第8話 被害者判明
「それで、町からいなくなった不審者は特定できましたか?」
暗くなった雰囲気にカナイチは怖気付くことなく聞いた。
「……それも調査した。
そして、事件が起きた時から消息がパッタリと掴めなくなった人物がいた」
「それは!?」
「似顔絵を作成した。
この男のようだ」
その顔をみんながそれぞれ確認した。
その男の目はいやらしく、ニヤニヤと笑っていた。
似顔絵に協力した人物からそんな顔だったのが印象的だったのだろう。
「!?」
その時、ティーナの目が大きく開かれた。
その顔は恐怖よりも驚嘆に近く、口を押さえていた。
「テ、ティーナ?
この男を知っているのか?」
心配になったアルベルトは肩を優しく置いてティーナに聞いてみる。
よく見ればティーナだけじゃなく他の女性冒険者も同じ表情になっていた。
「え、ええ……
大丈夫……
でも、まさか……
カナイチくんの話を聞いてもしかしてと思っていたけど……」
「誰なのですか?
ティーナさん」
「この男……
多分、ストーカー」
「ストーカー!?」
他の女性冒険者もコクリと頷いた。
「うん。
アタシもちょくちょく後ろから見られていたわ」
「……私も体を見られている気がして……」
「あたしはないけど……」
メリッサはキョトンとした顔をしていた。
「……多分、メリッサちゃんはーー」
「……あたしはどうせ貧乳ですよ!」
「しかし、ストーカーされていて、どうして言わなかったのですか?」
「ジロジロ見られていたしニヤニヤしていたけど、手出しする様子はなかったから……」
「弱そうだったし、もし手出しをしてきたらぶっ飛ばすつもりだった」
実害はなく、後ろからニヤニヤと見ていた。
確かにストーカーには間違いないが、冒険者である以上、倒すことは容易で、それ故に言わなかったのだろう。
「でも、グラットンベアの事件以降、姿を消していたけど、その時は別の町に行ったんだと思っていた……
カナイチくんの話を聞いてまさかとは思っていたけど」
「なるほど……
確かに誰もこの人がいなくなったと伝えに来る人はいないでしょう。
女性は特に、いなくなって安心したと思っている人が多くても不思議ではありません」
「しかし、ティーナ、水臭いぜ。
それならきちんと言ってくれてもいいだろうに」
「アルベルトを心配させたくなかった……
ごめんなさい」
「い、いや……
謝って欲しい訳じゃないけどさ」
「……ん?」
すると、一人の白髪の老ギルド職員がメガネをあげて似顔絵の男を凝視した。
「【サガア】さん、どうかしました?」
「……よく見ればこの顔、見覚えがある」
「見覚え?」
「ちょっと時間をくれ……
確か資料室に……」
そう言ってサガアはギルドの資料室に向かった。
そこから埃まみれになった資料を掴んでパラパラとめくった。
「……あれは確か……
八年前……」
そして、ようやく知りたかった資料を見つけた。
「おお、これじゃ!」
そのページをみんなに見せる。
それにはこう書かれていた。
~馭者転落事故
【ホースト・ダイラー】、馬での移動途中で崖に転落。
事故の可能性もあるが、不審な点が多く一人の男を逮捕~
そのページはその逮捕された男の顔も載っていたが、その顔が先ほどの似顔絵の人物と酷似していた。
「こ、これ!」
「そっくりだ!」
「その男は結局どうなりました?」
「釈放されたよ……
事故当日は雨が降っており、何が起きたのか目撃者もいない。
ホーストさんの妻は彼に殺されたと証言していたが、証拠不十分で……」
「ホーストさんの妻?」
「ほれ、この人じゃ」
「この人……
【マコ】さん!?」
その人物は冒険者達の間で馴染み深い人物だった。
珍しい女性馭者でよく人々を乗せていた。
だが、その表情は笑顔だったがどこか疲れも見せており、影のある美人という印象が強かった。
「……もしかして、犯人ってマコさん!?」
「そうなりますね。
馭者ならこの事件の犯人にぴったりです」
「ピッタリ?」
「例え、門番達の目を眩ましても男性一人を背負って運んでいれば目立ってしまってしょうがない。
魔獣だらけの森を歩いて置き去りにして帰るのもリスクがありますし、酒やりんごを染み込ませないといけない以上、持ち歩くのは大変です。
運んでいる途中で被害者が起きかねませんし……
でも、馬車なら話が違います。
酔っ払いを馬車に乗せるのなら仕事の関係上簡単の筈ですし、被害者を馬車に乗せて運べば気付かれずに済みます。
仕込みも一緒に運ぶのも容易ですし徒歩よりも馬車の方が早い」
「……動機は……
旦那の敵討ち」
「そうだろうと思います。
彼女は旦那がこの男に殺された理由を知っていたでしょう……
みんなの話から察するに、被害男性はこの女性馭者を狙っていた。
旦那を殺して彼女を自分のものにしようと狙い続けていた。
女性を尾行して何もしてこなかったのは、その時が来ればその欲を彼女に全てぶつけるつもりだったから」
「そんな……」
「彼女なら男性を泥酔まで飲ませるのは容易だったに違いない。
彼女が相手ならこの男も飲まない訳がない」
「むしろ、ついに自分のものになったと思ったに違いない。
勝利の美酒のつもりだったんだろう」
さっきまで男性に同情的だった雰囲気は消え失せ、逆に犯人の疑いを持った女性馭者に対して同情的になりつつある。
「……これが本当なら彼女は被害男性を酔わせた状態のまま放置……
保護責任者遺棄致死罪が成立します。
死ぬことがわかっているのなら殺人罪も成立」
そう言ったギルド職員だが、その表情は悔しさを滲ませていた。
「だが、証拠はない……
例え九割九分、この男が被害者だったとしてもそれは全部こちら……
いえ、カナイチくんの想像に過ぎません。
被害者はこの男だという確証は何もない……
いえ、この男が被害者だとわかっていても……
もう遅い……
彼女がこの男を密かに家に上がらせて飲ませていたとしても……
もうすでに家を掃除済みでしょう。
ここまで用意周到な彼女のことです。
周囲から不審に思われないようにしながら掃除を済ませている。
被害者を特定させなかったのはカナイチくんの推測通り、町の人に殺したのではないのかという思わせないためでしょうが、もう一つは証拠隠滅するための時間稼ぎ……
今日まで毎日丁寧に掃除されたらあの男がいた証拠となるものは全部消されている筈です」
「家を調べても無駄……」
「いや、確実にそうだと証明できなければどっちみち許可は取れない……
被害者が誰なのか確証はありませんけど、彼女が怪しいから調べます……
それでは上も許可は出さない……」
「……完全犯罪」
「確かに……
完全犯罪かも知れない……
だが、これは博打に過ぎない」
「博打?」
「……よく考えてみろ。
森に置き去りにしてグラットンベアに喰わせる。
一見完璧な計画に見えるが、彼女の思うようになる確率の方が遥かに高い。
アルコールとりんごの匂いを染み込ませていても、都合良くグラットンベアが襲いに来るかもわからない。
襲ったとしても途中でアルベルト達に救われる可能性もあった。
いや、そうなったら彼女にとって最悪だ。
何せ、その男に彼女が自分を殺そうとしたことがバレてしまうからな。
そうなれば、男は喜んで全財産を渡していただろう」
「どうして……」
「あの男にとって彼女を手に入るチャンスを彼女自身からプレゼントしたようなものだからな……
男の執着を考えればむしろ安いと思っていただろう。
何しろ求めていた彼女の肉体を手に入れる大義名分を手に入れたからな」
「っ……!」
「じゃ、じゃあ、もし、俺達があの時助けていればーー!?」
「……彼女は自分から求めていたかのように……
させられていただろうな……
しかも、彼女は拒むことはできない……
彼女はあの男を殺そうとした……
その事実を暴露されたらどうなるか……」
「っ!」
アルベルト達の顔面は蒼白になっていた。
あの時、もっと早く駆けつけていればあの男を助けられたと思っていたが、もし助けていたら彼女の未来は汚されていたとわかったから。
「……あの男が私達をジロジロ見てて何もしなかったのはーー」
「手を出せば痛い目に遭うのはわかっていたが、それ以上にいずれその欲望全てを彼女にぶつけるためだったろうな。
今回のことが起きなかったら恐らく、溜まりに溜まった欲望を彼女にぶつけていただろう」
それが想像ではなく、事実なのは女性冒険者は容易に理解した。
「あの男ならそんなチャンス……
絶対に逃す筈がない……
満足するまで……
いえ、一生彼女にその欲をぶつけ続けていたに違いないわ……」
戦う力のない彼女が何とかするために、そして、旦那の仇を殺すために取った方法がアレなのだ。
「聡明な彼女もそれはわかっていた……
だが、愛する者を奪った男をただ殺すだけでは飽き足らなかった……
もっと残酷無比に、壮絶な痛みを与えてから殺したかった……
そして、彼女は勝った」
「ーー勝ったーー?」
「そうだろう。
彼女はもう二度とあの男に怯えなくていい。
もう二度とあの男に犯されるという恐怖を抱えなくていい。
あの男はもう彼女の前に現れないからな。
しかも、彼女に繋がる証拠もなく、被害者も正確に誰なのか伝えられずに……」
「……我々はもう彼女を捕まえることはできない……
証明も証拠もありませんから」
「そんな……
そんなことって……!」
だが、ティーナもメリッサも悔しがりながら内心、彼女の気持ちがわかっている。
「……彼女の気持ち……
わかる……
もし、自分の体が目当てで大切な人を殺したのなら……
私だってそんな奴を許せない……
例え、一般人だってわかっていても……
許すことはできない」
「ティーナ……」
「……彼女の憎しみもわかる……
あたしでもわかるよ」
「メリッサ」
被害者が誰で、犯人が誰なのか周囲はわかった。
だが、どうすることもできず、ギルド職員は苦悶の表情を浮かべながら机を殴りつける。
もう、事故として見ることはできない。
だが、殺人だとしても証明する方法はない。
そして、被害者は加害者で犯人はずっと苦しめられた被害者。
それがわかって追いかけるのが正しいかわからずにいる。
このまま、この殺人事件を事故として処理するべきか、証拠がなくとも殺人事件として無意味に追い続けるべきか。
その選択を迫られていた。




