お買い物。
あっけなく自立を妨げられた後。準備は整えられ辿り着いた雑貨店。
ここは、異国の珍品から実用的な小物まで、所狭しと品物が並んでいる…と店主から説明があった。
私は「一人でゆっくり選びたいの」とエリクを入り口に控えさせ、棚の間を歩き回る。すぐ傍にいてはサプライズにもならないものね。
エリクには何がいいかしら。実用的なペン? それとも、新しいカフスボタン?
そうして周囲を見渡しながら歩いていくと、ふと、店の最奥の一角に目が留まった。
そこには周囲の賑やかな陳列とは一線を画す、分厚いベルベットのカーテンが掛かった棚がある。
「あら、何か特別に高級なものかしら……?」
好奇心に駆られ、私はそのカーテンをそっと横に引いた。そこには、今まで見たこともないような奇妙な造形の細工物や、色とりどりの液体が詰まった小瓶が並んでいる。
こんな変な形の置物…誰が欲しいのかしら。悪趣味な人間もいるものだわ…なんて考えてみるものの、並ぶ瓶の装飾は美しかった。
「可愛らしい色合いの液体ね。サラサラというよりはトロトロ…かしら」
私は棚の隅にあった、とろりとした液体が入った瓶を手に取った。多分香水…?しかし、香りはそんなにしない。ならば美容液ではないだろうか。
男性で美容液を使う者は少ない。けれど彼に薄く残る傷が良くなったりはしないだろうか…と期待した。…まぁ、とりあえず良いものなのではないかと思えた。分厚いカーテンに守られた可愛らしい造形の瓶なのだから。
「ねぇ、エリク! これなんてどうかしら。」
満面の笑みで振り返り、その小瓶を掲げて見せる。エリクに贈るのだから、エリク本人の反応を少し見ることが出来たら…と考えて。
すると、声を聞きつけてやって来たエリクの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「お嬢様……。それを、殿方にお贈りになるおつもりで?」
「だめかしら?でもほら、中の液体がトロトロで塗り心地が良さそう」
「お嬢様、いけません。それは……置いてください」
手元に収まる美しい造形の瓶。
その中の液体を確認するように振って観察する。すると背後から伸びてきたエリクの手が、私の手首をそっと…けれど逃れようのない強さで掴んだ。いつも冷静な彼の声が、今までに聞いたことがないほど低く、ひどく切迫した響きを帯びている。
なぜ、そんなに必死なの?
私は驚いて彼を振り返った。
そんなに高価なものだったのかしら。訝しみながら、値段を確認するために棚に添えられた小さな説明書きに目を落とした。
『夜の閨に、至高の安らぎを――少量の媚薬効果・避妊効果・潤滑剤』
「…………っ!!」
頭の中が、真っ白を通り越して真っ赤に染まった。媚薬。避妊。潤滑剤。
それが何を意味し、どのような場面で使われるものなのか。十八歳の淑女として、最低限の知識は持っている。
つまり、私は今、あろうことか「夜の営みの準備品」を、大真面目に選んでいたということになる。
なんてことなの……
今すぐここで消えてしまいたい!
心臓が喉から飛び出しそうなほど激しく打ち鳴らされる。
隣に立つエリクの顔を見る勇気なんて、一欠片も残っていない。
けれど。
ここで素直に瓶を置けば、私が十八にもなって何も知らない無垢な子供のようではないか。それとは正反対なエリクの反応。まるで当たり前のようにその存在を知っている大人のようだ。
先ほどから彼が私に向ける、聞き分けのない子供を嗜めるような目も私を苛立たせる。
「……いいのよ、放しなさい!」
私はエリクの手を振り払い、震える指先でその小瓶を抱え込んだ。
「私は、これがいいと思ったの! 」
「お嬢様、正気ですか!? その言葉が何を意味するか、本当にお分かりなのですか」
エリクがこれまでにないほど強い口調で詰め寄ってくる。こんなエリクを今までに見たことはない。しかし、そういう態度で来ると反発心がわいてしまう。
「分かっているわよ! 私は、その……覚悟しているのよ!」
ヤケクソだった。
もはやサプライズもどこかへ吹き飛んでいた。
私は逃げるように店主の元へ向かい、困惑する店主に自らお金を押し付け、更には「贈り物よ」と呪わしい小瓶を包ませた。
とてもじゃないけど正気ではなかった。
…
店を出て、馬車に乗り込むまでの道のりは、永遠の地獄のよう。
一言も発しないエリクの、刺すような沈黙。
馬車に揺られながら、私は膝の上にある包みをぎゅっと握りしめた。
どうしよう……本当に買ってしまったわ。
これを、よりによってエリクに贈るつもりだったなんて……。
自立どころか、取り返しのつかない「破廉恥な誤解」の崖っぷちに立たされていることに気づき、私は泣きたくなるのを必死に堪えていた。
◇ ◇ ◇




