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あっちがわシリーズ(仮)  作者: 七瀬みる


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11/12

あっちがわの海 1~3


 みっちゃんは、夢を見ました。

 ひさしぶりに見る夢でした。

 とても、いやな、夢でした。

 夢のなかで、みっちゃんは、五、六歳くらいの、うんと小さいころに、もどっていました。

 そして、ママといっしょに歩いていました。

 スーパーにお買い物にいった、帰り道でした。

 ママの両手は、荷物でふさがっていて、手をつなぐことができません。

 だから、みっちゃんは、あっちへ行ったり、こっちへ寄ったり、ママのまわりを、ふらふら、歩きまわっているのでした。

 そしたら、そのとき、ママが、ふと立ちどまって、いうのでした。

『あら、ここに、こんな道、あったかしら?』

 とたんに、チッチッチッチッ――みっちゃんのポケットで、懐中時計が鳴りだすのでした。

 おどろいてふりかえると、ママは、もう、その《道》のずっと先まで、行ってしまっているのでした。

『あら? あらあらあら?』

 ママがおどろいたような、困ったような声をあげました。

 ママがじぶんで歩いているというよりは、《道》のほうが、動く歩道みたいになって、かってに、ママをつれていくみたい。

 みっちゃんは、あわてて、ママを追いかけようとしました。

 でも、なんででしょう。足はぴたっと地面にはりついて、一歩も、うごくことができないのでした。

『ママ! ママ!』

 みっちゃんは、叫んで、手をのばしました。

 そのあいだにも、ママはどんどん遠ざかっていきます。

『だめ! そっち、行っちゃ、だめ!』

 みっちゃんは、いっしょうけんめい、叫びました。でも、もうどうしたって、ママにはとどかないのでした。

 気がつくと、《道》はぐにゃあっと、いくつもの絵の具をまぜたみたいに、ゆがんで、とけて、消えていくのでした。

 それといっしょに、あたりの風景も、とけて、くずれて、消えてしまって……あとはただ、のっぺりとした暗やみのなかに、みっちゃんだけが、とりのこされているのでした。

 そこへ――

『なにをしてもムダさ』

 どこからか、声が、きこえてくるのでした。

 地の底からわいてくるみたいに――

 天からふりそそいでくるみたいに――

 まるで、変えようのない、うんめいの宣告みたいに、きこえるのでした。

 みっちゃんは、ぞっとして、息がつまって、汗ぐっしょりになって、目をさましたのでした。


 目をさますと、だれもいない、リビングの、ソファの上でした。

 時刻は、夜、八時ちょっと前。

 天井の照明があかるく光って、エアコンがしずかな音をたてています。

 汗ぐっしょりになった、みっちゃんは、息をととのえ、壁にかかった鏡をみつめました。

 鏡にうつっているのは、小学校五年生の女の子。五年生のみっちゃん。ここは、みっちゃんの家。うん、まちがいない。

 それだけたしかめると、みっちゃんは、ふうっと、息を吐いて、ソファにもたれました。

 額に手をあてて、思いだします。

 あの長い荒野の旅から帰って、健太郎とわかれたあと、ひとりで晩ごはんをすませて、お風呂にはいって、スマホなんかいじっているうちに――うとうと、してしまったのでした。

 そして、あんな夢をみたのでした。

(あいつが、あんなこと、いうからだ――)

 わかれぎわの健太郎が、しんそこ、ふしぎそうに、きいてきた、ひとこと。

『おまえの母ちゃんって……その……いなかった、よな?』

 あれが、きっかけだったに、ちがいありません。

 みっちゃんは、ソファの上でひざをかかえて、顔をふせました。

 だれもいない夜のおうちは、とっても静か。

 パパの帰りは、今日も、おそいのでしょう。

 

  1


 ママがいなくなったのは、あれは、いつのことだったでしょう。

 小学校にあがってすぐ?

 もうちょっとたってから?

 二年生? 三年生?

 それとも、つい、このあいだ……?

 いいえ、やっぱり、小学校にあがる前――むじゃきに《あっち》であそんでいた、幼稚園生のころだった気もします。

 忘れられないのに、記憶があいまいでした。

 きっと、何度も、《あっち》と《こっち》を、行ったり、来たり、しすぎたせいかもしれません。

 だって、時間は分岐する。世界は分岐する。可能性は無限大――トカゲ仮面は、そういいました。

 まして、いまは、時計塔の暴走中。

 時間なんて、わかれて、もつれて、輪になって、わけがわからなくなったって、おかしくありません。

 ふつうの人とはちがって、《あっち》と《こっち》を、行ったり来たりできてしまう、みっちゃんなら、なおさらです。

 あれは《あっち》だっけ? 《こっち》だっけ? いつ、どこで、だれと、なにが……? いくつもの記憶がごっちゃになって、頭がこんがらがってしまうのです。

 ただのかんちがいなんかじゃなくて、そのいくつもの記憶のそれぞれが、みんな、ぜんぶ、ほんとうなのです。

 ママがいなくなったのだって、一度や二度じゃなくて、何度も何度も、くりかえし、みっちゃんをおいて、いなくなってしまった気がするのです。

 あれはいつ? 一年生? 二年生? 去年? おととし? それとも、つい、このあいだ……?

 いいえ、やっぱり、もっとずっと、前のこと……。

 幼稚園の卒園式のときには、ママはたしかに、まだ、いてくれたのに。

 なのに、同時に、そのころには、とっくのとうに、いなくなっていた気もするのです。

 どうしてそうなるのか、わかりません。

 たしかなことは、ただひとつ。いま、ここに、ママは、いない。ただ、それだけ。

 ママとはぐれたあの日から――それがいつだったのか、わからないけれど――みっちゃんは、ずっとママをさがしているのです。

 ずっと、ずっと、迷子なのです。


 たしかに、おぼえては、いるのです。

 ママがいなくなった日の記憶。

 忘れられない、イヤな思い出。

 でも、それだって、ひとつだけでは、ないのです。

 たとえば、それは、そう、あの砂時計の一件で、おばあちゃんの家から帰るとちゅう、《道》にまよって、未来の自分にであった、あの日――。

 おばあちゃんちを出て、あらためて家に帰ると、なぜだか、ママはいなくって。お仏壇のなかでママの写真だけがにっこり笑っていたりして……。

 ママのかわりに、ぜんぜん知らないやさしいおばさんが――知らないはずなのに、家政婦さんの高みねさんだって、わかってしまう、おばさんが――晩ごはんのじゅんびをしてくれていたりして……。

 さっきまでごきげんさんで、ランドセルのみっちゃんをパシャパシャ写真にとっていたパパが、いまは暗いお顔でぼんやりすわってうごかなかったり……。いいえ、そもそも、朝から、どこかにでかけたっきり、まだ帰っていなかったり……。

 そうかと思えば、そのパパが、「ママは? ママは?」ときくみっちゃんに、とつぜん、おこりだしたり、泣きだしたり……。

 いわれてみれば、みっちゃんも、病院のベッドでくだにつながれ、ピッピッ、ピッピッ、いってるママを、とうめいなビニールのついたてごしに見ていたことがあったのを、思い出してしまったり……。

 そうではなくて、さいしょっから、ママなんて人には、会ったこともなくて、顔もしらないって気がしたり……。

 なのに、ついこのあいだも、ママのお手伝いをして、いっしょに晩ごはんをつくった記憶が、ちゃんとあるような気がしたり……。

 みっちゃんの記憶は、なんだか、もう、よくわからないことに、なっているのです。

 ただ、そのなかでも、ひとつだけ――ほかとはちがう、特別な、けってい的だったように思える記憶が、ないでもありません。

 ほんとうのほんとうに、ママがいなくなってしまったのは――その可能性がとりかえしようもなく確定してしまったのは――あの日、あのときだったんじゃないだろうか……そんなふうに思える記憶です。

 さっきの夢も、だいぶ変形してはいるけれど、そもそものモトになっているのは、その日の記憶にちがいないのでした。


 その日は、そう、夢でみたのと同じように、みっちゃんは、幼稚園生か、一年生くらいの、小さな女の子でした。砂山に行ったあとだったのか、まえだったのか……はっきりはしませんが、そのくらいです。

 そして、そう。たしかに、夢と同じで、ママといっしょにお買い物にいった、その帰り道なのでした。

 チッチッチッチッ――

 ポケットのなかで、懐中時計が、うごきはじめたのです。

 そしたら、ママが、立ちどまって、首をかしげて、いったのです。

「へんねえ、ここに、こんな道、あったかしら?」

 みっちゃんは、目をかがやかせました。

 いまから思えば、じぶんを、ブン殴ってやりたい気もしますが……。

 あのころのみっちゃんは――もう何度か、おかしなことにまきこまれてはいたけれど――まだ、ほんとうには、《あっち》のことを、わかっていませんでした。

 こっちとはちがう、ふしぎなことのおこる《あっち》を、なにか、たのしい、おとぎの国みたいに、思っていたのです。

 しきりに、みっちゃんを、呼ぶ――呼んで、さそいこもうとする――そこを、なつかしい、ふるさとみたいにも、感じていたのです。

 だから、そんな《あっち》への道が、ママといっしょのときにあらわれて、思わず、うれしくなってしまったのでした。

 ママといっしょなら、きっと、もっとたのしい。

 ママといっしょなら、きっと、もっとあんしん。

 そう思ってしまったのです。

 だから、ママのスカートをひっぱって――ママの両手は荷物でふさがっていたから――その道を行こうなんて、さそってしまったのでした。

「そうねえ、方向は、いつもの曲がり角といっしょだし、もしかしたら、近道かもしれないわねえ」

 ママも、そんなふうに、いってくれたのでした。

「たんけん、しちゃおっか?」

 みっちゃんは、おおきくうなずいて、ママといっしょに、その《道》に足をふみいれたのでした。


 しばらくは、なんのへんてつもない、道でした。

 右にも、左にも、ありふれたお家がならんで、足もとは、すこしだらだらした、のぼり坂になっています。

 このままふつうに通りぬけて、いつもの住宅街につづいていそうな感じです。

 でも、そんな、ふつうの道であるはずは、ありません。

 だって、タンマツの懐中時計は――チッチッチッチッ――あいかわらず、一定のリズムをきざんで、うごきつづけているのですもの。

 みっちゃんは、タンマツを、方位磁石みたいに手にもって、たんけん気分で、すすみました。

 ママが、みっちゃんの手もとをのぞきこんで、目をまるくしました。

「まあ、その時計、うごくの?」

 ふっふーん。みっちゃんは、いばって、時計を、かざしてみせました。

 それは、おばあちゃんにもらった、懐中時計。《時計塔》とつながるタンマツです。

 ふだんは、こわれているみたいに、うごきません。

 でも、《あっち》とつながる道があらわれると――そのときだけ、チクタク、うごきはじめるのです。

 そうして、みっちゃんを《あっち》につれていってくれるのです。それから、また、つれて帰ってくれるのです。

 でも、ママは、そんなこと、知りません。

「てっきり、こわれてるんだと、思ってたわ」

 うごいているタンマツをはじめて見たママは、そういいました。

 みっちゃんは、いよいよ、ワクワクしてきました。だって、こうなると、タンマツについて、ママにお話しできるかもしれません。そしたら、《あっち》のことも、今度こそ、ちゃんと聞いてもらえるかもしれないのです。

 でも、そのときだったのです。

「あら?」

 ママが、立ちどまって、目をとじました。

 すぅっと、息をすって……とめて。

 すこし背のびをして、遠くの音に、耳をすませているみたい。

「波の音だわ」

 ママがいいました。

 そして、首をひねりました。

「おかしいわねえ、こんな町なかで、海の音がするなんて」

 ふしぎそうにつぶやきながら、でも、うっとりと目をとじて、耳をすませつづけているのでした。

 でも、みっちゃんには、なんにも、きこえません。

 ママのまねして目をとじて、背のびだってしてみましたが、やっぱり海の音なんてしないのです。

 きこえるのは、ざわざわ、あたりの街路樹をゆらす、風の音だけ。

 みっちゃんは、首をひねりました。

 ママにだけきこえる音なのでしょうか? 《あっち》なら、そんなことも、ありそうです。

 でも、ママにきこえて、みっちゃんにはきこえないなんて、なんだか、おもしろくありません。

「しつれいしちゃうわ」

 みっちゃんは、目をあけて、くちびるをとがらせました。

 そして、もいちど、きょろきょろあたりを見まわして――海なんてどこにもありそうにもないことをたしかめて――ママのほうを、見あげたのでした。

 そしたら、ママは、もう、どこにも、いなかったのです。

 あたりは、ひとっこひとりいない、ただの道。

 住宅街の坂道を、風がぴゅっと吹いて、ただそれだけ。

 みっちゃんは、ぽかんと、してしまいました。


  2


 ぽかんとしたあと、総毛だちました。

「ママ! ママ!」

 はしって、ママをさがしました。

 さがすといっても、一本道です。かくれる場所もありません。

 みっちゃんにできるのは、ただ、まっすぐはしることだけでした。そして、ママを呼ぶことだけでした。

 呼んで、呼んで。

 はしって、はしって。

 いつかのぼり坂はきつくなって、左右のたてものはまばらになって――みっちゃんは、ミンミン、シャワシャワ、セミの鳴く、林のなかの道を、はしっているのでした。

 そして、林のむこうの、あかるいほうから、ザブン、ザブン、かすかに、波の音がしてくるのでした。

 だんだん、潮のかおりだって、してくるのでした。

(海――?)

 ほんとうに、海があるのでしょうか。ママがきいていたのは、この音なのでしょうか。ママはそこにいるのでしょうか。

 みっちゃんは、足をはやめました。いっきに林をかけぬけました。

 木立ちをぬけると、まぶしい光がみっちゃんをつつんで、目がくらんで……

 たちどまって、目をしぱしぱさせると、そこはもう白い砂浜でした。

 見わたすかぎり……というわけには、いきません。

 タテはばも、ヨコはばも、せいぜい、ひゃくメートルそこそこでしょうか。

 ちょっとした、うんどう場くらいの、まあるい砂浜。

 その外は、こんどこそ、見わたすかぎりの、青い海。

 大海ばらのなかに、ぽっかり、とりのこされたみたいにうかぶ、ここは、白い砂の島なのでした。

 さっきの林も、もう、ありません。どこかへ消えてしまいました。あの木立ちは、この島ではなくて、あくまで《道》の一部だったのでしょう。みっちゃんを、つれてきてしまえば、あとは、用ずみ、バイバイなのです。

(ま、いつものことよね)

 みっちゃんは、肩をすくめて、あたりをみまわしました。

 あるのは、ただ、青い海と、白い砂。

 あとは、それを鏡にうつしたみたいな、青い空と、白い雲。

 ただそれだけ……かというと、そういうわけでもありません。

 白い島のまんなかに、ぽつんとひとつ、背のひくい、たてものが、たっています。

(あれは……)

 なんだか、見おぼえのある、たたずまいでした。

 もくぞう平屋の……お家というより、お店でしょうか? 入り口にドアはなくて、おおきな、よしずみたいな日よけが、かけてあります。

 軒先には、ちりん、と、風鈴が鳴って……ビーチボールやうきわがつるしてあったり、上から開けるタイプの、冷凍庫だか冷蔵庫だかが、おいてあったりもするのでした。

 かき氷、コインロッカー、貸しボート……それっぽいのぼり旗も、何本か、ならんでいました。

(えっと……海の家?)

 まえに、パパにつれていってもらった海で、見たことが、ありました。

 それは、それは、たのしい思い出なのだけれど……

 こんな、人っ子ひとりいない、《あっち》の島なんかで見ると、場違い感がハンパありません。

(おきゃくさん、くるの……?)

 ちょっとあきれながら、でもほかにあてがあるでもありません。みっちゃんは、ぽてぽて、そっちへあるいていきました。

 白い砂に、小さな足あとが、のこりました。


 お店の中は、ひんやりとした、うす暗がり。四角いテーブルがいくつかならんで、カラフルなビニールのパイプいすがセットしてあります。

 帳場の奥には、流しや調理台があって、かき氷やソフトクリームの器械も、おいてあります。

 壁には、水着のおねえさんのポスターや、手書きのメニューなんかも、はってあって……

 つきあたりの壁ぎわには、奥へつづくドアに、セルフサービスのウォーターサーバーとガラスのコップ。カプセルトイのガチャガチャに、それから……なんででしょう? そこそこ大きな水槽に、一匹のちいさなカメさんが、ゆうゆうと、およいでいたりするのでした。

(カンリニンさんのシュミかしら……?)

 首をかしげて、見ると、その「管理人」さんは、客用のパイプいすに、だらしなくもたれて……シュワシュワ、サイダーなんかのんでいるのでした。コップにつがずに、ビンのまま、ぐびぐび、やっているのでした。

 みっちゃんののどがゴクッてしました。

 セミのなく季節の《道》をはしって、カンカン照りの砂浜をあるいて……ママのことで気持ちがいっぱいで、それどころではなかったけれど、のどはもうさっきからカラカラなのでした。

「飲む?」というみたいに、管理人さんが、ビンをかざしてみせました。

 おばあちゃんが、ごちゃごちゃいっていたことなんか、すっかり忘れて、みっちゃんは、いちもにもなく、うなずきました。


 まえにパパにつれていってもらった海の家のおじさんは、シャツに短パンみたいな、ラフなかっこうでした。

 でも、ここの管理人さんは、絵にかいたカンバンムスメみたいな、若いおねえさんで……この暑いのに、まっ黒なキモノなんかきているのでした。

 さすがにそではまくって、背中でバッテンになるヒモでくくっていましたけど……かみの毛なんかも、うしろできちんとまとめて、黒いクシみたいなので、留めているのでした。

 見かけは、ずいぶん、上品で、きちんとして……

 でも、そのくせ、

「あー、チビに炭酸、まだ早いか?」

 なんていう口調は、やけに、めんどくさそうで、ぞんざいなのでした。

(どういう、せってい、なのかしら……?)

 ヒョウタンみたいなマークの、しゅわしゅわしない、きいろいジュースをあけてもらって、くぴくぴ飲んで……飲みながら、みっちゃんは、かんさつをつづけました。

 管理人さんは、アルミの灰皿をひっぱりよせて、たばこなんか、吸いはじめました。

 ママもおばあちゃんも、幼稚園のせんせいも――たばこをすう女の人って、あんまり身ぢかにいないので、みっちゃんは、ちょっとおどろきました。

 そのくせ、そのおねえさんには、どこかで会ったことがあるような、よく知っている人のような、知っている人に似ているような……そんな気もするのでした。

 ぜんぜん似ていないのに、ママに似ている気もします。

 いいえ、似ているのは、まえに会った、記憶の森の管理人さんにでしょうか。

 年れいも、たいども、ずいぶん、ちがうのに……

(しんせき……?)

 なんでか、そんなふうにも、見えるのです。

 みっちゃんは首をひねりました。

 すると、管理人さんは、見すかしたみたいに、にやっと、笑いました。

「うまいかい?」

 みっちゃんは、こくん。うなずきました。

「そうかい。思い出の味だもんな。ママとさいごにのんだ」

「さいご……?」

 みっちゃんは、首をかしげました。

「おや、ちがったかい。じゃあ、こっちか?」

 たばこをもみ消して、立ち上がった、おねえさんが、カウンターの下からとりだしたのは、水玉もようの紙につつまれた、ちゃいろいビンでした。

 おねえさんは、そのビンのなかのねっとりした白い液を、コップにちょっとつぐと、その上から、ペットボトルの水をそそぎました。

 わりばしを一本とって、かきまぜます。

 のんでみると、あまくって、ちょっとすっぱくって、さいごに口のなかにネバネバがのこる、みっちゃんものんだことのあるジュースでした。

 でも、のんだことがあるのは、さいしょからできあがっている、ペットボトルのやつばっかりで、こんなふうに原液を水でといてのむのは、はじめてでした。

「おもしろーい」

 みっちゃんは、足をぱたぱたさせました。

「ふむ。じゃ、これもちがうか。夏の思い出だけどねえ」

 まったく、どの時間線から、きたんだよ――おねえさんは、めんどくさそうに、そういうと、またあたらしいたばこに、火をつけるのでした。

「じかんせん……?」

「時間は分岐する。世界は分岐する。だったら人だって分岐する。思い出も。可能性は無限大――なんだろう?」

 おおきく、けむりをはいて……

 おねえさんは、ふん、と、ばかにしたみたいに、わらいました。


  3


「じゃあ、これだ」

 おねえさんが、テーブルにおいたのは、あかいシロップをかけた、いちごあじのかき氷。

「思い出の夏。ママが元気だったさいごの夏。いっしょに食べたかき氷。たのしい、さいごの思い出の味。――そういうことにしときなよ」

 おねえさんは、うたうみたいに、いいました。

 でも、さいごは、やっぱり、めんどくさそうな、ざつなまとめになるみたい。

「可能性が無限だってんなら、どれだっていっしょじゃないか。どれでもあって、どれでもない。なんでもあって、なんにもない」

 そういって鼻をならすと、つかれたバイト学生みたいに、テーブルにつっぷすのでした。

 そして、かったるそうに、いうのでした。

「たしかなことは、ただひとつ。ママが死んだ、ただそれだけ」

 みっちゃんは、びっくりして、おねえさんを見つめました。

 おねえさんは、ばかにしたみたいに、にやにやしました。

「ざんねんだねぇ、あんなにやさしいママだったのに、死んでしまって」

 口さきだけは、やさしそう。でも、ちっともざんねんがっていないみたい。

 みっちゃんは、カッとなって、さけびました。

「しんでないもん! ママ、元気だもん! さっきまでいたもん!」

 でも、管理人さんは、肩をすくめて、

「でも、いまはいない」

 って、いうだけでした。

 みっちゃんは、くちびるをとがらせました。

「ママ、まいごになっただけだもん。見つけてあげるんだもん」

「そうかねえ。そうだったかねえ」

 管理人のおねえさんは、どこまでもめんどくさそうでした。みっちゃんのほうを見もしないで、「あちい……」なんて、黒いキモノのむねをパタパタしています。

 ちりん、と、風鈴がなりました。

 でも、砂浜をわたってきた風はあつくて、音だけではちっともすずしい感じがしません。

「なにが認証ワード《墓守》だよ。この陽気に喪服なんか設定しやがって。だれのしわざだ。トカゲか? トカゲ野郎か? あのクソ王子がっ」

 それとも、ババアのほうかねぇ……管理人さんは、ぶつぶつ、ぐちをこぼしました。

「はかもり……?」

「そうさ、墓だよ。この海ぜんぶ。きいてみなよ。波がさ、呼んでるだろう? みっちゃん、みっちゃん、ってさ。ママはあそこにいるのさ。あそこで、夢をみているよ。生きてたころの夢を。のこしてきた子どもの夢を。ママだけじゃない。死んだ人間、みんな、あそこで夢を見ているのさ」

 うそだもん。みっちゃんは、くちびるをかんで、つぶやきました。上目づかいに、管理人さんを、にらみました。

 いったい、この管理人さんは、何なのでしょう?

 ときじくのおじいさんや、森の女の人とは、ずいぶん、ちがいます。砂山のトカゲとだって、ちがいます。

 みっちゃんの知らないことをたくさん知っていそうなのは、これまでの管理人さんと同じですが……どうして、こんな、イジワルばかり、いうのでしょう。

「うそだと思うなら、たしかめてみるかい? この子が、つれてってくれるよ――死んだやつらの、ところへさ」

 いよいよ憎ったらしく、口のはしをゆがめた管理人さんが、親指を立てて、さししめしてみせたのは、奥の水槽に飼われた、カメさんでした。

 みっちゃんは、あらためて、そのカメさんのほうを見ました。

 すると、カメさんも、にゅーっと首をのばして、みっちゃんを見て……

 目が合った、と、思ったしゅんかん。

 ざぶーん!

 あっ、とおどろくまもなく、お店の中まで、海の水が押しよせてきたのでした。

 ケタケタケタ、と、おねえさんが、おおきな口でわらいました。

「これでやっとすずしくなるねぇ」

 そして、ザザーッ!

 水は、みっちゃんたちをのみこんで、いっきに、天井まで――もっと上まで――水位をあげていくのでした。

 いいえ。水位が上がったというよりは、地面のほうが、下がっているのでした。

 みっちゃんには、それが、わかりました。カメさんの目をとおして、ぜんぶ、伝わってきました。

 そう。ここは、見わたすかぎりの、海のまんなか。陸地なんか、みんな、とっくに沈んでしまって、海水だけしかない世界。

 さっきの島は――さっきまで島だと思っていた砂浜は――その海をおよぐ、おおきな、カメの背中の上に、のっかっていたのでした。

 そうして、その巨大なカメさんが、いま、きゅうに、海にもぐりはじめたのでした。

 みっちゃんを、管理人さんを、海の家を、のせたまま……どこまでも、深く、もぐっていくのでした。

「波の下にもミヤコのそーろー」

 おねえさんが、歌うみたいに、いいました。


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