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カナイチ・ホームズの好奇心ー冒険者ギルドの小さな名探偵ー  作者: 才練人
〜熊に喰われた男〜 4章 苦しむ女性
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第14話 苦しみ

「……はぁ~」

 長い沈黙の中でマコは息を吐いた。

 まるで、緊張から解放されたように。

「……参ったわ。

 まさか冒険者でここまでわかる子がいるなんて……

 冒険者ってみんな戦いで有名になろうとする人ばかりだから、ギルドの目を誤魔化せば大丈夫だと思っていたのに……

 カナイチくん、アナタの存在が私の計算外ね」

「……やはり、マコさんの旦那さんを殺したのは」

「……あの男よ」

 マコの顔が穏やかなものから殺意と憎しみを隠さないものになった。

「あの男は最初から私の体が目的だった!

 いつも、私をいやらしい目で見て……

 勝手に執着して!

 あの人を殺したのもあの人がいたら私が手に入らないから邪魔だという理由で事故に見せかけて殺して!」

 歯をギリっとさせて悔しそうに目も鋭さが増していく。

「私は最初からあの人を殺したのはあいつだと思っていた!

 だから、殺す前に家にあがらせて強い酒を飲ませたわ!

 すると、あの男はベラベラと喋り出したのよ!

 どうやってあの人を殺して、事故に見せ掛けたのか!

 その動機!

 まるで勝利の美酒を飲んでいるかのように!

 私を好きにできると思い込んで舐めるようにいやらしい目で私を見て!

 酔い潰れていなければ何をしようとしていたか、隠そうともしていなかった……

 だから、決めたのよ!

 あいつを壮絶な痛みで葬ってやるって!」

 長年の憎しみを吐き出すように声を荒げて息を吸い込む。

 まだ足りないかのように。

「……もちろん、あれが賭けだったのはわかっている……

 もし、少しでも失敗すれば私自ら殺すか……

 あるいはあの男に自分から求めていたかのように振る舞わせて肉体を好きに使わせていたか……

 あの男はジロジロと私の胸を見ていたから、何をするかは分かり切っていたけどね……」

 そして、マコの目からじんわりと涙が溢れた。

「それでも……

 それでも、私はあの人を愛していた……

 ずっと、ずっと前からあの人だけ愛していた……

 あの人といて幸せだった……

 その幸せをあいつは踏み躙った……

 だからーー!」

「……マコさん」

「……正直、アナタの推理を聞いて……

 理不尽だなって思ったのよ」

「理不尽……」

「そうでしょ?

 あの男の犯罪の時は誰も捜査してくれなくて結局証拠不十分で釈放されたのに……

 私の時だけカナイチくんのような凄い人がないと思っていた証拠を私に突きつけてきたのよ?

 もし、君がいればあの男も捕まっていたんじゃないかと思っちゃって……」

「……すみません」

 その声を聞いて、カナイチは申し訳なさそうマコに謝った。

「……アナタ、年齢は?」

「十六です」

「……そっか、八年前ってことは八歳ね。

 そんな子どもに捜査に加えられないし、何ができたのって話よね……

 こっちこそ、理不尽だったわ……

 ごめんなさい」

「いえ……」

「……でも、悔しいな。

 あの男の顔も指紋もめちゃくちゃになって誰なのかわからないって聞いた時は完全犯罪だと思ったのに……

 それを一週間足らずで捕まるなんて……」

「……僕もアナタが町が賑わった理由……

 “ヴェン音楽隊”のことを知らないと気付いたから証明できたのです。

 それがなければアナタを捕まえることはできなかった。

 僕が言った……

 “質問に答えることができたのならもう二度と僕はあなたを犯人扱いにはしません。

 あの男も納得できないものの最終的には不幸な事故として処理されると思います”

 あれは脅しでもなんでもなく事実だったんです。

 もし、アナタが答えることができればお手上げだったんです」

「……ヴェン音楽隊……

 凄いな、それだけで私を捕まえられたんだ」

「……アナタの計画は確かに綱渡りでしたが、それでも凄かった。

 本当に」

「……ありがとう」

 そして、カナイチは重い口を開ける。

「実は僕は《《ギルドに依頼されて》》ここに来たのではないんです」

「……?

 どういうこと?」

「さっきも言ったようにギルドは僕の推理でアナタが怪しいと思っていますが証拠がなくてお手上げ状態だったんです。

 だから、依頼としてアナタを捕まえるようにすることなんてできない。

 僕もアナタが犯人だと証明する方法をギルドに伝える前に来た。

 そして、アナタにあの時、町で何があったのかを話した。

 つまり、アナタが犯人だと証明する唯一の方法は消滅してしまったのです」

 カナイチの発言を聞いてマコは穏やかな顔から警戒心を隠さない顔になった。

「……でも、僕はアナタの自白を聞きました」

「!?」

 マコはしまったというように目を見開きカナイチを凝視した。

 今、彼女の罪を知っている人物はカナイチだけ。

 そのカナイチが次に出る行動を彼女はわからなかった。

「……その真相をアナタはどうするつもり?」

 その声は冷たく、しかしどこか怯えが滲んでいた。

「……だから」

 次にカナイチが言う言葉をマコは真剣に聞いた。

「……だから……

 “《《自首》》”しませんか?」

 カナイチはまるでお願いするように困ったような顔でマコに頼み込む。

「……え」

 想像していなかった言葉を聞いてマコは面を食らい呆然としていた。

「このままいけば完全犯罪かも知れませんけど、自首した方がマコさんにとって良い結果になると思うんですよ」

「……何で」

「マコさんが許せない相手は捕まらなかった……

 それでマコさんが辛い思いをずっとし続けた。

 僕、もうマコさんに“犯人が捕まらない事件”で苦しませたくないんですよ。

 マコさんがどんな風に苦しむのか……

 想像もしたくないんです」

 マコを心の底から心配するようにカナイチはマコを優しく見つめ、諭すように言った。

 それがマコには信じられなかった。

 マコにとって男は自分をいつ狙っているのかわからない存在だった。

 旦那が死んでから言い寄ってくる人は自分の体が目当てだったりと下心が見え隠れしていた。

 失った悲しみから段々と人を信じられなくなってきた。

 誰も自分の苦しみを理解してくれない、誰も自分を助けようとしてくれない。

 そう思い続けた。

 でも、カナイチは純粋に自分が心配で自首を勧めに来てきたと理解した。

「あ……」

 マコの目から涙が流れ始めた。

 あの日から泣かないと決めていたのに、カナイチの優しい声を聞いて涙が溢れ出した。

「……私……

 あの男を殺してからようやく休まる日が来ると信じていたわ……

 けど、そんな日々なんて来てくれなかった……

 むしろ、逆だった……

 いくら掃除してもあの男がいた痕跡があるんじゃないか……

 実はこっそりと私があの男を家にあがらせていた場面を見られていたんじゃないか……

 そう思うと怖くて怖くて……

 眠れなかった……

 そんな場面を見られて誰かに脅されるんじゃないかって……!」

「はい……」

「例え、そうじゃなかったとしても……

 このまま捕まらなかったら私はいずれ憎んだあの男のように変わり果てるんじゃないか……

 いずれ、あの男だけじゃなくて平気で人を殺す……

 そんな恐ろしい人物になっていたんじゃないかっと思って……

 あの人に行けない女に変わり果てるんじゃないかと思うと……

 怖くて……

 怖くて!

 夢であの男が出てきて、飛び起きたこともあるの……

 まるで、罪から逃げられないように……

 死なないと終わらないと笑いに来るように!」

 それは憎しみの涙ではなく、怖くて怖くて怯えていた弱い人間だった。

「……白状するわ……

 最初、私はカナイチくん……

 アナタにも疑いの目を向けていたわ……

 アナタもあの男のように私を狙っているんじゃないかって……

 最低な人だって勝手に思っていたのよ……

 最低よね、私」

 ついに子どものようにマコは泣きじゃくる。

 そんなマコに対してカナイチは罰が悪そうに頭を掻いた。

「いえ。

 むしろ、今までのアナタの境遇を考えればそう思うのは無理ありませんよ。

 急いでいたとはいえ、こっちも勘違いさせるような真似をしてすみませんでした」

 それは罵倒ではなく、自分の非を認めるものだった。

「……わかったわ……

 私、自首します……

 証拠を持って……

 約束するわ」

「……はい。

 それがアナタのためになると信じてます」

「……不思議ね。

 確かに完全犯罪を暴かれた。

 それに対して悔しいと思っていたの。

 でも、今は……

 アナタに見つけてもらって……

 ホッとしてるの……

 心の底から良かったと思えている自分がいるの……

 怖かったのに、その気持ちもスッと消えて……

 なくなっていたの」

 そして、カナイチは立ち上がった。

「大丈夫ですよ」

「え……」

「マコさんはその男とは違います。

 疑わしいと思っていても毒を盛るチャンスはあったのに盛らなかった。

 それも二度も。

 だから、マコさんはその男とは違いますよ」

「カナイチくん」

 それがわかったからこそ、カナイチも自首を勧めた。

 彼女は例え自分の罪が相手にバレていたと思っていてもその相手を殺すような人物ではないとわかっていた。

「だから、大丈夫です。

 生き続けて罪を償い続ければきっと神様も許してくれます。

 そして、マコさんの大切な人と同じ場所に行けますよ」

 安心させるような笑顔でカナイチはマコに向けた。

「カナイチくん……

 ありがとう」

「それでは僕はこれで」

 カナイチは扉に手を掛けて外に出る。

 その顔は穏やかで手を振った。

 もう証拠はない。

 ヴェン音楽隊のことを知らないという証拠は存在しない。

 彼女との約束も口約束だ。

 反故にするのは簡単にできる。

 けど、カナイチは疑うことをせず、マコを信じてその場を去った。

 それがマコにとっては嬉しくてまた涙を流した。

「……ありがとう、名探偵さん」

 カナイチはマコの家が見えなくなるまで歩く。

 既に日は落ちて夜になっていた。

 その時、物陰から人が現れた。

 アドランだった。

「……カナイチの言う話し合いは終わったの」

「うん、終わったよ」

「……捕まえないのね」

「後はマコさんを信じるよ」

「……そう。

 それなら私は何も言わないわ」

「ありがとう、アドラン。

 心配で来てくれたんでしょ」

「それもあるけど、これ。

 護衛依頼の報酬。

 カナイチ、エルニアにつくと速攻でここに走って行ったからね。

 報酬はきちんともらっておいたわ」

「ありがとう」

「……帰りましょうか」

「うん!」

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