湯浴み
思い出話も交えた夕食は楽しくて、料理も一段と美味しく感じられた。シェフにとても美味しかったと伝えるように言いつけ席を立つ。
「落ち着きましたら湯あみにいたしましょう。」
そう優しく声を掛けられた。湯あみ…これも私が乗り越えなければならない1つの壁。
「エリク。……貴方、十八歳のうら若き乙女の無垢な裸体を、その……目の前にすることに抵抗はないの?」
少し控えめに聞いてみる。やらせてるのは自分なのだから強くは出れない。しかし、エリクは大丈夫なの?この状況。どう思っているの?と、どうしても確認せずにはいられない。
エリクの返答は、私の予想を遥か斜め上に行くほど素っ気ないものだった。
「慣れました」
さらりと、彼は言った。あまりにも平坦なトーンで。
「――っ! 慣れた、ですって!?」
私は思わず彼から距離を取り、彼を指差した。うら若き公爵令嬢の、一点の曇りもない肌。それを「慣れた」の一言で片付けるなんて。
「ひどいわ!乙女の神秘に対して、あまりにも無神経すぎよ。」
憤慨する私を、エリクは一瞬だけ不思議そうに見つめ、それから恭しく頭を下げた。
「滅相もございません。しかし美しいものも毎日のように手入れを行いますと見慣れる日は必ず訪れるのです。」
「他にも言い方があるでしょう!」
エリクはふっと視線を上げ、地味な色の瞳で私を真っ直ぐに見つめた。
「お嬢様の裸体に対して『大変興奮いたします』などと正直に話す従者も、それはそれで嫌でしょう?」
「……っ、極端すぎるのよ、貴方は!丁度いい返事になさい」
あまりに身も蓋もない言い草に、私は顔を真っ赤にして叫んだ。
確かにそんなことを言われたら困ってしまう。けれど、だからといって「見慣れた」と断じられるのも、女性としてのプライドがちりりと痛むのだ。私は毒気を抜かれて、再びソファに沈み込んだ。
「ならば……『お嬢様の身体は美術品の如く美しい。故に邪な気持ちなど一切湧かず、丁寧に磨くことにのみ専念できるのです』。……このような釈明では、如何でしょうか」
「『如何でしょうか?』じゃないのよ。自然に言いなさい。何を今考えた文章を披露してしまってるのよ」
エリクからすれば、私の身体は守るべき「管理対象」であって、愛でる対象ではない。そこに羞恥や情念が入り込む隙間などないほど、彼は完璧に従者だった。
「それにしても、困ったわね」
テキパキと湯あみの準備を始めたエリクの姿を見て考える。もし、湯あみを自立するとなれば…待っているのは使用人たちに囲まれ、儀式のように洗われる光景だ。想像するだけで背筋に冷たいものが走る。
けれど、この完璧な従者の前に見慣れたらしい裸体を晒し続けるのも嫌だし、自立したい。
「はぁ、湯浴みは…何か名案が浮かぶまではお願いするわ。」
「……畏まりました。お望みのままに、お嬢様」
彼はそう言って、深く、静かに一礼した。
湯殿は白い湯気に包まれ、高級な石鹸の香りがしっとりと肌に馴染む。
私はお湯に浸かりながら、テキパキと働くエリクをじっと観察することにした。
「慣れた」と豪語する彼のその目に、少しでも「一人の女性」としての私への揺らぎが映っていないか、確かめてやりたくなったのだのだけど…。
エリクの所作には一分の乱れもない。
私の髪を掬い、丁寧に指を滑らせる手つき。肌を拭う柔らかな布の扱い。それらはどこまでも正確で、慈愛に満ちているようでいて、驚くほど無機質だった。
彼は私の肩の曲線を見ても、濡れて白く光る肌を見ても、ただ「汚れはないか」「怪我はないか」という点にのみ神経を注いでいる。その瞳には、静かな義務感しか宿っていない。
……本当に、何とも思っていないのね。
動揺はどこにもない。
完璧な従者として機能する彼を見ていると、私はなんだか、ひどく理不尽な罪悪感に苛まれてきた。
◇ ◇ ◇




