あっちがわの海 4~5
4
海の底には町がありました。
山も、川も、ありました。
電車がはしって、クルマがはしって、人が歩いていました。
ないのは、お日さまだけでした。
もちろん、お月さまだってありません。
でも、なのに、町はぽっかり、あかるい光につつまれて、青空だってひろがっているのでした。
カメはだんだん、町に近づいていきました。
でも、いつたどりついたのか、それはよくわかりません。
どうやっておりたのか、それもおぼえていません。
気がつくと、みっちゃんは、いつもの町の、いつもの道に、ひとり、立っていました。
そこは、スーパーからの帰り道。
さっき《道》が出てきたところ。
でも、いまは、なんにも、ありません。
お家とお家のあいだは、いつもどおり、ふさがって、あるはずのない《道》なんて、どこにもないのでした。
みっちゃんは、きょろきょろ、あたりを見まわしました。
なんだか、ぜんぶ――さっきの《道》も、林も、セミも、砂浜も、海も、カメも、黒いキモノの管理人も――ぜんぶ、ぜんぶ、夢だったみたいな気がします。
みっちゃんは、さいしょから、さいごまで、この場所にいて、《あっち》になんか、いかなかったのではないかしら?
でも、ポケットのなかでは――
チッチッチッチッ
タンマツが、うごきつづけています。
ふーむ。みっちゃんが、くちびるをとがらせて、首をかしげた、そのときでした。
「みっちゃん――」
ついさっきまで、いっしょだったはずなのに――迷子になっていたのなんて、ほんの二、三十分のはずなのに――なぜか、もうずっと長いあいだ、きいていなかったような気がする、たまらなくなつかしく思える声が、きこえました。
「ママ!」
みっちゃんは、ふりむきました。
そこに、ママは、いました。
背中にリュック、右手にエコバッグと保冷バッグ、左手にトイレットペーパー十二個パックをもって、にこにこ、笑って、立っていました。
「ママ! ママ!」
みっちゃんは、かけより、だきつきました。
「ばかばか、どこ行ってたんだよぅ、まいごになっちゃ、めーでしょ」
「ごめんね、しんぱいかけて、ひとりで、こわかったね」
ママは荷物をおいて、やさしく、だきしめてくれました。
そして、歌うみたいに、いうのでした。
「これからはずっといっしょよ。もうぜったい、ひとりになんか、しないからね。ずっと、ずーっと、いっしょにいようね」
いいながら、みっちゃんをだきしめる力が、どんどん、つよくなっていくのでした。
ママの手が、みっちゃんの肌に、グイグイ、くいこんできました。かたい、棒みたいな腕が、みっちゃんを、しめつけてくるのでした。
「ママ……いたい」
みっちゃんは、身もだえ、顔をあげて……見ました。
そこにいたのは、ママではありませんでした。
いいえ、やっぱり、ママだったのでしょうか?
ぼさぼさの長い髪を、海水にゆらめかせながら、みっちゃんをだきしめているのは、白いガイコツでした。
あたりは、まっくら。
空なんかどこにもありません。
空気もなくて、からだの外も、中も、肺のすみずみまで満たしているのは、つめたい、しおからい、海の水でした。
まっくらな海の底で、みっちゃんは、白骨死体のオバケに、だきつかれているのでした。
筋肉のない、白い口がうごいて、
『みっちゃん、みっちゃん』
そうくりかえしているのでした。
みっちゃんは、悲鳴をあげました。
「いやーっ!」
むちゃくちゃにあばれて、泣いて、叫んで、ママをよびました。
「いやっ! いやっ! ママっ! どこ? ママ、ママーッ!」
でも、深い海の底で、のども、肺も、ぜんぶ海水でいっぱいになって――叫んだって、声なんか、だせたのか、だせなかったのか……。
だんだん、気もとおくなっていきました。
もう目もみえません。
ただでさえ暗い海の底が、もっとずっと暗く、まっ黒になって……すぐ目の前の白い骨の顔さえも、見えなくなっていくのでした。
ただ、さいごまで、骸骨オバケの声だけが、きこえているのでした。
『みっちゃん、みっちゃん』
ママそっくりの声で、そう呼んでいるのでした。
……。
…………。
「気がついたかい」
つぎに目をあけたとき、さいしょに見えたのは、おもしろそうににやにや笑う、管理人さんの顔でした。
「いまのは……?」
みっちゃんは、ききました。
管理人さんは、いいました。
「いったろ。ママは海にいるって。会えてよかったじゃないか」
「あんなの、ママじゃない」
「さあて、どうだかね」
管理人さんが、あごをしゃくりました。
みっちゃんは、そっちを見ました。
そして、びっくりしました。
いつのまにか、みっちゃんたちは、小さな手こぎのボートにのって、波にゆられているのでした。
そういえば、さっき、カメさんと目があったあと、お店の裏に案内されて、木の桟橋から、ボートにのったような気もします。
そうではなかったかしら?
どこから夢で、どこからほんとうなのか、なにがなんだか、わかりませんでした。
とにかく、ボートは、ガラスみたいにすきとおった、海のまんなかにうかんでいて……
管理人さんがあごをしゃくってみせたのは、その海へなのでした。
みっちゃんは、舟ばたから、海面をのぞきました。
そして目をみはりました。
海の水は、あかるい陽ざしをあびて、どこまでもすきとおっていました。すんで、きれいで、とうめいで――底の底まで、見えました。
そこには、町がひろがっていました。
廃きょの町です。
電車もクルマも、とまって、さびて。たてものだって、あちこち穴があいたり、くずれたりしているのでした。街路樹は、塩水につかって、枯れて、黒い骨ぐみだけになっているのでした。
そんなゴーストタウンみたいな町が、あかるい水の底に、ゆらゆら、しているのでした。
もちろん、人かげは、ありません。
でも、もしかしたら、たてものや、クルマや、電車のなかには、さっきみたいな、ガイコツが……?
(まさかね?)
みっちゃんは、ぞくっとして、じぶんの肩をだきました。
管理人さんが、クックッと、のどの奥で、おもしろそうにわらいました。
それから、話しはじめました。
「ここは夢の海。死人たちが夢をみる場所。大きな、しずかな、水底の墓。この町だけじゃない。この星ぜんぶが、いまは、しずんで、水の底。青くて、きれいで、いいじゃないか」
海水面が上昇したのさ――管理人さんはいいました。
「温暖化だの、極地の氷がどうだの、そんななまやさしい話じゃない。水はどこまでも増えつづけた。どうして増えているのか、だれにもわからなかった。そりゃそうだろう。塔の暴走、時空異常、世界のバグ。まともな事象じゃない。
人は生きのびようとしたよ。プランはあった。人工島。船団生活。海底都市。宇宙移民。――えら呼吸なんてのもあったっけ。でも、いがみあい、奪いあい、足をひっぱりあって、ろくに実現しなかった。そのあいだにも、水はひたひた、しずかに増えつづけた。人はしずかに亡んでいった。死んでいった。なのに気づかず、夢を見ている。生きていたときと、おんなじ夢を。おもしろいだろう? みんな死んじまって、からだは亡んだのに、まぼろしだけが生きているのさ」
管理人さんは、ケタケタわらって、あたらしいたばこに火をつけました。
いっぷく吸って、上を向いて、お空にむかって、ふうーっとけむりをはきました。
「いま、この星に、どれくらい陸地がのこっているのか、わからない。どれくらいの人間が生きのこっているのか、わからない。ま、いずれ時間の問題さね。いいじゃないか。もうじきみんな死んじまって、だあれもいなくなって、この星ぜんぶが墓になる。世界でいちばん高い山の、てっぺんまで、しずんでさ。暗いうちゅうの片すみに、きれいな、青い、水の玉がうかぶのさ。そうして、思い出だけがのこるのさ」
管理人さんは、たばこをポイすてしました。
ジュッと音をたてて、水面で火が消えました。
「冗談みたいだろう? ばかげた世界さ。でも、可能性は無限なんだろう? どんな世界でもアリなんだろう? それが時計塔の暴走だよ」
管理人さんは、やっぱり、イジワルそうに、いいました。
でも、まだ時計塔のことをくわしく教えてもらっていない――それとも、教えてもらったのかしら?――そのころのみっちゃんには、意味がわかりませんでした。
そのくせ、なにをどうすればいいのか、それは、なぜか、はっきり、わかるのでした。
「ネジ、まく?」
みっちゃんは、管理人さんを見つめました。
でも、この黒いキモノのおねえさんは、これまでの管理人さんとはちがって、じぶんからそれをおねがいするつもりはないみたいでした。
「いいねえ、やってみなよ」
口ではそういって、でも、そのくせ、天をあおいで、あざけるみたいに、わらうのでした。
「そりゃ、時計塔は、そのつもりで、あんたを、ここへ、呼んだんだろうさ。どのみち、やらなきゃ、帰れないんだろうさ。かってなもんさね。ずるい話さ」
でも、いいのかい?――イジワルそうな口調のまま、でも、なんだか、すごくマジメな顔で、おねえさんは、みっちゃんを見つめました。
「狂った流れをいったんとめて、ゼンマイを巻きなおす。ふりだしに戻す。そしてリスタートさせる。それで時間は整序される。あるべきものが、あるべきところに帰る。昨日は過去に、明日は未来に。陸は陸に、海は海に。死者は墓に、ママは天国に――か?」
もう何度目でしょう。管理人さんが、ママのことを、そんなふうにいうのは。
そして、何度目でしょう。みっちゃんが、くちびるをとがらせるのは。
「……ママ、生きてるもん」
そしたら、管理人さんは――やっぱり、何度目でしょう――ばかにしたみたいに、笑うのでした。
「そうだね。可能性は無限だね。生きてる時間線もあるんだろうね。で、どこに? どこにあるのさ、そんな世界。アクセスコードは? 持ってるの? 知ってるの? あんたは、どこへ、帰るのさ。やってみなよ。とめないよ」
そして、頭のうしろにさしていた、クシを外して、みっちゃんにさしだすのでした。
外がわは黒いクシでしたが、髪にささってかくれていた歯の部分は、きれいな、とうめいな、すこしオレンジがかった黄色でした。
みっちゃんは、うけとりました。
そして、意地になって、いいました。
「やるもん!」
おもわせぶりで、イジワルな、管理人に、いいかげん、ムカついていました。
これまで何度もたすけてくれた、タンマツを、信用してもいました。
ネジを巻けば、きっと、ぜんぶ、元どおり。今日も、ちゃんと、ママのところへ、帰れるんだ。
そう信じました。
信じようとしました。
だから、懐中時計をうらがえして、クシを、ゼンマイ穴に、あてたのです。
クシは、いつものように、形をかえて、ゼンマイ穴に吸いこまれていきました。背の黒と、歯の黄色がまざって、きれいな、とうめいな、まだら模様になっていきます。なんだか、ちょっと、おいしそう。まるで、べっこう飴みたいな、カギでした。
ごくっとのどをならして……
カチカチ
カチカチ
みっちゃんは、ゼンマイを、巻きました。
「あるべきものを、あるべき場所に」
管理人が、にやにやわらって、ひやかしました。
「陸は陸に、海は海に、ホネは墓に、死者はあの世に――」
その声をきいているだけで、みっちゃんは、イライラしてきました。
ゼンマイをまきながら、叫ぶみたいに、いいかえしました。
「ママはおうちに! あたしのそばに!」
でも、管理人は、ぜんぜん、こたえたふうもありません。いいねえ、なんて、わらって、それから、
「母は娘に、娘は母に」
まぜっかえすみたいに、そうつけたすのでした。
そのとき、ネジがいっぱいになりました。
べっこう色のカギは、もう、ピクリともまわりません。
みっちゃんは、カギをぬくと、時計をひっくりかえして、ふたをあけました。
とたんに――
チッチッチッチ
チチチチチチチ
チーーーーーー
時計が、きゅうに、ふるえはじめました。
秒針が、すごいいきおいで、回っています。
それにつれて、ほかの二本の針も、すうーっと、目にみえるはやさで、うごきだすのでした。
やがて、いつものように、
ボーン、ボーン……
ボーン、ボーン……
どこだかわからない、遠いとおいどこかから、むかしの柱時計みたいな、おおきな音が、ふってくるのでした。
すると、とうとう、がまんしきれなくなったみたいに、管理人が、舟のうえにそっくりかえって、ケタケタ、ケタケタ、おなかをかかえて、わらいだすのでした。
「やりやがった! とうとう、やりやがった! いいさ。これでいいさ。どうとでもなれ、だ!」
みっちゃんは、目をぱちぱちさせて、管理人を見つめました。
管理人は、くるったみたいにわらいながら――ひいひい、涙さえながして、わらいながら――早口に、まくしたてるみたいに、いいました。
「いいね。狂った時間が整序される。時空異常が解消される。海の暴走がなかったことになってみんな生きかえるか? それとも、死んだことを思い出してしずかになるか? どっちだよ? 両方か? だって、可能性は無限なんだろう。だったら、生きてようが、死んでようが、どっちだって、同じじゃないか。ひとつにしぼる必要があるのかよ。しぼることが、できるのかよ。そもそも、時間なんて、整理して、どうする? 過去、現在、未来――そんな、行儀よくならんだ時間なんてもののほうが、おかしいんじゃないのか? 時計塔なんてシステムのほうが、どだい、思い上がりじゃないのか? 時間を、整序し、管理する? なんで? どうして選ばなきゃならない? なぜ決めなきゃならない? ママが死んだなんて過去を、なんで、確定しなきゃいけないのさ!」
みっちゃんにいっているのか、ほかのだれかにむかって叫んでいるのか、それともただのひとりごとか――なにがなんだか、わかりませんでした。
そうして、さっきまで笑っていたはずなのに、でも、いつのまにか、管理人さんの声は嗚咽にかわって……さいごは、まるで、泣き叫ぶみたいになっているのでした。
ボーン、ボーン……
ボーン、ボーン……
時計の音は、十ニ回、鳴りました。
でも、まだ、とまりませんでした。
十三回、十四回、十五回、十六回……
ありえない時刻を告げる音が、みわたすかぎりの水の世界に、どこまでも、ひびきわたっていくのでした。
5
ふと気がつくと、みっちゃんは、もとどおり、駅前のスーパーへの道のとちゅうに、立っているのでした。
ひとりぼっちで、立っているのでした。
お家とお家のあいだは、ぴったりふさがって、さっきの《道》は、もうありません。
そして、ママも、いませんでした。
いつのまにか、日がかたむいています。空が赤みをおびた金色にそまっていました。雲が黒いかげになって……まるで、そう、さっきのカギみたいな、まだらもよう。
買い物帰りのおばさんや、手をつないだ親子づれが、ながい影をひいて、みっちゃんの前を通りすぎていきました。
ときには、チャイルドシートに子どもをのせた自転車なんかも、通っていくのでした。
みっちゃんは、そんな親子づれのすがたを、うらやましそうに、見ているのでした。
そうでした。
ママのいないみっちゃんは、ひとりぼっちのお家が、たいくつで、さみしくて……よくこうしてお外にでかけては、よそのお母さんたちを、見ていることがあるのでした。
今日もそうだったんだ、と、記憶がよみがえってくるのでした。
と、同時に、ママといっしょにお買い物にいったはずだっていう記憶も、やっぱり、はっきり、のこっているのでした。
ママがいて、ママがいなくて――その両方が、みっちゃんにとって、ほんとう、なのでした。
今日は晩ごはんのおてつだいをさせてくれるってママが約束してくれたのを、おぼえていました。
同時に、そろそろ、家政婦さんの高みねさんが、晩ごはんをつくりにきてくれるころだってのも、おぼえていました。
どっちが、どっち――?
みっちゃんは、こわくなって、あとずさりしました。
あたりは、だんだん、暗くなっていきます。
そろそろ、オバケでも、でそうな時間。
みっちゃんは、ぱっと身をひるがえすと、はしりだしました。
はしって、はしって。
向かったのは、おばあちゃんのお家。
こういう、わけのわからないことがおきたとき、いちばん――たったひとり――たよりになるのは、おばあちゃん。
おばあちゃんなら、きっと、なんとかしてくれるって、そのときのみっちゃんは、まだ、信じていたのでした。
けれど……。
おばあちゃんの家は、まっくらで、ひっそりしていました。
おるす?
でも、げんかんのカギは、あいていました。
みっちゃんは、あがりこんで、走りました。
ようすが、すこし、へんでした。
かって知ったおばあちゃんちの廊下を、はしって、はしって、はしって……なのに、いつまではしっても、廊下はおしまいにならないのです。
うす暗い廊下のかべに、どこまでも、見なれないドアがならんでいるのです。
はしりつかれて、とほうにくれて、みっちゃんは、たちどまりました。
いったい、ここは、どこなのでしょう?
ほんとに、おばあちゃんの家なのでしょうか?
「おばあちゃん……?」
みっちゃんは、大声でおばあちゃんを呼ぼうとして……でも、なんでか、小さな、ささやくような声になってしまうのでした。
ひきかえそうか――?
そう思って、きびすを返しかけたときでした。
とん、と、からだが、なにかに――だれかに――ぶつかりました。
見あげると、そこにいたのは、おばあちゃんでした。
やっと会えた――みっちゃんは、しがみつきました。
しばらくは、ことばがでてきませんでした。
なにを、どう話せばいいのか、あたまのなかが、グチャグチャでした。
ただ、涙が、こみあげてきました。
声をあげて、ボロボロ泣いて……
それから、やっと、
「おばあちゃん!」
と、呼べるようになりました。
でも、おばあちゃんは、だまっていました。
「?」
へんだな、と、みっちゃんは、思いました。
おばあちゃんは、だまってつったっているだけで、「よしよし」もしてくれなければ、いつもみたいにめんどくさそうに「あー、わかったわかった」とか「泣くんじゃないよ」とか、声をかけても、くれないのでした。
なんだか、涙も、ひっこんで、みっちゃんは、あらためて、おばあちゃんを見あげました。
そして、息がつまりました。
おばあちゃんは、暗い、つめたい目をして、みっちゃんを見おろしていました。
いいえ、みっちゃんをとおりこして、なにかべつのものを、見ているみたいでした。
「やっちまったんだね」
やっと、口をひらいた、おばあちゃんの声――しわがれて、ひびわれた、その声は、どこか深い、地の底からでも、わいてくるみたいでした。
「とうとう、やっちまったんだね。やっぱり、やっちまったんだね。わかっていたよ。知っていたよ。どうせ、こうなる。そう思っていたよ。いつもそうだ。いつも――何度、くりかえしても!」
おばあちゃんが、叫びました。
みっちゃんの肩をつかんで、みっちゃんの顔をのぞきこんで――みっちゃんの向こうがわの何かを見つめながら――お腹の底からしぼりだすような声で、たたみかけてくるのでした。
「わたしだって、ふせごうとしたさ。何度も、何度も! 警告したこともあった。そばにいてやったこともあった。端末をとりあげたこともあった。ついには、まがいものの《塔》までつくった。ぜんぶ、あの子を守るためだ。だが――ああ、いつか、あんたも、思い出すだろう――なにをしてもムダさ。いつも、何度でも、どうしたって、こうなってしまう。こうしてしまう。あんたが! ママを! あたしのママを!」
「!?」
おばあちゃんは、なにかに取りつかれたみたいに、まくしたてました。にくにくしげに、顔をゆがめて。まるで、さっきの黒いキモノの管理人みたいに。それとも、おとぎばなしにでてくる、わるい魔女みたいに?
みっちゃんは、ただもう、目を白黒させるばかりでした。
すると、おばあちゃんは、いまはじめて、そこにいるみっちゃんに気づいたみたいに、目をしばたたいて……それから、ククッ、と、のどの奥で、いやな笑い声をたてたのでした。
「そうさ。あの子はわたしの娘、あんたのママ。そしてあたしのママさ。あんたはわたし、わたしはあんた。すくなくとも、その可能性のひとつ……。母を生んだ娘。娘から生まれた母。あってはならない時空の歪み。歩く特異点そのものさ。だから利用される。そして、狙われる。いつも、何度でも……あの子の世界につながる《道》が、消される、いや、封鎖されちまうのさ。
アクセス制限ってやつさ。分岐は無限。可能性自体をなくすことはできない。だが、ルートを遮断することはできる。どの《道》を、何度、通っても、あの子の世界に、たどりつけない。たどりつけるのは、あの子が死んだ世界だけ。わたしがあの子を生んで、あの子があんたを生んで――そのあと、どこかの時点で、あの子は死んだことにされるのさ!」
ちくしょう、と、おばあちゃんは、吐きすてました。
「殺すなら、わたしを殺せばいいじゃないか。だが、それじゃ都合がわるいんだろうさ。端末をあやつれるのは、あの子じゃなくて、わたしらだからね。どこまでも利用するつもりなのさ。わたしを! あんたを……!」
骨ばったおばあちゃんの手が、みっちゃんの肩にくいこみました。ぎりぎりと、しめつけました。いっそ、しめころそうとしてるみたい。まるで、海の底で、みっちゃんをだきしめた、白骨オバケみたいでした。
「いいかい、よくお聞き」
おばあちゃんが、はじめて、みっちゃんを、まっすぐにみつめました。みっちゃんの目を、奥の奥まで、のぞきこみました。
そして、いったのです。
「塔がわたしらを利用するなら、わたしらだって塔を利用してやる。見つけるんだ――《道》を。手つだってもらうよ、あんたにも。ママを――あの子を――とりもどすんだよ……!」
のどの奥からしぼり出したみたいな、おばあちゃんの、その声が、みっちゃんには、まるで、うんめいの宣告みたいに、きこえたのでした。




