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あっちがわシリーズ(仮)  作者: 七瀬みる


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6/10

あっちがわの仮面 2.仮面と詠唱


 みち子の家なら、ご近所です。

 いったん、家に帰ってカバンをおいてくることも考えましたが、六歳の自分を今の自分の家につれて帰るなんて、ヤヤコシイことにもなりかねません。

 そのまま、直接、向かいました。


 ピン、ポーン


 インターホンが古典的な音をたてましたが、返事はありません。

 ピンポンピンポンピンポン――

 連打しても、同じです。

「まだ帰ってないのか?」

 鍵っ子のみち子です。まだ学校から戻っていないか、買い物にでもいっているか。そうでないなら、おばあさんの家かもしれません。

 健太郎にとっては、ただそれだけのことでしたが、六歳児は不安そうな顔になりました。

「ママさん、いない?」

 つぶやいて、ぎゅっと、健太郎のズボンのわきを、にぎってきます。

 さっきのやりとりを、思いだしたのでしょうか。「いない」ということばには、たんなる「留守」以上の意味がこもっているようにもきこえました。幼いながらに、いまおかれている状況が、ふつうではない、と、感じているのかもしれません。

(われながらカンの鋭いことで……)

 健太郎は、かるく幼児の頭をなでながら、

「買い物にでも行ってんだろ」

 主語をはぶいて、そういいました。

「それか、ばあちゃんちかもしれないぞ」

「ばあちゃん?」

 六歳児の顔がぱあっと明るくなりました。

「おう。場所、わかるか」

「うん! こっち!」

 六歳児は、ぐいぐいと、健太郎の手をひっぱりました。

 健太郎は、引かれるままに、ついていこうとしました。


 でも、たどりつくことは、できませんでした。


「あれ? なんだ、この道?」

 みち子の家の、すぐとなりに、路地というか、通路みたいな、細い道があるのでした。

 人ひとりがやっと通れるくらいの、道というより、すき間といったほうがいいような狭さです。

「こんなところに、こんなの、あったっけ?」

 いいえ。あるはずがありません。

 幼いころから、何度も、それこそかぞえきれないくらい来ている場所なのですから、まちがえようもありません。

 そんな場所に、そんな道など、なかったはずです。

 にもかかわらず……

「……みち子じゃん」

 ひょいとのぞきこんだ、その細い道の奥のほうに、見なれた女の子の後ろ姿が、見えたのです。

 それもまた、小さいころから、何度も何度も、かぞえきれないくらい見てきた背中です。やっぱり、まちがえようがありません。

 それに、顔だって――横顔でしたけど――ちゃんと見えました。

 道は、みち子のいるそのあたりで、十字路になっているらしいのです。みち子はそこで立ち止まって、きょろきょろ、左右を見まわしているのでした。

 そうして、ときどき、手にもった何かを見下ろしたりもしているのでした。

 まるで、コンパスかなにかで、方角をチェックしてでもいるかのように……。

(でも、こんな町なかで……?)

 健太郎が首をひねっているあいだにも、みち子は、行く先をきめたようでした。すっと、曲がり角の向こうに、姿を消してしまいました。

「あ、おい」

 健太郎はあわてました。

「こっちだ」

 六歳児の手をひっぱって、路地に足をふみいれました。

 六歳児は、まだおばあさんの家にいくつもりで、抵抗します。

 でも、健太郎がふりかえりざま、

「こっちにみち子がいるんだよ!」

 と、叫ぶと、「ほんと?」と、こちらも叫んで、走りだしました。

 それどころか、あせって、健太郎を追いぬこうとします。

 でも、道がせまくて、うまくいきません。ムキになった六歳児が「んー」とうなって、うしろから押してきます。

「こらこら」

 われながら必死だな、と、苦笑しながら、健太郎は、押されるままに走りました。

 あやうく、十字路を通りすぎそうになったのは、ご愛敬というところでしょう。

「こらこら、ここだここだ」

 六歳児にストップをかけ、左右を見まわします。

 でも……

「あれ?」

 みち子の姿は、どこにもありませんでした。

 右も左も、とくにカーヴしているわけでもない、一本道です。

 道幅は狭いですが、ずっと先まで見とおせます。

 そうそう見失うこともなさそうなものですが……

 どこかにまた曲がり角でもあるのでしょうか?

 どこか建物のなかにでも入ったのでしょうか?

 でも、道の左右は、住宅地の裏道らしく、ブロック塀や板壁や、生垣なんかがつづいていて、そうそう入りこめそうな場所もありません。

「勝手口でもあるのか?」

 健太郎は首をひねりました。

 そのあいだにも、「みっちゃんは?」と、六歳児がきいてきます。

「ねえ、みっちゃんは!」

 しびれをきらしたように、声は高くなっていきました。

 ああ、それがだな……と、健太郎が歯切れの悪い返事をすると、六歳児は、うーっと、うなって、パンチなんかもくりだしてくるのでした。

 幼児とはいえ、それなりにこしゃくな威力です。

「こらこら、やめんかっ!」

 いいながら、バランスをくずしそうになって、つい、曲がり角に、足をふみこんでしまいました。

 その瞬間でした。


「あれ?」


 さっきまでのせまくるしい道はもうどこにもなくて、二人の健太郎は、見わたすかぎりだだっ広い荒野みたいなところに、立ちつくしているのでした。


  *


「あづい……」

 健太郎は、うめきながら、よろよろと足をはこびました。

 六歳児は、やけに静かです。

 手をひいているのですが、とくに抵抗がないということは、ちゃんと歩いてはいるのでしょう。

 でも、声をだす元気は、ないようでした。


 最初は、そうではありませんでした。

 暑い、と、わめいて、健太郎がかしてやったジャージも、元から着ていたセーターも脱いでしまって、ほうっておいたら、そのまま裸にでもなりそうな勢いでした。

 健太郎も、上着を脱ぎました。

 そこは、見わたすかぎり、木の一本も生えていないような、ただひたすらだだっ広い荒野でした。容赦のない太陽がギラギラと照りつけ、地面はかわききって、ひび割れています。日かげひとつありません。

 さっきまでの十二月の寒さからすると、頭がおかしくなるような落差でした。

「どこだよ、ここ……」

 見まわしても、目印になるようなものは何もありません。

 ひび割れた大地に、ところどころ、緑というより茶色にちかい草が、ぽつり、ぽつり、生えているだけです。

 みち子の姿だって、そんなもの、どこにもないのでした。


 しばらくは、何を考えることもできず、ただぼうぜんと立ちつくしていました。

 でも、やがて、それもできなくなっていきました。

 ジリジリと照りつけてくる太陽は、暑いというより、熱いのでした。やけどでも負ったように、背中や手足が痛くなってくるのでした。

 流れた汗が、すぐにかわいて、塩になって、なおさらひりひりするのでした。

 のどがかわきました。

 暑さは、外だけでなく、からだの内がわからもやってくるようでした。

(そういえば……)

 砂漠の民は皮膚をださない。全身をすっぽり覆って、一見、暑苦しそうな厚着をしている。それというのも……。

 どこかで読むか、社会科の授業のときの、先生の雑談か何かだったか――そんな豆知識みたいなものを、思いだしました。

 ここは、地面が砂というわけではないのですが、殺人的な直射日光は、砂漠にも負けていないのではないでしょうか。

 健太郎は、あわてて、六歳の自分をふりかえりました。

 六歳児は、口をあけて、しゃがみこみ、はあはあ、あえいでいました。顔がまっ赤です。

「いかん、これ着ろ!」

 健太郎は、ぬぎ捨ててあったジャージを着せなおすと、さらに体操服もひっぱりだし、六歳児の頭に、頭巾のようにかぶせました。

 そんなもので間に合うのかどうかわかりませんが……何もないよりはマシであることを祈るしかありません。

(ジャージなら通気性もある……といいなあ)

 それとも遮光や断熱という意味では、健太郎のジャケットのほうがいいのでしょうか……?

 ききかじりの雑学知識なんかでは、どちらが正しいのか、どちらも見当はずれなのか、判断しようがありませんでした。

(とにかく、日かげをさがさないと)

 それに、水だ――健太郎は、六歳児をはげまし、はげまし、歩きだしたのでした。


  *


 それが、ついさっきのことでした。

 いいえ、もうずっとまえのことだったかもしれません。

 どれくらい歩きつづけているのか、健太郎にはわかりません。

 ただ、最初のうちは文句をいっていた六歳児が、いまはすっかり黙りこんでしまっている――それは危険な兆候なのだ、と、そのことだけは、頭のすみで意識することができました。

 だからといって、どうしてやろう、と、考える余裕はありません。

 健太郎だって、まいっているのは、同じです。

 六歳児には、デタラメでも、多少はそれっぽい装備をつくってやることができました。 

 でも、健太郎自身は、冬物のセーターにダウンジャケット。通気性が悪すぎて、さすがに着ていられませんでした。

 それらを脱いでも、下も長袖・長ズボンだったのが、せめてもでしたが……

 しょせん、長つづきするはずは、ないのでした。


 最初のうちは、あれこれ、いそがしく考えていたような気がします。

 ここはどこだ。どうしてこうなった。みち子のせいか。あいつは何者なんだ。見つけたらただじゃおかねえ……

 でも、そのうちに、頭がぼーっとして、何もかもオックウになっていきました。

 ただ、みち子の名前だけを、呪詛みたいに、つぶやきつづけました。

 でも、それもだんだん、意味がわからなくなっていきました。

 ただ、ひと目、会いたい。それだけのような気もしてくるのでした。


(やばいな。本格的にどうかしてきた……)


 最終的に意識を失ったのが、いつのことだったのか……。

 健太郎にはそれもわかりませんでした。


 ……。

 …………。

 ………………。


「にーちゃん、みずっ!」

 パシャンッ!

「うおあっ!?」

 突然の水しぶきに、健太郎はとび起きました。

 目を開けると、六歳の自分が、茶色い革袋みたいなものをかかえて、健太郎の顔をのぞきこんでいます。

 革袋のはしっこは、細くなって、そこから、水がしたたりおちています。

「水!」

 健太郎は、ひったくるように革袋をうけとると、むさぼるように飲みました。そして、むせました。

 六歳児がおろおろしています。

 でも、その痛さも苦しさも、ある意味、生きている証拠でした。

(あのあと、どうなったんだ……?)

 ひと息ついて、口をぬぐって、健太郎は、あらためて、あたりを見まわしました。

 そこは、あいかわらず、むきだしの地面の上ではありました。

 でも、日かげには、なっています。

 見れば、たたみなら一、二畳くらいのせまい範囲ですが、四隅に木の棒が立てられ、そのうえに、布のようなものがかぶせてあります。

 布……なのか、何か動物の皮革なのでしょうか。そのシートは、側面にも垂らされて、壁になってもいるのでした。

 粗雑な、まにあわせの、天幕――というか、日よけ的なもののようです。天井は、子どもでもまっすぐには立てないくらいの高さしかありません。

「ここは……?」

 健太郎がきくと、六歳児は、だまって、天幕の一面をゆびさしました。そこだけ布の一部がはねあげられています。

 赤銅色の背中が見えました。

 天幕のすぐ外で、上半身裸の男の人が、こちらに背を向けて座っているようです。

 パチパチと火のはぜる音がします。たき火のようです。

 その人は、たき火の前にすわって、火にかけた鍋の中身を、ヘラか何かでかきまぜているのでした。

 そうして、ゆっくりと上半身をゆらしながら、なにか、声をだしているのでした。

 ムーだとか、ンーだとか、あるいは、アーとか、ウーとか……言葉とは思えない低い声を、ふしぎな抑揚をつけながら、だしているのでした。

 歌うようでもあり、唱えるようでもありました(「詠唱」というのだと、あとで、健太郎にもわかりました)。

 あたりは、さっきまでの真昼のまぶしさではなく、すこし暗くなりかけていました。空は金色にかがやいて、その色もすこし赤みをおびています。まもなく、日が沈むのでしょう。

 夕方の光のなかで詠唱する、半裸の男。文明の香りのしない粗雑なテント。まるで秘境物の映画にでも迷いこんだみたいです。

「なんだ、こりゃ?」

 思わず、声をあげました。

 いいえ。半分は意識的に、自分の正気をたしかめるためだったかもしれません。

 けれど、その声に、男の人がふりかえったとき……

 健太郎は、なおいっそう狂気じみた世界に、はまりこんでしまうような気がしたのでした。


 その人は仮面をつけていました。


 かたそうな、たぶん、木製の仮面でした。

 一面にびっしりと彫刻がほどこされ、あざやかに彩色されています。

 全体を覆うのは白と黒のひし形模様。まるいギョロ目に、キバのある口。

 その口からは、先っぽが二股にわかれた青い舌が、のぞいているのでした。


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