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あっちがわシリーズ(仮)  作者: 七瀬みる


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5/10

あっちがわの仮面 1.春休みと一学期とクリスマス

ということで、第五話です。

トカゲ野郎がどんどん重要人物に…笑

シリーズの全貌がすこしずつ見えてくるでしょうか?


今回、今までより長め(約3万字弱)なので、六回に分割してあります。

完走いただければ幸いです。。


 健太郎がそのゴムのトカゲのおもちゃを買ったのは、ちょっとしたアテツケみたいな気分からでした。

「人のことトカゲトカゲいいやがって」

 ショッピングモール二階のおもちゃ売り場。その入口あたりに、雑に束にしてぶらさげてあるゴム製フィギュア。

 ヘビだのカエルだのトカゲだのクモだの……それ系の生きものばかりラインナップしたシリーズです。

 雑に売られているだけあって、高くはありません。ばらつきはあるようですが、ひとつ300円くらいから。

 五年生のお小遣い的には、許容範囲でした。


 もうじき二学期も終わり。冬休みに入る前に、クリスマス会をやろう、と、学級会で決まったのは、一昨日のことでした。プレゼント交換もやるとかで、何か用意しておかないといけません。

 わざわざあたらしいものを買うのもばからしいので、ありものでテキトーにすませるつもりでしたが……

 そのゴムのおもちゃのなかに、トカゲがいくつかまじっているのを見て、気が変わりました。

 思い浮かんだのは、幼なじみのみっちゃん――みち子の顔です。

 幼稚園から小学五年の今にいたるまで、一度も別のクラスになったことがない、腐れ縁です。

 そのみち子が、半年くらい前のある日から、健太郎のことを、ときどき「トカゲ」だの「トカゲ野郎」だの、呼ぶようになったのです。


 そう。半年ほどまえ……

 一学期なかばの、日曜日でした。

 一年生か二年生くらいの、小さな女の子が、休みの日だというのに、ランドセルを背負って、住宅地を歩いていました。

 その子が、健太郎を見るなり、出合い頭に、指さして、

「あ、トカゲ」

 などと、いったのです。

 いきなり何をいいやがる、失礼なチビだな、と、健太郎はすごんだのですが……その健太郎の後頭部にツッコミを入れてきたのが、みち子でした。

 どうやら、その子とみち子は知り合いだったらしいのですが……

(知り合いっていうか、なあ……?)

 時間をこえてやってきた、五年前のみち子本人だ、などと、口走るのでした。


 ふつうなら信じられるはずもない与太話でした。

 でも、そこは腐れ縁の幼なじみ。

 いわれてみれば、その子が、小さいころのみち子にうり二つであることは、健太郎も認めざるをえませんでした。

 よほど近い親戚か、むしろ妹か……そういわれていたのなら、すぐに信じていたかもしれません。

 けれど、そうではない、のだそうで……

 みち子は、その子を、もといた時間に帰してやる、などといって、なんだかよくわからない作業をはじめたのでした。

 そうして、他人には話してもとうてい信じてもらえないような、ふしぎな出来事を、健太郎自身、その目で目撃することになったのでした。


 結局あれは何だったのか……

 みち子にきいても、「うるさいわね」「かんけいないでしょ」「知らなくていいから」などなど、まともなこたえは返ってきません。

 なにもわからないまま、時間だけがすぎて、もう半年。

 さすがにもう慣れたというか投げたというか、あまり気にしないようにはなりました。

 でも、忘れたわけではありません。

 そのトカゲのおもちゃを見つけたとき、久しぶりに思いだしたのです――あのときの、意味不明なトカゲ呼ばわりのはじまりを。

 そして、思ったのです。

 だったら、プレゼント交換、コレにしといてやるよ、と……。


  *


 といっても、クラス全員のプレゼント交換です。

 さすがにそれがみち子本人の手にわたるとは思っていませんでした。

 しょせんはナイショのひとり遊び。こっそり仕込んだロシアンルーレットを、健太郎ひとりがおもしろがっているだけのこと。

 それも、クリスマス会当日には、もう、だいぶ冷めていました。

(なにやってんだ、おれ)

 だから、プレゼントの交換がおわって、開封の儀がはじまったとき……

 歓声や、嬌声や、笑い声やで、わいわい、がやがや、にぎやかな教室に、

「なによ、これ、キモチワルイ、だれのセンスよ、だれの」

 なんて、みち子の罵声が響いたときには、かえって耳を疑ったくらいのものです。

 しかし、見ればたしかに、みち子が、"ばっちい"ものでもつまむように、指先でぶらさげているのは、ゴムのトカゲ以外のなにものでもないのでした。

 どうも、ほんとうに、健太郎のプレゼントを、みち子が引き当ててしまったようです。腐れ縁おそるべし。

 しかも、みち子が、そうやって毒づきながら、ジトーッとした視線を送ってきたのは、ほかでもない、健太郎にむかってでした。

 クラス全員で輪になって、ぐるぐる手わたしでまわしていったのですから、どれがだれのプレゼントだか、そうそうわかるはずはありません。でも、すっかり、決めつけているのでした(まあ、正解ではあるのですが)。

 そこでほうっておけばいいものを、そうできないのが、腐れ縁の腐れ縁たるゆえんでしょうか。

「なんだよう、おまえの好きなトカゲだぞ、よろこべよ」

 なんて、健太郎も、つい、いい返してしまったのでした。

 あとはお約束の口ゲンカ。

「やっぱりオマエかーっ!」

 なんて、みち子が突進してきて……

 またやってるよ、とかなんとか、クラスメイトが肩をすくめるのでした。


  *


 そんなこんなの放課後――

 ゴムの尻尾をぶらさげながら、健太郎は通学路を歩いていました。

 トカゲは結局、つき返されてしまいました。

 かわりに、健太郎がもらったプレゼントは、みち子に強奪されました。

 これでは、貴重なおこづかいで、わざわざ、ほしくもないおもちゃを、自分用に買ったみたいなものです。

「ちぇっ」

 ばかばかしい。

 腹立ちまぎれに、ぐるぐるトカゲをふりまわしたときでした。

「あー、トカゲー!」

 甲高い子どもの声がきこえました。

 小学校の一年生か、もしかしたらまだ幼稚園くらいかもしれない男の子が、健太郎を指さしています。

「だれがトカゲだ、だれが! ――って、またこのパターンかよ!」

 立ち止まってすごみながら、思わず、セルフツッコミが入りました。

 あっけにとられたのは男の子です。

 キョトンとした顔で、健太郎の手もとを指さしながら、「とかげぇ……」と、所在なげにつぶやいています。

「ああ、こっちか」

 われにかえって、健太郎は、手もとのおもちゃに目をやりました。

 男の子がトカゲといったのは、健太郎ではなく、ゴムのおもちゃのほうでした。あたりまえといえばあたりまえです。

 どうも感覚がおかしくなっていたようです。

(それもこれもあいつらのせいだ)

 口のなかでまだぶつぶついいながら、それでも、反省、反省。五年生にもなって、こんな小さい子にやつあたりなんて、みっともありません。

 すまんすまん、と、頭をかいて笑いながら、フォローを入れようとした……そのときでした。

 あらためて、その子の顔を見て、ふと違和感をおぼえました。

(まさかな……)

 まじまじと、男の子の顔をのぞきこみました。

 なんだか、見おぼえのある顔でした。

 見れば見るほど、他人とは思えなくなってきます。

 われながら、笑顔がこわばってくるのを自覚しながら……

「なあ、少年、名まえは?」

 ……きいてみました。

 すると、

「ときとうけんたろー!」

 男の子は、元気よく、答えたのでした。

 ろくさい、と、きいてもいないことまで、つけくわえます。

「こんどは、オレかっ!」

 健太郎は、頭をかかえました。


  *


 はくちょん。

 六歳の健太郎が、かわいらしいくしゃみをしました。

 ずずーっと、鼻をすすりあげます。

 よく見ると、シャツの上には、春ものでしょうか、薄手のセーター一枚だけ。夏服というほどではないですが、十二月後半の寒空には、すこし薄着がすぎるでしょう。

「なるほど」

 五年生の健太郎は、妙に冷静でした。

 もしもコイツが時間をこえてきたとするなら、季節だってずれていてもおかしくないわけだ――感情をまじえず、そう思いました。

 そういえば、半年前の女の子も、ちょうどこれくらいの軽装でした。

 二度目だからでしょうか。目のまえの子どもが過去の自分だ、なんて……ありえないはずの状況を、健太郎は、ふしぎなほどすんなりと受け入れていました。

(でも、それなら、おれ、おぼえていてもいいはずだよなあ)

 小さいときに未来の自分に会ったなんて記憶は、五年生の健太郎自身には、ありません。

(タイムパラドックスってやつか? それとも、マンガとかでよくある記憶操作?)

 あるいは、たんに忘れているだけでしょうか?

 わかりませんが、それさえも、たいして気にはならないのでした。

 それよりも、とにかく、いまは、目のまえの対処です。

「とりあえず、これ着とけ」

 ちょうど、今日は体育がありました。健太郎は、体操服袋からジャージの上をひっぱりだすと、六歳児に着せてやりました。ぶかぶかですが、その分、足まで届いて、あたたかそうです。

 ありがとー、と、男の子は礼儀正しくお礼をいいました。

「ふむ」

 と、健太郎も自分の仕事を満足そうにながめます。

 なんだか、突然、弟でもできたような気分でした。


「で、おまえ、こんなところで、なにしてるんだ?」

 身じたくをととのえて、ひと息ついたところで、健太郎はあらためてたずねました。

 男の子は、はっとした表情になって、

「そうだ、みっちゃんをさがしてるんだった」

 と、思いだしたようにいいました。

 健太郎はかるくため息をつきました。

「また、あいつか」

 まあ、想定の範囲内ではありました。こんな、半年前のつづきのような異常事態に、みち子がからんでいないはずがありません。

 それにしても、

「まったく、世話のかかるやつだぜ」

 しみじみ、そう思うのでした。

 "腐れ縁"の正体の半分は、健太郎が、そんなみち子を、ほうっておけないことにあるのかもしれません。

 いったい、いつごろからなのでしょう。あの気の強いキョーボー女子が、こんなに気になるようになったのは。あぶなっかしくて、心配で、守ってやらないといけないような気がするようになったのは……

 つい、考えこんでしまいそうになったとき、

「にいちゃん、みっちゃん、知ってるの?」

 六歳児の声が、健太郎の意識を現実に引きもどしました。

 男の子は、きょとん、と、未来の自分を見あげています。

 健太郎は胸をそらしました。

「おうよ。あいつの世話して幾セーソー。みち子係のエキスパートだ」

「おーっ」六歳児はすなおに目をかがやかせました。

「あいつ、こんどはなにをやらかしたんだ。またいつものユクエ不明か?」

 さすが、よくわかってらっしゃる――あたかも、そういいたげに、こくこくこくっ、と、六歳児は何度もいそがしくうなずくのでした。


  *


 卒園式のあとの春休み。まだ入学式の前だというのに、うれしそうにランドセルを背負って歩いているみっちゃんを見かけたのだ、と、六歳の健太郎はいいました。

 気持ちはすごくよくわかったそうです。ひと足さきに、ランドセルを買ってもらったとき、自分も同じことをやったから。

 だから、みっちゃんを見かけたとき、そのときの"ウレシイ"を思いだして、自分まで、うれしい気持ちになったのでした。

 だから、かけよったのだというのでした。

 でも、みっちゃんは、じろっとにらむと、「ちっ」と、イヤそうに、舌うちなんかしたのでした。

 それで、健太郎もムカッとして……

 あとは売りことばに買いことば。ついには最初の気持ちとはウラハラに、ランドセルのことを、からかったり、はやしたてたり、してしまったのだというのでした。

(わかるっ! わかりすぎる……っ!)

 五年生の健太郎は、こぶしをグッとにぎりしめて、うんうん、うなずきました。本当に、みち子というのは、そういう子です。

(なんだって、あんなやつを、こんな、心配してやらなきゃいけないんだ)

 われながら、ふしぎなのでした。

 そのあいだにも、六歳の健太郎は話をつづけました。

 そうやって歩いていると、すこし先を行っていたはずのみっちゃんの姿が、すうっと、うすくなって、見えなくなってしまったのだといいます。

 あわててかけよったときには、もう、どこにもいなくなっていました。

 健太郎は、急にこわくなって、心配で……泣きそうになりながら、みっちゃんをさがしていたのだというのでした。

「あいつ、すぐにいなくなるんだ。迷子になるんだ。ママさんが泣いちゃうんだ。泣いてあっちこっち探すんだ。だから、オレがついててやるんだ」

 ついててやらないと、だめなのに――

 思いだしたように、あらためて感情をたかぶらせて、六歳児はぽろぽろ、泣きだすのでした。


  *


「ああ、ほら、泣くな」

 五年前の自分のことばに、深く共感。涙をふいてやったり、鼻をかんでやったり、頭を、よしよし、なんてこともしてやりながら……

「あれ、でも、ヘンだな」

 ひとつだけひっかかる点があって、五年生の健太郎は、首をひねりました。

「あいつの家、父子家庭だろ?」

「フシカテイって、なんだ?」

 ずびーっ。鼻をすすりあげて、六歳児は目をぱちくり。

 健太郎は説明しました。

 健太郎の知っているみち子の家は、はじめて会った幼稚園のころから、父ひとり、娘ひとり。「ママさん」なんて、いたためしがありません。

 みち子のお父さんは、やさしそうな人ではありましたが、どこか元気がなく、さみしそうな笑い方をする人でした。

 そのお父さんだって、仕事が忙しくて、あまり家にいることはないようです。

 みち子のめんどうは、おおかた、ご近所に住んでいるおばあさんが見ていました。

 そのおばあさんも、最近は、姿を見なくなりました。

 どこにいるのか、どこかで元気にしているのか、健太郎は知りません。きいていいのか、それもわかりません。

 だから、なおさら、みち子のことが、気にかかったりもするのでした。


 でも、健太郎のその話をきくと、

「うそだ!」六歳児は、叫びました。「にいちゃん、ウソツキだ!」

 ママさん、いるもん、ちゃんと、いるもん――顔をまっかにして、地団太をふんで、せっかく泣きやんだのに、またわんわん泣いて。ついには、むちゃくちゃに手をふりまわして、殴りかかってきたりもするのでした。

「ああ、わかったわかった」

 健太郎はあせりました。こんな小さい子に本気で泣かれたら、さすがに、小学生の手にはあまります。

「ママさん、いるんだな? な? ちゃんといるんだよな。兄ちゃんが悪かった。勘違いだった。だろ?」

 そうやって、一方的に白旗をあげることしかできませんでした。

 六歳児はまだすこししゃくりあげながら、それでも、だんだん、泣きやんでいきました。

 いったいどういうことなんだろう。五年生の健太郎は、まだ頭のなかがクエスチョン・マークでした。

 が、なにしろ、半年前に、あれだけおかしなことがあったばかりです。

 いるはずの人がいなかったり、いないはずの人がいたりしても、おどろくほどのことではないのかもしれません。

(考えるだけ無駄だな)

 健太郎は、あっさり、思考を切り上げました。

 ひとりで考えたってわかるはずのないことで悩んでも、仕方ありません。

 それよりなにより、今は、目のまえの六歳児をどうにかしてやることのほうが先決です。

 となると……

(みち子をつかまえるしか、ないな)

 あのクリスマス会の直後で、少々バツが悪い気もします。が、今のこの事態にくらべれば、ささいなことです。というか、いつものことです。いちいちこだわっている場合でもありません。そこもサクッと切り替えました。

「よし、まかせとけ。みち子のとこにつれてってやる」

 健太郎は胸をはりました。

 おーっ、と、六歳児は声をあげて、未来の自分に、たのもしそうなまなざしを向けるのでした。

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