12 ブリスコーへの道中
馬でゆくブリスコーへの道はのどかだった。
二本の轍のほかは延々と草原が広がっていた。はるか聳え立つカマラン山脈の麓は青空と同じ色に蒼蒼として鎮座していた。
山の頂の美しい白銀は遠く離れたここからも目が眩むほど凛として輝いていた。
やがて林の裾を流れる渓流に突き当たった。この川に沿ってくだるとブリスコー砦にたどりつくはずだった。
突然エイミーの耳がぴくぴくとなにかに反応した。すると突然林から鹿が飛び出してきた。
鹿はこちらを見た。丸いつぶらな瞳にでエイミーたちを観察していた。やがて彼女らを無視して草を食み出した・
そのときすでにアイルは馬を降りナイフを抜いて草むらのなかに入り込んでいた。鹿の後ろに回り込み抜身のナイフを振りかざした。するとエイミーが突然大声で叫びだした。
「わあああああああ!わあああああああ!」
鹿は驚いて飛び上がり、林の中に逃げ帰った。
エイミーは舌突き出した。
「あんな大きな獲物はとっちゃダメ!日またぎですぐ砦に着くんだから。食べれる分だけの小さな獲物にしよう。これだから都会モンは自然を無駄にして!」
「都会ものって。なに言ってるのよあなた」ミランダが笑いながら言った。
エイミーは楽しい人間なのだろうか。
控えめに言っても彼女は美しかった。腰まで伸びた長く量の多い金髪は常に艶やかに輝いていた。彼女の髪を持ち上げたらきっと重たいに違いなかった。
しかし見た目の印象と違って彼女は下世話な人間のようだった。エルフといえば叡智の探究者というイメージだったが彼女は正反対だった。
日が昇り休憩を取ることになった。
ミランダは焚き火を起こし、アイルとエイミーで魚を取ることになった。
名前のない渓流の流れは美しかった。雪解け水を湛えた透明な川の縁ではニジマスがたくさん泳いでいるのが見えた。
アイルは気配を消して水の中に足を踏み入れた。水は冷たく清涼で気持ちが良かった。アイルは水に手をつかし体温を下げ自らの手足を渓流と同化せんと努めた。いまマス達にとってアイルの手足は渓流を流れる枯れ木のようなものとなっていた。アイルは数匹のマスを岸際までゆっくりと追い込んだ。
そして突如アイルは全身に怒気を込めた気を巡らせた。マス達は驚き水際から岸に飛び跳ねた。河原には4匹のマスがのたうちまわっていた。
それは”発震”とよばれる気配探知の暗殺術の一つだった。”消威”とは真逆に無気配の空間に急激に害意をもった気を発生させることで、その害意に対する反応を探知する技だった。気を廻らせた術者はそのまま戦闘に入ることができた。弱い小動物は驚き逃げ惑う場合が多かった。
「お~」術をみてエイミーは感心した声を上げた。
マスは串刺しにして焼いた。
清流のマスは臭みがなくうまかった。
はらわたにそのままかぶりつくエイミーを見てアイルは言った。
「エルフなのに魚喰うんだね」
「あたしは都会のエルフなのもので。お肉も食べます」エイミーが言った。
「こんな辺境でもエルフの中では都会なのですね」ミランダがクスクスと笑った。
日暮が近くなったので野営の準備をはじめた。草原の中に一本の楡がたっていたのでその根本に陣野営する事になった。
エイミーはウサギを狩るといって弓を取り出すと、そのまま直接草むらの中を射抜いた。
そしてたった三射でウサギ三体を仕留めた。
アイルはその技に驚いた。
エイミーは気配探知に気を使わなかったのだ。
単に五感そのもので敵を探知することはを暗殺術では"天響”と呼ばれ、逆探知の方法がないので結局のところ探知術の中でもっとも優れているとされていた。アイルも人並み以上に五感が優れていたが、身を隠す野生生物を視界に入れずに射抜くことなどまったくできそうもなかった。
エイミーは仕留めたウサギの喉を裂き、サバ折りにして肛門から内蔵を取り出した。そして手際よく皮をはぐと串刺しにして火にくべた。ウサギは油が滴ってうまかった。
野営の見張りはアイルが最初に就いた。アイルは楡の木に登り空を眺めた。黄色い満月が煌々として美しかった。この高山帯では月がより近く明るく見えた。月光に照らされたカマラン山脈の白峯が天の川を横切って輝いていた。
渓流のせせらぎが聞こえた。コオロギの鳴き声がここでないどこかから響いてきた。ここは美しい土地だった。
このまま任務を捨てて逃走してしまおうか、とあえて邪な考えをしてみた…がすぐにやめた。今回の任務は旅の道中含め楽しかった。そしてこの先の任務に少し期待もしていた。これが冒険者の毎日なのかもな、と思った。
アイルは自分が殺してきた人間のことを知らなかった。努めて忘れようとしてきた。もしかしたら、罪もない人間が、なにかの陰謀に巻き込まれて殺されたのかもしれなかった。しかし、とにかく思考しないようにしてきた。
アイルは隠匿術に天賦の才があった。しかし人殺しの資質を芯から備えているわけではなかった。
今回の任務は敵の姿がはっきりしていた。そして彼は王命を受けてこの地に来た。彼は初めて自分の仕事に強い信念を感じていた。
次の日目が覚めると空気が湿っていた
空は灰色の雲に覆われていた。陽が昇ってから出発した。
道すがら突然エイミーガ空を指さして言った。
「鳩」
一匹の鳩が南へ飛び立っていた。鳩には何かが括り付けてあるのが見えた。伝書鳩だろう。ブリスコーから火急の知らせでもあったのだろうか。
しばらく進むと前から急いだ様子の荷馬車がやってきた。うしろの荷物は死体だった。
「なにかあったんですか!」エイミーが大声で聞いた。
「旧市街がオークの襲撃に遇った。かなりの人数の軍隊が攻め入ってきた!」
「オークの…?」エイミーがいった。旧市街とはブリスコーの西に川をまたいで隣接するルケントとよばれる古い遺跡のことだった。
義勇兵団の情報では旧市街はゴブリンとの小競り合いが続いており、アイルはまずルケントのゴブリン掃討に組み込まれるはずだったのだ。
エイミーはすれちがい様に荷馬車をのぞいた
「わたしこのひと知ってる」エイミーがいうとミランダも死体を覗き込んだ。
「半年前に義勇兵になったばかりの6人組の新人だと思う。強襲部隊の人。名前はたしかジョエル…」ミランダが言った。「団章がふたつついてる。さっっきまで生きてたのね…」ミランダは団章をちぎり取った。そして胸元で手を組んで祈った。三人は先を急いだ。
ブリスコーに着くと、砦からは火の手があがっていた。




