12
「え?」
「お前は誰かに守ってもらおうとは考えないのか」
「わ、たし…?」
私は。
思いもかけないことばを聞いたという顔で目を見開いたユーノは、やがて目を伏せて苦笑した。
「誰、に?」
からかうような、掠れた声が響いた。
「誰が…」
守れる。
「どうして…」
守ろうなんて、考える。
「私は」
無意識のような仕草でそっと片腕を触って自分を抱える。
「……無理、だ」
「そんなことはない!」
思わず強く言い放って、アシャは窓から離れた。両手を差し伸べ、今にも崩れそうに見える相手に近寄る。
「お前だって、独りじゃきっと」
「きっと…?」
のろのろと顔を上げたユーノが潤んだ瞳を細めて笑う。
「……それ、でも」
無理なものは、
「俺が」
その先を言わせたくなくて、肩に手をかけ引き寄せる。
「俺が、」
「あ…しゃ…?」
ふわり、と体が揺れ、腕の中に倒れ込んでくるように見えた。そのまま抱き締め、顔を上げさせ、今にも泣き出しそうな唇を一気に塞いでしまおう。顔を寄せた、次の一瞬。
ジャッ!
「っ!」
チャリッ! ギャギャッ!
「アシャっ!」
突然響いた剣戟の音に、ユーノは一瞬にして体勢を立て直した。窓から庭へ、視線を走らせたとたんに身を翻してベッドの上の剣を掴み、止める間もなく窓から外へ飛び下りる。
「誰か襲われてるっ!」
「ちぃいいいっっ!」
どこのくそ餓鬼だ、こんな夜中に馬鹿馬鹿しいまねをしやがって!
舌打ちしながらアシャもすぐさま後を追う。短剣1本しかしのばせていないが、怒りが十分容赦ない攻撃にしてくれることは確信できる。
「アオクーッ!」
先を行くユーノの猛々しい声が響き渡った。
ジェブの樹へ数人の男に追い詰められたアオクが、傍らに抱えたほの白い塊を庇うように剣を振るいながら、ユーノの姿を認めたのだろう、叫び返してくる。
「来るなーっ!」
「冗談!」
一言のもとに1人を切り捨てたユーノは生き生きと次の敵に躍りかかった。抜いたか抜かぬ間に1人が倒れ、次の1人も驚いた顔で仰け反っていく。だが、ユーノの剣は再び鞘におさまっていて、抜かれた気配がない。
「どこで覚えたっ!」
飛びかかってきた相手を叩きのめしながら尋ねたアシャに、ユーノがにっと不敵な笑みを返す。
「昼間、道端でやってた!」
目の前に立ち塞がった敵に瞬時身を沈めて静止、相手がぎょっとした顔で止まったとたん、幻を残してユーノの手が剣を抜き放ち、一閃した後すぐに鞘におさめられる。
「おいっ」
アオクが茫然とした顔になった。
「それは近衛でも遣い手が限られる剣だぞっ」
「そんなこと言ってる場合?」
「っく!」
慌てて防戦に入るアオクに、けれどこれは奇襲の方が効果的だよね、すぐ距離取られるから、と息も切らせずに剣の扱いを変えるユーノに、アシャも唖然とした。
(見よう見まねで、よくもそこまで)
この分では本当にアシャの、『視察官』の剣まで身につけてしまうかもしれない。
(『銀の王族』の『視察官』だと?)
前代未聞まずありえない設定、そう考え、ことばの意味に気付く。
(ありえない、展開)
たとえばアシャの存在。
たとえばユーノの特性。
かつてないほどの太古生物の繁殖跳梁と、『運命』の侵蝕。
既にこの200年祭がありえないことの連続ではないのか。
ひょっとして。
ひょっとしたら、『太皇』はこれを見越して、アシャを選んでいたのだろうか。平穏な200年を治めるものとしてではなく、動乱と混沌の世界に新しい基準を得るために。
「……たい…した腕…だな」
一通り敵を倒してアオクの元にユーノともども駆け寄ると、はあはあと荒い息を吐きながら汗に塗れた相手が唸った。
「見損なっていた…申し訳ない」
「いいよ、人は見かけによらないって覚えてくれれば」
ユーノがしらっとやり返すのに溜め息をついて、アシャはアオクの背後に庇われていた人物に気付いた。
「そちらは」
ユーノより少し年上といったところか、額に紅玉を細い金鎖で垂らしている。濃い茶色の髪が白と金のまばゆいばかりの衣装の肩に波打っている。澄んだ薄茶色の目が不安そうにユーノを、続いてアシャを見た。
「どなたなの、アオク」
細い声で尋ねるのに、アオクは安心させるように笑って振り返ってみせ、
「客人だ。問題ない。ユーノ、それにアシャだ」
「驚かせて申し訳ありません」
アシャの声に相手はほっと軽く吐息をついて微笑み返す。
「ボクらは、アオクの家に泊めてもらっているんです」
「そう、ですか」
ユーノのことばにおどおどと頷いた。
「紹介しよう」
アオクが女性の華奢な肩をそっと抱き、向き直る。
「エキオラ………第三王子クノーラス様に嫁ぐ、俺の幼馴染みだ」




