめんなさい。八つ当たりだったわ。知らなかったのよ、これは高級な美容液か何かだと思ったの。可愛らしい瓶に入っていたものだから。……貴方に、情けない姿を見せてしまったわね」

「滅相もございません。……勘違いだと分かり、心より安堵しております」


 ゆっくりと彼の体から離れ、絨毯の上に座り直す。

エリクもまた、私の動きに合わせて静かに身を起こした。彼の手には、まだあの忌まわしい小瓶の箱が握られている。


「……その、それは……もういいわ。貴方の言う通り、預かって。……ううん、どこか私の見えないところで処分してもちょうだい。良い代物のようだから、欲しい使用人がいたらあげてもいいわ。…お願いね」


 ようやく素直になれた私の言葉。

 まだ羞恥心が残っていて、視線は合わせられないけれど、ちゃんと誤解を解けたと思う。エリクは手元の箱を一瞬見つめ、それから表情を崩すことなく、けれどどこか安堵したように眉を下げる。


「畏まりました。これは、私が責任を持って適切に処理いたします。……お嬢様の御心が、これ以上暴れることのないように」


 彼は立ち上がり、乱れた衣服を整えることもせず、まずは私に手を差し伸べた。


「お嬢様、お立ちください。……今夜はもう、ゆっくりとお休みください。明日には、お嬢様に相応しい、清らかな贈り物を選び直すお手伝いをさせていただけますか?」


 差し出された大きな掌。


 私を置いていったつもりはないと言ったその従者は、私よりも何倍も大人な気がしてならなかった。




◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。