↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

13 ブリスコー炎上

 ブリスコー砦に上がる灰色の煙は近づくにつれて毒々しい黒煙に変わっていった。

 空はいつの間にか快晴になっていた。昼間の雲ひとつない青空に一筋の太い煙が高く立ち上っていた。その煙は遥かそびえる巨木の梢のように遠く頭上でこちらに棚引いていた。

 風は緩やかな向かい風だった。

 風に人間の焼ける匂いがした。

 羊を食わない地方の人間はラム肉の焼ける匂いに嫌悪感を催すらしい。牛も魚も食わないハイエルフは焼き魚の匂いだけで嘔吐すると聞いたことがある。

 肉が焼ける匂い、それは本来生物が灰と無に帰す究極の死の匂いだった。

 屠殺場の豚が感じる、死の匂い。

 アイルは死体が焼ける匂いを嗅いだ。

 馬が慄き悲鳴を上げた。アイル達は林の中に入った。

 林の中は腰の高さまであるシダで覆われていた。馬は進みづらいが身を隠すにはちょうど良かった。アイルたちは馬を降り先へ進んだ。

 やがて林の終わりについた。アイルたちは腰をかがめて藪から顔を出した。そこは少し高台にあって砦全体の様子が見渡せた。


 ブリスコー砦は2つの大河川、トマ川とゴーア川にはさまれた合流地点の岬に立っていた。

 アイルたちの手前を左手に流れるトマ側は流路の大きい濁った大河川だった。夏の長い日差しを浴びたカマランの雪解け水を集めたトマ川の流れは冷たく激しく早かった。それは黒と表現するのが似つかわしいほど激しく濁っていた。

 トマ川は左手でゴーア川と合流していた。

 ゴーアは緩やかな渓谷を流れる支流の少ない澄んだ川だった。石灰質の渓谷を流れてきた青く美しい川の流れはゴアの濁流にのみこまれ激しい一つの水しぶきとなって消えていた。ゴーア川の向こうにはルケント旧市街の教会の緑色の高い尖塔が見えた。

 ブリスコー砦には二つの橋が架けられていた。ひとつはトマ川を一跨ぎに越える大きな黒いアーチ橋で黒水橋と呼ばれていた。それは古代に造られたドワーフの橋で道は細く欄干もなかった。およを30ヤードの川幅を橋脚一つ立てずに跨ぐ巨大なアーチは古代ドワーフ達の土木技術の高さの証左だった。寝かしたナイフの刃もまったく通らないほど密に敷き詰められた石は1500年にわたりローデシアの北の要所として数多の軍備を支えてきた。

 もう一つの橋はブリスコーとルケントをつなぐ太く短い橋で、白塔橋と呼ばれた。絢爛な装飾が施された塔の欄干のような美しい橋で、人々はゴーアの静謐な青い湧水をのぞき込んで楽しんだという。

 その白塔橋はゴブリンどもに蹂躙されていた。そしてブリスコーは、魔物の軍勢に囲まれていた。砦は火の手が上がっていた。


 黒水橋を越えた岸辺には大量の死体が横たわっていた。いまひとつの死体がトマ川の濁流を浴び、ゆっくりと岸から離れ、濁流にのまれ、消えた。多数のゴブリンたちが岸辺を徘徊し、死体を槍で何度も刺していた。

 エイミーが怒りで立ち上がろうとするのを、アイルは肩を強くつかんで押しとどめた。そしてしばらく魔物達を観察していた。

「あれはなんだ」アイルは指さしていった。

 異様な風体をしたゴブリンが巨大なこん棒をひきずって歩いていた。それは体つきが大きく7フィートはあろうかというほど背丈があった。そして頭から背中にかけて緑色の長いたてがみが生えいた。それは強者の気を纏っていた。黒光りする鉄の棍棒は200ポンドはあろうかというほど大きかった。

「あれは緑青…」エイミーが答えた。

「緑青?」アイルが訊いた。

「緑青はここのゴブリンたちのリーダー。オークとの折衝役をやっていて、オークの指揮は緑青を通してゴブリンたちに伝えられる。

 ていうのはゴブリンはオークの言葉がわかんないから。オークへの敬意を込めて髪を緑色にしているらしいわ」

「なるほど」アイルは言った。「あいつは?」

 灰色の衣をかぶった何かが崖に降りてきた。それは大きな瘤のついた木の杖をついていた。それは人間だった。肩から足元まで届く長い灰色のローブをかぶった人間-おそらくは魔法使いだった。真っ白な長髪と長いあごひげをはやしていた。

「あれはスタウダマイアーか?」アイルは目を細めながら訊いた。

「スタウダマイアー?」エイミーは応えた。「スタウダマイアーって国賊の魔法使い?…私には全然わからない。そもそも顔知らないし。」

「あいつは何歳ぐらいに見える?」アイルが訊いた。「80ぐらいには見えるか?」

「さあ…ここからではなんとも。ひげは長いけど。歳はわからない」

「ミランダはどうだ?」アイルは訊いた。ミランダは首を振った

 あの男はスタウダマイアーだろうか。もしそうであるならあいつを殺せば任務の半分はここで終わることになる。北方遠征に国が投じるだろう費用を考えるとここで命を賭ける価値は十分にあった。

「スタウダマイアーは氷結魔術の使い手で雹の嵐を降らすことができる。心当たりはあるか?」

「ない」エイミーは短く答えた。ミランダも短く首を振った。

 ブリスコーは燃えていた。木でできた櫓が炎に包まれるのが見えた。

 翁から開示された情報から推測するに、「大魔法使い」の称号を得るほどの人物ならば、あの程度の小さな砦は極大魔法で消し飛ばしてしまうはずだった。

 砦は燃えていた。人肉の焼ける匂いが辺り一面を覆っていた。

「ここからあの人間を狙えるか?」アイルが訊いた。

 その瞬間、魔法使いがこちらを向いて指さした。「動くな!」アイルが鋭くいった。ミランダは腰を浮かしていた。「あそこからは、俺たちが見えるはずがない」

 魔法使いが指さしたのは、橋だった。橋を指しながら緑青と何かを話していた。そしてゴブリンになにか指示をして死体から離れさせた。そして魔法を使い一つづつ死体を燃やしだした。彼が指さし何か唱えると、死体は赤い炎に包まれた。

 彼は炎魔法を使った…しかしそれ自体は、大した情報でもないのかもしれない。大魔法使いともなればあの程度の炎は操れるのだろう。問題は死体を燃やした理由だった。それは、腐敗した死体が疫病を蔓延させるのを防ぐためだろう…つまりブリスコーを占領するつもりなのだろう。しかし、そうであるなら死体は川に放り込めばいいではないか?人間を焼いて嗜虐心を満たしたいのだろうか。裏切りの魔法使い…しかし彼の所作には、何か事務的めいたものを感じた。この吐き気を催す、ひどい匂い…匂いだろうか。死体を焼いた匂いを漂わせ、砦の士気を下げているのだろうか。

 アイルは後者だと判断した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。