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「……とすると?」
「俺にはさっぱりどうなったのか、わからん」
アシャの問いにアオクは困惑した表情で応えた。
机を囲んだユーノ、イルファ、アシャとアオク、それに少し離れたソファでエキオラとラセナは、お互いに難しい顔を見合わせた。
「とにかく、俺が行った時にはクノーラス様はお目覚めだった。だが、明日の式のことを伺っても『知らぬ』とおっしゃる。エキオラの事を聞いても『知らぬ』の一点張りだ。俺がなおも問いかけると、いきなり乱心なさって剣を抜かれた。そればかりか、エキオラの首をこの場で刎ねるとおっしゃって……」
「それで、とっさに連れて逃げたわけか」
イルファが頷く。
「攫う気はなかった。だが、エキオラを殺させるわけにもいかなかった」
アオクの苦い口調に、わっとエキオラが泣き伏した。
「わ、私がいけないのです! 私が、何か、王子の御機嫌を損ねるようなことをしてしまったのです!」
「おまえのせいではない!」
厳しい声でアオクは咎めた。
「あの時の王子はいつもの王子ではなかった。何かこう、禍々しい影がまとわりつく、魔物のようだった」
はっとしたように、ユーノがアシャとイルファを見た。頷き返すと、唇を噛んで俯く。自分が来たから襲われたと考えているに違いなかった。
「さっき追ってきたのは、王子の側近か?」
「いや、見たことのない男達だ。どいつもこいつも妙な冷たさがあって、腕が竦みそうだった」
アオクは首を振った。
「それで、どうする?」
「明日もう一度、王子の所へ行ってみる。原因を確かめて…」
「アオク! そんな、危ないわ! 見たでしょ、わけのわからないものが、うようよしていたのを!!」
エキオラが強ばった顔で叫んだ。よほど怖い思いをしたのだろう、唇を震わせて蒼白な顔になっている。
「だからと言って、幼なじみの夫になる人を放っておくわけにはいかん」
「アオク……」
エキオラが涙に濡れた顔を微かに歪ませた。
「おまえには幸せになってほしい、他の誰よりも、な」
アオクはエキオラから目を逸らせて付け加えた。
「俺の自慢の友人だからな」
すうっとエキオラの頬に血が昇る。
「ア…アオクの馬鹿!」
「エキオラ!」
立ち上がって部屋を走り出していくエキオラの後を追いかけながら、ラセナがじろりと兄を睨みつけた。
「勝手にサークでも織ってなさいよ、馬鹿兄さん!」
「サークを織る?」
イルファの声に、アオクは微かに笑い返して応えた。
「暇潰しをするってことさ」
「鈍感、という意味もある」
ぽつりと言ったアシャに相手はかっと赤くなった。
「…仕方ないだろう!」
吐き捨てて窓に近づき、朝を迎えて澄み渡っていく空を見上げた。
「あいつはダノマの赤い華と言われるほどの器量よし、おまけに街一番の金持ちの娘だ。どう考えても俺ごときに……合う、わけはない」
「合う合わんの問題じゃないだろう、好きか嫌いかだ」
イルファが憮然とした顔で口を挟む。
「単純でいいな、イルファは」
「他に何がある」
ユーノのからかいにイルファは訝しそうに瞬きした。
「惚れ合ってこそ縁を結ぶものだ」
「…惚れ合っているさ、クノーラス様とエキオラも」
低い声でアオクが呟き、おおそれがサークを織るってやつか、と突っ込みかけたイルファをユーノが殴った。
「それより、わけのわからないもの、と言っていたが」
何をする、される方がまずいんだろ、とやりあいかけたユーノ達を制し、アシャは気になるところへ話を戻した。
「あ、ああ」
あれは…。
アオクが戸惑った顔でことばを継ぐ。
「……俺が知っている、どんな生き物とも似ていないものが」
太古生物。
また素早くユーノがアシャを見返す。今度はイルファもじろりと見やってきて口をつぐんだ。アシャは重ねて促した。
「…どんな生き物だ」
「俺がエキオラを連れて、城を出ようとした時のことだ」
アシャに促されて、アオクは話し始めた。
「こっちだ、エキオラ!」
2人が王子クノーラスの前から逃げだして、どのくらいたったのだろう。
街の中心にあるクノーラスの住まう居城は、本城に比べて小規模でそれほど広くないはずだったし、アオクはダノマの近衛隊長として何度もここを訪れ、勝手は十分知っているはずだった。
だが、今夜に限って、アオクとエキオラは出口になかなか辿り着けない。
「駄目よ、アオク! また壁だわ!」
「畜生っ!」
2人は向きを変えて再び走り出した。
これで何度壁に遮られたことだろう。何もなく通り抜けられると見える通路には実は見えない障壁があって、それが近づくにつれていきなり色を帯びて壁となって出現し、行く先々を遮ってくる。必死に逃げ惑いながら、2人はクノーラスの居城の中で果てのない堂々巡りを続けている。
出口のない迷路を彷徨う不安だけではなかった。
少しでも気を抜けば、2人の足下にブヨブヨした塊がまとわりついてくる。半透明で、5、6歳の子どもほどある球体、青黒い液をたたえ内部が透けて見える気味の悪いものだ。びしゃびしゃと床を濡らしながら這い寄ってくるそれに、一度はエキオラが片足を捕らえられ、泣き叫ぶエキオラをアオクは必死に引き剥がした。
「くそおっ!」
剣を閃かせて、球を断ち切る。
ぐしゃっと中の液体を吐いて潰れるかと思いきや,球は一度割れた体を、細く粘り着く糸で引き寄せるように、ずるずるくっついてすぐに再生し、前と変わらぬ速度で迫ってくる。
「化け物が!」
「アオク!」
抱きつくエキオラを掬い上げ、肩に担いで、アオクは歯ぎしりしながら通路を逃げた。
「ドヌーだ」
「え?」
アシャの声にアオクが固まる。しまったと思ったがもう遅かった。
「ドヌー? あの太古生物のドヌーか?」
確認してくる顔はみるみる色を失っていく。
「…たぶん、間違いないだろう」
「俺も聞いたことがある」
仕方なしに同意したアシャに、イルファが身を乗り出した。
「球の中へ生き物を引き込んで食っちまう奴だろ」
「おまけに、中にある『目』を殺らないと死なない……」
アオクが昔語りを思い出すように呟いた。
「しかし、どうしてドヌーが……」
「一体どうなってるんだ? レガに、クフィラに、今度はドヌー?」
世界はおかしくなっちまってるんじゃないか。
イルファががしがしと頭を掻きながら唸る。
「レガ? クフィラ?」
アオクがぎょっとした顔でイルファを見た。
「そんなものまで?」
「そうだぞ、俺達はなあ」
「先を話してくれ、アオク」
得意気に話そうとするイルファをアシャは遮った。




