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城の中を走り回るアオク達に、ドヌーは次々と襲いかかってきた。ぶよつく体を信じられない速さで移動させ、床から壁へ、壁からアオクへと飛びかかってくるのだ。
エキオラを抱えたまま、アオクは右に左にそれらを躱し、数体切り捨て走り続けた。前方、再び無情に壁が迫る。すぐ後からドヌーが数を増して追ってくる。
「エキオラ…」
「アオク…」
さすがのアオクもこれが最後と諦めた。
エキオラを降ろして背後に庇い、迫るドヌーに剣を構えながらじりじり後へ下がる。しがみついてくるエキオラを最後まで守ろうと強く壁へ押しのけた、その時、エキオラが妙な声を上げた。
「アオ…っ」
「エキオラ!」
てっきりドヌーに襲われたと思って、振り返ったアオクの目に映ったのは、壁に半身呑まれつつあるエキオラの姿、ぞっとして身を乗り出すアオクの背にドヌーが突き当たり、彼はエキオラの方へのめった。近づく壁、激痛を予期してアオクは思わず目を閉じ…。
「?!」
次の瞬間、信じられないことが起こった。
アオクはエキオラもろとも城の外へ転がり出していたのだ。
呆然とする間もなく、アオクは走り出してくる追手に気づいた。エキオラを急き立てて走り出し、もつれる脚と混乱する頭をひたすら逃げることに集中させた。ようよう自宅近くまで逃げのびて、アシャとユーノの助っ人に九死に一生を得ることになった。
「目に見えない……じゃねえや、目に見えてるけど触れねえ壁とドヌーだらけの城、か」
イルファは唸って腕を組んだ。
「王子もいかがされたか…ご無事であればいいが。だが、何よりあいつらがこの街に溢れて来たら」
ごくり、とアオクは唾を呑み、逃げる途中で奴らが倒れた兵にのしかかり球体の中へ引きずり込むのを見たのだ、と付け加えた。
「……それこそ大惨事になる」
「さしものダノマも一夜にして廃墟、だな」
イルファがあっさりと言い放ち、レスファートが微かに体を震わせた。
アシャは横目でちらりとユーノを見たが、彼女は考え込んだ顔で何も言わない。
「兄さん……」
エキオラに付き添って出ていったラセナが戻ってきた。
「ん?」
「エキオラが兄さんを呼んでるわ」
怖くて1人では居られない、って。
一瞬切ない表情になったアオクは、小さく溜め息をついて席を立った。
「わかった……側に居よう」
そのアオクをじっと見ていたユーノがすっと視線を外へ向ける。
「夜が明けた、ね」
「それほど時間はないな」
ドヌーは夜行性だったよな、とイルファが眉を寄せる。
「一度お休みになって下さいな……みなさんも」
ラセナが言った。重い腰を上げるユーノ達にいたずらっぽい笑みを投げて、
「今日は出られませんわ、兄さん。エキオラが引き止めますから」
「たぶんね」
ユーノが目を細めて微笑む。と、ラセナが薄く頬を染めた。
「お疲れでしょう?」
「いや、それほどでも…」
「お強いんですのね」
ラセナはユーノの黒い目にじっと見入った。
(おい)
待てよ、その応対は。
アシャが呆気にとられていると、ユーノに見つめ返されたラセナは、いきなり我に返ったように身を翻し、ばたばたと足音をたてて部屋を出ていってしまう。
「ほー、あの子、ユーノに気があるのかな」
イルファがまた呑気なことを言った。
「そんなの……困るよ」
「お、いっちょまえに赤くなりやがって照れるな照れるな………まずは一休みしてくるか」
がはは、と笑って、イルファは伸びをしながら部屋を出ていく。
「冗談じゃないよ…」
さすがに困惑した顔で、ユーノは外していた剣帯を掴み、不安げに弄った。戸惑った横顔が久しぶりに年齢相応に見える。苦笑しながらアシャが近寄ると、気づいたユーノが目を上げた。
「まいったね」
「……また首を突っ込む気なのか?」
問いかけると、一瞬ためらい、やがて気まずそうな顔でユーノは頷いた。
「うん、だって」
みんな一所懸命なのに、このままじゃ。
唇を噛む顔に強い決意が見える。
(止めても無駄だな)
アシャは溜め息をついた。
「剣の罠はどうする?」
答えは予期しているが、尋ねてみる。
ぎく、とユーノは体を強張らせた。しばらく考え込む様子だったが、やがて真正面からアシャを見つめて、
「だからと言って、放っとけないだろ。……狙いは私なんじゃない?」
「え?」
「『銀の王族』としての私、じゃないの?」
なぜそれを。
いつそれを。
「ユーノ……」
どこまで、知っている。
立て続けに問い正しそうになった質問をアシャは静かに飲み込む。ふ、とユーノが目を細めて笑った。
「やっぱり……」
「どこで聞いた?」
一番無難で大事な質問をそっと舌に載せた。
『銀の王族』のことばを知っている者は『ラズーン』に近い。そして、それを『ユーノ』に知らせた者は違う意味で『ラズーン』にかなり近い。
敵ならば口を封じておく必要がある。味方ならば。
「どうして?」
問い返されて思わず目を伏せた。
味方でも、時と場合によっては。
先に続くことばを、その酷薄さを、貫ける自分の冷たさをよく知っている。
それをユーノに見せたくなかった。
「…草猫からね」
黙ったアシャにユーノがぽつりと応じた。
「もっとも、意味、はよくわからないけど………アシャ、知ってるの?」
「……」
「いいよ。あなたに嘘はついてもらいたくないから」
苦笑しながらユーノがこちらを見上げていた視線を逸らせる。
その瞬間、お互いの間にあるどうしようもない溝を、どれほど望んでも重ねられるはずもない運命を感じて、アシャは苦しくなった。
(俺は、お前を、得ることができない)
アシャが、アシャ、である限り。
「それより、アシャ」
「…ん?」
何かを振り切ったように、ユーノはもう一度自分を見上げてきた。
「できる限り早く、剣を教えてよ」
「剣を?」
「あなたが類稀な武人でもあることはわかってる。あなたの剣は綺麗で凄まじい」
黒い瞳が強い意志をたたえてアシャを射抜く。
「この先もっと危険が増えるなら、少しでも隙をなくしとかなきゃ足手まといになる……もう、自分が未熟だから誰かが傷つくなんてことは嫌だ」
「もう?」
「あ…」
はっとしたようにユーノは薄く赤くなった。揺らいだ瞳が一瞬閉じられ、すぐに見開かれたその中に激しい想いが感じ取れた。
(誰を、想った?)
ユーノの中の深い場所に誰かが居る。
(そいつのために、お前は)
あれほど傷ついてもなお、剣を鍛えて守ろうとするのか。
レスファートやセアラではない、もっと強くて熱い気持ちを向けられた相手。
不安に揺らいだ自分を、アシャは吐息で落ち着かせた。
「……わかった。なるべく早く教える」
そんなことをして、俺は何をしようというのか。
「そのかわり、厳しいぞ」
守る代わりに自らを危険に晒すようしむけて。
「大丈夫」
にこりと笑ったユーノが、私も少し寝てこよう、と部屋を出ていくのを見送る。
(俺のやろうとしていることは)
結局あんたと同じなのか、ゼラン。
胸の中に渦巻いた感情は嫉妬。
「……抱きしめ、させろ」
アシャは口の中で低く呟いた。
「でないとお前を」
殺しそうになる。




