第4話 カナイチ・ホームズ
ちょうどお昼と言っていいくらいの時間帯。
エルニア冒険者ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは二人の男女。
「もう!
結局朝帰りになったじゃない!」
「ごめんって!
だから、あの時、僕だけでも大丈夫だよって言ったんだよ」
「そんなこと言ってるけど、アンタ戦闘苦手じゃない!
もし、魔獣と遭遇したら大変なことになるでしょ?」
「それを言われると弱いな~……」
自分のことを僕と言ったのは、盗賊の格好をしている少年。
その少年の一番の特徴は髪型で、彼の髪はモジャモジャとしており、野鳥の巣のようになっている。
中肉中背で、全体から見ればかっこいいより、可愛らしい印象を与えそうな見た目である。
もう一人の少女は赤い稽古着を着ており、いかにも格闘家である。
髪は黒いポニーテールで、女性らしい膨らみもある。
「まあ、それはともかく、早く報告に行こうよ」
「全く……」
「すみませーん、【レナ】さん」
「あっ、【カナイチ】くん。
【アドラン】さんも一緒ですね」
少年の名は【カナイチ・ホームズ】。
少女の名は【アドラン・ナナリン】。
カナイチはその見た目からエルニアの冒険者達から弟のように可愛がられている。
しかし、町民やギルド職員は別の意味で注目を集めている。
「依頼人達を集めてますよ」
「はい、ありがとうございます」
レナが案内した場所には四人の人物がいた。
「あ、あの……
カナイチさん、それでお願いしたものは……」
その中の一人のお婆さんは不安そうにカナイチに聞いてきた。
「これですよね?
お婆さんが紛失したと言って慌てていたロケットペンダントは」
カナイチが懐から出したのは古びたロケットペンダントだった。
「そ、それです!
あ、ありがとうございます!
亡くなった夫の形見を見付けてくださって!」
「いえいえ。
それでそちらの人はこの落としたと言っていた財布、こちらは彼女さんと同じ形のお守り、そちらの人はカード」
そう言ってカナイチが次々と出したのはそれぞれ別の依頼人の失せ物。
「おおっ、マジか!
ちょっと諦めていたのに!
中身も大丈夫だ!」
「よ、良かった……
これで何とか失くしたことは誤魔化せそうだ……
あいつ、怒ったら怖いからな」
「助かった……
再発行するよりも安く済ませて……」
満足、あるいは安心した依頼人はそれぞれギルドから出た。
「流石、カナイチくんですね!
探し物の依頼を受理したのは昨日なのに、それを僅か一日で、しかも四件まとめて!」
カナイチが注目されている理由はこれである。
普通の冒険者は魔獣退治のような派手で金になる仕事ばかりを受け、こういうお金にならない細かい依頼を受けたがらない。
偶に暇潰しとして受ける人もいるが、慣れている筈もなく、達成するまで遅く、結局リタイアする人も多い。
だが、カナイチは普通の冒険者が受ける魔獣退治の依頼よりも失せ物を探す依頼を好んで受ける傾向にあり、しかも確実で、探し当てるスピードも段違いに早い。
その仕事ぶりから多くの人はこう言う。
~探し物の依頼を出すのなら、カナイチに頼め~
そのため、カナイチに直接相談する住民も少なくない。
「やっぱり、戦闘よりもこういう頭を使う依頼の方が好きなんだよな」
「何言ってるのよ。
基本隣町に行く時は私が護衛役じゃない。
カナイチは好奇心湧いたら無茶しがちなんだから」
「あ、あはは……」
「まあまあ。
確かにカナイチくんのような冒険者は珍しいですが、私達としてはとても助かってますから……
はい。
全部で八百デラルになります」
「そう言うこと。
でも、今回はアドランも手伝ってくれてるから、ほら」
そう言ってカナイチはアドランに五百デラルを渡す。
「……ふん!」
「おい、カナイチとアドラン!
また幼馴染同士、痴話喧嘩してるのかよ!」
「ヒュ~ヒュ~!」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「……それ以上アドランを揶揄うのは止めておけ。
アドランの拳、あるいは蹴りが来る」
「なあ、カナイチ!
今度また遺跡探索に付き合ってくれよ~!
お前がいるのといないとじゃ安心感が違うからさ!
アドランちゃんも来ていいよ!」
「僕で良ければ喜んで。
でも、アドランに言われているように戦闘は得意じゃないから任せていいかな?」
「もちろん、任せておけ!」
「そういえば、カナイチ達は昨日エルニアにはいなかったよな?」
「ええ。
実はペンダントは隣町のメローナの宿屋にあって、それはすぐに見付けたのですが、暗くなって、帰ろうとしても門番さんがいて、僕達のランクでは許可は降りず、そこの宿に泊まっていたんですよ」
「まさか……
ご一緒!?」
「ちゃんと別々の部屋です!」
「そう言うこと。
アドランには女性の浴場を調べてくれたので、少し多めに渡したんですよ」
(……カナイチが言った場所を探したらすぐに見付かったけどね)
「それで昨日は何があったのですか?
みなさんや町の人達、レナさんのような受付の人達、ギルドの職員さん達もどこか眠たそうにしてましたので、夜遅くに何かがあったんだろうなとは思っていたんですが」
「ハハッ、流石の観察眼だ。
実は昨日の夜、ヴェン音楽隊が来て、演奏会になってたんだ!」
「ヴェン音楽隊!?
あの綺麗な音楽を奏でるという有名なパーティーですよね!」
「そうだ!
あれは凄かったぜ~。
町はお祭り状態で賑やかだったんだ」
「楽しかったわよ」
「へぇ~、いいな~……
残念だったわね、カナイチ」
「そうだね、アドラン。
音楽は僕も好きだからな」
その時、扉が開く音が聞こえた。
全員がその方を見ると、疲れて浮かない顔になっていたアルベルト達だった。
「お、お前ら、どうしたんだ?」
「……グラットンベアを二体、同時に討伐したんだ」
「そ、それは凄いな」
「ただ……
男の人が喰われてーー」
メリッサの言葉で察したのか冒険者達はそれ以上聞かなかった。
「そうか……
辛かったな」
「先輩、大丈夫ですか?」
「カナイチ……
ああ、大丈夫だ。
むしろ、お前らがあの光景を見なくて良かったよ」
アルベルトは精一杯作り笑いをした。
「失礼します」
冒険者ギルドに神妙な顔付きになっているマリナ達が入ってきた。
その真剣な表情に流石の冒険者達も騒がしさを止めて話を聞き始める。
そして、厳格そうな男性職員が前に出る
「……アルベルト達から聞いたようだな。
早朝、一人の男性がグラットンベアに喰い殺された。
幸い、彼らの活躍によってグラットンベア達に夜被害はこれ以上出ない。
解剖も終わったので、報告をする。
まず、男性を解剖したところ、辛うじて残っていた胃の内容物から大量のアルコールが検出された。
つまり、高い確率で被害者は酔っていたことになる。
そして、残された衣類も特定はできた」
職員は購入してきた被害男性が着ていたものと同じものを冒険者達に見せた。
「ーーって、その服、どこにでも売ってある安物のじゃねえか!」
「……その通りだ。
この服は、そこの冒険者が指摘したように、町民なら誰でも手に入るもので、どこの服屋にも売っている商品だ」
「……つまり、服からも被害者の特定はできないってことか」
「ついでに言えば、服からはグラットンベアによって付けられた傷、気続けたことによる傷も、寝転がった時に付着した土はあったが、不労者特有の汚れはなかった」
「……そう。
またなのね」
「またって?」
「……その男は、グラットンベアによって顔も指もめちゃくちゃになって特定できなくなったけど、その男の身元がわかるものがないの。
カードはもちろん、酒瓶やスキットルもないの」
「酒瓶やスキットルもなかったのですか?」
「ええ。
財布も調べたけど、お金持ちでもなければ貧乏人でもない。
どれだけ調べても被害者が誰なのかわからない」
「……二体のグラットンベアを解剖したが、男性の血肉や骨の欠片、ティーナ・ブラウンのフロッド・バーニングによる水は出て来たが……
彼の身元がわかるようなものは一切なかった。
また、討伐した周囲も調べているが、酒瓶やスキットルの類、男性の身元がわかるものも一切ない。
有り体に言えば、“被害者は一般男性”、“グラットンベアに襲われたことによって死亡”くらいしかわからず、情報もないに等しい!」
「……男性に関する情報が一切ないってーー」
「だから、もし何かしらの意見があれば、ランクに拘わらず、どんどんと言ってくれませんか?
お願いします!」
マリナは頭を下げてお願いをするが、冒険者達の意見はバラバラだった。
「怪しい……
いくらなんでもこれは怪し過ぎるって!」
「馬鹿馬鹿しい。
ただの偶然さ。
ただの酔っ払いの見に起きた不幸な事故」
「じゃあ何でここまで男性についてわからないんだよ!」
「だから偶然さ。
アルベルト達も四六時中その場所に残って見張ってはないだろ?」
「でも、アタシ達はグラットンベアを倒してから護符を貼ったのよ」
「落ちてる瓶とかはそうじゃない。
そういうのを集めるのが好きな魔獣だっているし、アルベルト達がギルドに報告している間に持ち去ったんだよ」
「ついさっきまで俺達やグラットンベアが暴れ回っていたのにか?
そういう魔獣は弱いから怯えて隠れるんじゃないか?」
段々と冒険者達の間で水掛け論になっていく。
「ねぇ、カナイチ。
あなたはどう思うの?
……カナイチ?」
カナイチは顎を押さえて考えていた。
「……すみません。
被害者は酔っていたと言う話ですが、どのくらい酔っていたのかわかりますか?」
「そうだな。
胃の中は多少零れていたが泥酔……
少なくとも酩酊なのは間違いないよ」
「……妙だな」
「妙?」
「なあ、アドラン。
お前もギルドにいるからわかると思うけど、ここには酒飲みが多いよな」
「え?
うん、そうだけど……」
「そして、酔っ払いが僕達に絡んでくるのも多いだろ?」
「そうね。
揶揄ってきたり、大声を出してまだまだ飲むぞと言ったり」
そう言われて心当たりのある男性冒険者達が目を逸らす。
「僕は女性冒険者達が膝枕してとワガママを言われたり、お持ち帰りしたいとグテングテンになった状態で言われたことがあったよ」
カナイチの発言に、
「あ、あの時のことは忘れてよ……」
と恥ずかしさで顔を赤くする人もいれば、
「だって面白くて。
カナイチくんの反応もそうだけど、嫉妬してるアドランちゃんが可愛くて」
「し、嫉妬なんかしてないわよ!」
と揶揄う余裕がある人もいる。
「もう。
……それで?
何が言いたいのよ」
「いえ、そう言う酔っている人は共通としてフラフラと千鳥足になっているじゃないですか?
町のどこかで飲んでいたとしても、そんな状態の人がここから出て森の中を歩いて行けますか?
しかも、外に出るには門番がいる門を通らないといけない。
仮に森に着いてから酒を飲んだとしても、夜になってから向かったら門番に止められる。
昼なってから行ったのでは、もっと早く襲われていた筈です」
「……確かに、オレが酔った時は誰かの助けがないと森まで行くのは不可能だ」
「森で飲んだら良いことが起きるとか、そう言う噂話も聞いたことはないな。
自分の中のルールで決めているなら、そんな変な奴はすぐに思い付く。
だが、そんな奴すら思い付かないし、聞いたこともない」
「……一般人なら魔獣の恐ろしさはわかっている筈だよね」
「かと言って、あの男、助けてと言おうとしたんだ。
少なくとも自殺目的であえて襲われていたとか、そういうのじゃない。
……絶対に」
「……キミ達の意見はわかった。
あらゆる可能性を模索して、同じ悲劇を繰り返さないように努める。
今日のところはこれで解散だ」
そして、冒険者達は気になりながらも、それぞれの行動をする。
「アルベルト、ティーナ、メルヴィン、メリッサ。
こちらへ」
四人が呼ばれたので職員達の前に来た。
「キミ達四人は人を喰らった魔獣を討伐してくれた。
確かに被害が出て、悔やむ気持ちはわかる。
だが、キミ達の活躍がなければさらに被害が出ていただろう。
その働きは大きい。
グラットンベア一体討伐につき二千デラルになる。
二体討伐してくれたから四千デラル。
そして、人を襲う魔獣を二体討伐した功績を考慮して八百デラルの二倍、千六百デラル。
合計でキミ達のパーティーに五千六百デラルを進呈する!」
「……お金で気持ちの整理をしろと言っているように聞こえるかも知れません。
ですが、これで英気を養って欲しいと我々は思っています」
「……ありがたく受理します」
そう言ってアルベルト達は受け取った。
冒険者として生きる以上、それで得られる報酬は受け取るべき。
今更、ああすれば良かった、こうすれば良かったと言っても仕方がない。
過去は戻らないと知っているから。
そう頭でわかったフリをしても心は晴れない。
被害男性の死だけではない。
どうして、あの場所にいたのか?
どうして、被害男性が誰なのかを掴めないのか?
どうやって、酔った状態であの場に行けたのか?
真実が何一つわからないという事実が彼らの心を蝕んでいる。
「……ふむ」
だが、その謎に気になっているのはアルベルト達だけではない。
カナイチも好奇心からこの事件が気になってしょうがなくなっている。
「ねぇ、カナイチ!
私達も他の依頼を探そうよ」
「え?
あ、ああ……
そうだね」
ただ、今のところはまだ何の手掛かりはない。
今は冒険者らしく、依頼のことを気にしておこうとカナイチは思った。




