占い
湯あみを終え、エリクの手で丁寧に髪を乾かしてもらった後、私は彼を下がらせた。
「おやすみなさい、お嬢様。良い夢を」
いつも通りの、穏やかで低く、耳に心地よい声。
扉が静かに閉まり、部屋に一人きりになると、私は天蓋付きのベッドに身を沈め、天井を仰いだ。
湯気と共に消えてしまうはずだった思考が、暗闇の中で鮮明に形を成していく。
「……このままじゃ、駄目」
もし私が、いつかどこかの家へ嫁ぐことになったら。
エリクは「罰せられる覚悟」でついて来ようとしている。私の安らぎを優先して。それは、私にとっては救いかもしれないけれど、彼にとっては自らの人生を危険にするものだ。彼なしでは生活できないままでいる限り、彼は危険にさらされる。
(自立しなさい、私……)
せめて、使用人たちに囲まれても怯えずに湯あみができるくらいに。
あるいは、不安になるたびに彼の胸に飛び込んで、あの石鹸の香りに縋らなくても済むくらいには、強くならなければいけない。
私は恋だの愛だのと気にする前に、やらなければならない事を胸に刻んだ。
翌日。
私は、教室に入るなり真っ先にエナに相談した。
「エナ、昨日は気になるお方の話をしたけれど、ただの情かもしれないわ。付き合いが長くてよく会うものだから、エナの話を聞いた時、ほんの少し重ねて見てしまっただけなの。」
そう、情だ。
情があれば気安いものなのだ。そして、この感情について騒ぎ立てた所で将来結ばれる事もない相手。深追いしても得はない。
そんな話をエナはウンウンと聞いてくれる。
「ロザリアナ様がそういうのなら、そうなのかも知れないね。」
「えぇ、ごめんね占いなど出来そうになくて。」
エナの手元に、占いの本らしきものが控えてあるのを見て、少し申し訳無い気持ちになる。
「こんなの遊びだもの、深く考えなくていいわ。あ、そうよ!コレならどう?」
そう言ってエナはパラパラと占いの本のページをめくってゆく。そこには「幸運を呼ぶもの」と書かれている。沢山の単語が記されている。「新しい靴」だったり「親」とか「水」など、とにかく数ページにわたり番号の横に単語がある。
「この本に付属している数字が記された石があるのだけど、ポイと投げて表に出た数字が示すものが幸運を呼ぶアイテムなの。」
「そういう簡単なのもあるのね?」
「さ、やってみて!」
結局やらされるのね、と思わず笑ってしまう。もうすぐ授業が始まる時間だから、素直にエナから手渡された石を机の上に投げてみた。
それらはカツカツと音を立てて落ち、数字が表に出たり、後ろに隠れてしまったりと転がる動きを見せる。
そして、私に示された幸運を呼ぶアイテムは。
「贈り物?」
エナが、表に出た数字からページを指でなぞり、その言葉を教えてくれる。
「贈り物を貰える予定は無いわ。」
「ということは、ですよ?ロザリアナ様。」
エナはキラリとまるで先生のように瞳を輝かせる。その瞳には少しぞわりとさせられた。
「贈り物を貰うのではなく、あげるってことよ」
「あぁ、そうね」
「その付き合い長い殿方に贈り物をしてみたらどう?」
「…何故??」
「そのお方に贈り物、したことありますか?ロザリアナ様から」
…無い。
私はエリクの誕生日すら知らなかったのだ。贈り物をする機会がなかった。
あえて言うなら、美味しい毒の蜜を与えたくらい?なんて酷い主だろう。
「それも…いいかも知れないわ。長い付き合いで贈り物1つ無いのも悲しいものね」
そう呟く私へ、エナは何故か優しい眼差しを向けてくれる。彼女は時折、お姉さんみたいな雰囲気で私を見る時がある。
…
全ての授業が終わり、私はすぐにエリクに行き先を告げた。
「品数の豊富な雑貨店に行きたいの。贈り物を選びたくて…。」
すると、エリクは馬車の御者台に指示を出す手を一瞬止め、わずかに目を細めた。
「男性が好む物が多い店がいいわ」
「……殿方への贈り物でございますか?」
「そうなるわね」
あくまでも長い付き合いであるエリクへ、だ。何なら屋敷の使用人達皆に、何か用意するのも良い。そんな気がしてきた。
……いや、しかし。
屋敷で働く従者は多い…いったいどれほど何が必要なのか…と、考えてから今日は買うのをやめる事に決める。
欲しいものが分からないまま、必要の無いものを贈るより、チップを渡すほうが喜ばれるだろう。
「左様でございますか。……お嬢様がそれほど熱心になられるお相手ならば、良い品を選ばねばなりませんね」
どうやら彼は、エナと話していた「気になる人」――つまり、彼自身ではない「誰か」に贈るものだと勘違いしたようだ。
私はあえて訂正しなかった。最後に「貴方へのものよ」と明かすサプライズにすれば、少しは驚く顔も見られるかもしれないから。
◇ ◇ ◇




