エピソード61 第一迎撃
一九四二年四月十五日。
房総沖の空には、薄い雲がところどころに浮かんでいた。
海面からわずか百五十メートル。
十六機のB-25が、互いの距離を保ちながら日本の東の空を進んでいた。
低空飛行。
それは、日本側に発見される可能性を少しでも減らすためだった。
先頭を飛ぶB-25。
操縦席の機長が、前方の海を見つめながら口を開いた。
「日本本土まで、残りおよそ四十分です!」
その報告に、後方席のドーリットルが緊張の面持ちで腕時計へ目を落とす。
「……うむ。各機へ通達、ここからはさらに警戒を強めろ」
「了解しました。しかし日本軍は静かですな。全く気づいてないようです」
ドーリットルは前方を見たまま続けた。
「日本軍は、我が米国より数段劣るレーダーしか持っておらん。これだけの低空で、爆撃機が飛んでくるなど夢にも思ってないだろう」
「確かにそうですな。奴等の驚く顔が見れず残念です」
ドーリットルは一度だけ後方へ視線を向けた。
十六機。
ここまで、全機が予定通り飛んできた。
「高度を維持しながら隊形を維持するように。日本本土まで、このまま低空で進入する」
「イェッサー!」
彼らは気づいていなかった。
その遥か上空の雲の切れ間から、十二機の機影が彼らを見下ろしていることに。
高度を取った十二機の零戦。
三機ずつ、四つの小隊に分かれている。
その先頭に、佐久間大尉の機体があった。
佐久間は眼下を見つめていた。
海、そして、その海面を滑るように進む黒い機影。
佐久間は蓮華の圧倒的な索敵能力に舌を巻いていた。
「……敵の位置が、これほど簡単に分かるとはな。今までの索敵の苦労が嘘のようだ」
佐久間は低く呟いた。
そして後方の小隊長が視線を向けてくる。
「うむ。良い頃合いだな」
佐久間は高度計を確認する。
現在は高度二千メートルを指していた。
B-25は、こちらの存在に気付いていない。
そして、太陽とB-25の位置関係を確認する。
佐久間は手を上げた。
眼下の敵編隊を指し示し、そのまま手を下ろす。
「……全機突撃!」
佐久間が機体を倒す。
同時に、十二機の零戦が一斉に降下を始めた。
エンジン音が空を震わせる。
高度が急速に落ちていく。
それでも、B-25は気付かない。
佐久間は照準を合わせながら、さらに機首を下げた。
敵編隊が大きくなる。
距離五百メートル。
四百。
三百。
――その時だった。
後方を飛んでいたB-25の乗員が、ふと空を見上げた。
「……ん?」
太陽に一瞬、黒点が見えた。
乗員は目をこすり、そして目を細めてよく見る。
何かが動いた。
最初は鳥かと思った。
だが、違う。
黒い影が、急速に大きくなってくる。
「なんだ、あれ」
次の瞬間。
男の顔から血の気が引いた。
「日本機だ!」
叫び声が機内を走る。
「上空に敵機!」
別の機体でも声が上がる。
操縦士が上空を見上げた。
十二の機影。
しかも、そのすべてがこちらへ向かって急降下してきている。
「ゼロファイターだ!」
「数は何機だ!?」
「分からない! かなり多いぞ!」
「隊形を密に――」
その悲鳴を遮るように、空を切り裂く銃撃音が響いた。
ドドドドドッ――!
十二機の零戦が、一斉にB-25へ襲いかかる。
海面近くを飛ぶ巨大な爆撃機の編隊へ。
上空から鋭く降下していく。
そして――
第一迎撃が始まった。
最初に突っ込んだのは、第一小隊だった。
三機の零戦が、一機のB-25へ集中する。
機銃弾が胴体を叩く。
そして、一機が狙いを変えた。
「エンジンを打つ!」
短い声とともに、機首を下げる。
照準の中心に、B-25のエンジンが入った。
引き金が引かれる。
機銃弾が集中する。
直後、エンジンから黒煙が噴き上がった。
「命中!」
さらに弾丸が叩き込まれる。
炎が上がる。
B-25は編隊から離れ、大きく傾いた。
そのまま海面へ向かって落ちていく。
別の場所では、第二小隊が上方側面から攻撃を仕掛けていた。
三機が一斉に斜め上へ位置を取る。
B-25の防御機銃が旋回する。
「来るぞ!」
「撃て!撃つんだ!」
零戦が機体を倒す。
銃弾が翼のすぐ横を通り抜ける。
三機が一斉に弾丸を撃ち込む。
B-25の主翼に黒い穴がいくつも穿たれた。
機体が大きく揺れる。
B-25は急速に高度を失い、編隊から外れていく。
第三小隊は、三方向から同時に接近する。
防御機銃が一斉に向きを変える。
だが、三機の零戦はそれぞれ違う方向へ散った。
「今だ!」
一機が右斜め上から、一機が左斜め上から、そして最後の一機が後方からの集中射撃。
B-25の機体が激しく揺さぶられる。
操縦席から悲鳴が上がり機体が傾く。
「駄目だ、操縦が利かない!」
B-25が編隊からこぼれ落ちていく。
そして第四小隊。
B-25が回避行動を取ろうとするが、三機の零戦が左右から挟み込む。
左右からの挟撃。
弾丸が胴体を叩き、エンジン付近へ集中する。
B-25の機体が白煙を吐いた。
次の瞬間、爆発的な炎が噴き上がる。
「敵を撃墜!」
そして第四小隊の隊長は、手信号で合図を送った。
「次の攻撃に備えて離脱しろ!」
零戦が散開する。
B-25は大きく傾き、そのまま編隊から落ちていった。
わずかな時間だった。
十六機いたB-25は、十二機になった。
だが、残ったB-25が次々に隊形を組み直していく。
互いの間隔を詰め、死角を消す。
そして、機体側面や後方に装備された防御機銃が、一斉に上空の脅威を探し始めた。
佐久間はその動きを見た。
「……奴等め、すぐに立て直してきたか」
直後。
網の目のような銃弾が、空を切り裂いた。
「四機やられた!」
B-25の機内に、切迫した声が響く。
ドーリットルは後方を振り返った。
炎を上げて落ちていく機体。
その光景を確認したのは、一瞬だった。
「日本軍は我々を待ち伏せしていたのか?」
「分かりません!ですが、完全にこちらを狙って降下してきました!」
「くそっ、一体どうなってやがる。隊形を崩すなと各機に伝えよ!」
ドーリットルの声が機内に響く。
「ばらければ、一機ずつ各個撃破されるぞ!」
「ですが、既に四機が撃墜され陣形が維持出来ません!」
「バカモノ!だからこそだ!」
ドーリットルは即座に答えた。
「互いに援護しろ! 敵が一機に食いついたら、別の機がその敵を狙える位置につけ!」
「了解!各機に伝えます」
「操縦士には、低空を維持させろ! 勝手に高度を上げさせるな!」
「イェッサー!」
ドーリットルは再び周囲を見る。
日本軍は、明らかに自分たちを待ち伏せしていた。
動揺を部下にばれないように必死に取り繕う。
「……弾幕だ」
低い声だった。
「日本機を近づけるな。とにかく弾幕を張れ!」
その命令が各機へ伝わる。
直後、十二機のB-25から、防御機銃が一斉に火を噴いた。
ダダダダダッ!
空中に弾幕が広がる。
零戦が急旋回し、銃弾を避ける。
もう一機がその上を抜ける。
佐久間も機体を大きく倒した。
「くっ……!なんて弾幕だ。迂闊に近寄れんぞ」
機体のすぐ横を弾丸が通過する。
しかし、被弾はない。
零戦が再びB-25へ向かう。
だが、今度は簡単には近づけない。
B-25同士が互いの死角をカバーし合っている。
一機を狙えば、別のB-25から激しい銃撃が飛んでくる。
佐久間は歯を食いしばった。
「なるほど……そう来るか」
目の前を、B-25が横切っていく。
大きい、そしてしぶとい。
佐久間の小隊の一機が、手信号を送ってくる。
佐久間は手を上げて応じる。
佐久間の合図を受け、一機の零戦が速度を上げてB-25の側面へ入った。
ドドドッ…ドドドッ!
直撃弾を受けても、B-25は耐えた。
「あれだけ撃ち込まれて、まだ落ちないのか」
佐久間は呟いた。
B-25の耐久性に苛立ちを覚える。
敵の機体がこちらの想定以上に頑丈だった。
そして防御機銃の数も多い。
このまま一機ずつ追いかけていては、こちらの被害が増える。
佐久間は戦況を見渡した。
「……正面からの力押しでは駄目か」
零戦の機動力なら、有利な位置を取ることはできる。
だが、位置を取ったところで、簡単には落ちない。
一方で、B-25の防御機銃は一度に複数方向をカバーできる。
正面、側面、後方。
どこから入っても、必ずどこかの機銃がこちらを向く。
「正面から攻撃すれば、敵の防御射撃が集中する……どうすれば……」
佐久間は呟き、そして周囲を見る。
四つの小隊に十二機の零戦。
それぞれが高い機動力を持っている。
ならば……
佐久間は機体を動かし、各小隊長に近づいた。
小隊長がこちらを見る。
佐久間は手信号に右手を上げ、そして拳を握った。
小隊長が頷く。
佐久間は次に各小隊に合図を送る。
次の瞬間、四つの小隊がそれぞれ違う方向へ散開する。
B-25の防御機銃が一斉に動く。
しかし、各機が狙う方向が異なるため、防御射撃に隙が生まれる。
第一小隊が左から接近すると、B-25の機銃が向く。
その瞬間を狙い、第二小隊が右から現れる。
「今だ!」
ドドドドドッ!
B-25が機体を揺らす。
銃撃してきた零戦へ防御機銃がそちらへ向く。
だが、その隙に第三小隊が上から降下。
ドドドドドッ!
機銃弾がB-25へ集中する。
さらに第四小隊は後方から接近していた。
B-25の機銃が上空から後方へと向きを変えようとするが、間に合わない。
ドドド…ドドドドドドッ!!
弾丸がエンジン付近へ集中する。
黒煙が立ち上りそして炎を吐く。
B-25が大きく傾いた。
操縦士が必死に機体を立て直そうとするが、機体は急速に高度を失っていく。
四方から銃撃されたB-25は、編隊から離れていく。
そのまま海面へ向かって墜落していった。
「よし!このやり方なら……いける」
零戦隊は、上下左右から反復攻撃を行い始めた。
そして、B-25の防衛陣形が乱れ始める。
「……隊形が崩れ始めたか」
佐久間は部下たちの動きを確認しながら、自らも攻撃に加わった。
十一機となったB-25に対する零戦は十二機。
数の上では、日本側が優勢だった。
だが、簡単には決着しない。
零戦が接近するとB-25が撃ち、それを零戦が避けるという繰り返しだった。
そして零戦による上下左右からの攻撃が繰り返され、十一機のB-25が少しずつ前後へ分かれていく。
やがて、先頭側の五機と後方の六機に完全に分かれた。
最初はわずかな距離だったが、徐々にその差は広がっていった。
小隊長が佐久間に向かい、そして前方を指す。
五機のB-25が、防衛線を抜けようとしている。
その後ろでは六機が零戦と交戦していた。
佐久間は一瞬だけ前を見る。
追うか、追わないか。
一瞬の判断の遅れが命取りになる。
佐久間は後方の六機を見ると決断した。
「すまん、前の五機は……第二迎撃隊に任せる!」
部下がこちらを見る。
佐久間は機体を反転させる。
「俺たちは、こいつらを片付けるぞ!」
十二機の零戦が、一斉に後方へ向きを変えた。
六機のB-25に迫り、縦横無尽の動きで敵を翻弄していく。
五機のB-25は、零戦隊の戦場を抜け、日本本土へと飛び去っていく
ここまでお読みいただきありがとうございます! 少しでも『面白い、続きが気になる』と思っていただけましたら、下部の【ブックマーク】や【評価】(☆☆☆☆☆)で応援していただけると、執筆の凄すさまじい励みになります!




