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碧のA.I.D.A. ―2050年のステルス戦闘機、昭和16年へ―  作者: 明日葉 優太
フィリピン戦線編

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エピソード52 追撃

深夜のバターン半島。


密林を切り裂くように伸びる未舗装の道路を、四台の車列が西岸へと向かってひた走っていた。


ヘッドライトの光は極限まで落とされ、闇を這うように進む。


車列の中央に位置する二台目の後部座席で、ダグラス・マッカーサーの放つ覇気は少しも衰えてはいなかった。


彼は車窓から広がる底なしの暗闇を、鋭い眼光で睨みつけていた。


コレヒドール島を捨て、フィリピンを離れる。

オーストラリアへの撤退は、彼にとって耐え難い屈辱だった。


しかし、その顔に焦りや絶望はない。あるのは、鋼のような意志だけだ。


「現在位置はどこだ?」


コーンパイプを指に挟んだまま、低く落ち着いた声で問う。


「西岸に向けて予定の半分程進んでいます。このまま行けば、予定時刻には海岸線の脱出地点へ到達できます」


助手席の士官が振り返り、緊張した面持ちで報告した。

マッカーサーは小さく頷き、再び窓の外へ視線を戻した。


日本軍の完璧な包囲網は半島全体を締め上げているが、この夜の闇と手薄な後方ルートが彼らを隠している。追撃の気配はない。


(だが、これは終わりではない)


彼は心中で静かに反芻した。

フィリピンから離れることは、敗北を認めることではない。


軍の再編と反攻のための、戦略的な後退に過ぎない。

いずれ必ず戻る。

大軍を率いて、この地に。


車列はエンジンの低い唸りを響かせながら、海岸へと向かって進み続ける。


彼らは気づいていなかった。

その暗闇のずっと後方から、たった一人の「未来の自衛官」が猛烈な速度で迫っていることに。


「くっ……!」


道路から遠く離れた密林の中。


蓮は、足首まで沈み込む泥と、行く手を阻む鋭い枝葉を強引に掻き分けながら走っていた。


息は上がり、軍服はすでに汗と泥で重い。


先ほどの拠点から脱出部隊の車列を追っているが、人間が道なきジャングルを走って、道路を進む車に追いつけるはずがなかった。


「A.I.D.A.、距離は縮まっているか」


「いえ。対象の車列は時速約四十キロを維持。現在の直線的な追従ルートでは、海岸到達までに捕捉不可能です」


AIグラスに投影された地図上で、赤い光点(車列)が徐々に引き離されていく。


蓮は足を止めず、思考をフル回転させた。


車は道路しか走れない。

だが、自分はこの密林を直線的に進むことができる。


後ろから追いかけるだけでは間に合わないのなら。


「A.I.D.A.、このままでは逃げられる!先回りのコースを計算してくれ」


「了解。現在位置、地形、高低差、および車列の進行速度から、最適な迎撃地点を算出します」


視界の地図が切り替わり、一つのポイントが緑色に点滅した。


「対象の進路上に、峡路が存在します。片側が急斜面、反対側が密林となっており、車両の方向転換や回避が極めて困難な地形です。現在位置から最短ルートで斜面を登れば、車列より二分早く到達可能です」


「よし!そこへいく。案内頼むぞ!」


蓮は進行方向を鋭く変え、息もつかせぬ急斜面へと食らいついていった。


蓮は急斜面を駆け上がり、藪を強引に掻き分けながら、車列が到着するよりも早く迎撃地点へと辿り着いた。

呼吸を整えながら、隠れ場所を探す。


峡路を見下ろす、密林のわずかな隙間。

蓮は膝をつき、ビームガンの銃身を倒木に乗せて息を殺していた。


「車列接近。距離、約八百メートル」


A.I.D.A.の無機質な声が鼓膜を打つ。

静寂に包まれていた森の奥から、複数のエンジン音が微かな地鳴りとなって響き始めた。


「六百メートル」


木々の隙間から、ヘッドライトの淡い光が漏れ見える。


「四百メートル。視界に入ります」


蓮のAIグラスが、暗闇の中から現れた四台の車両のシルエットを鮮明に捉えた。


先頭車両。中央の二台。そして最後尾。

重要人物が乗っているのは中央のどちらかだろう。


だが、まだマッカーサー本人とは断定できない。

狙うべきは、一つだ。


「先頭車両のエンジンを狙う」


「蓮。最適な選択です。射線、確保。風速・湿度による減衰率、補正完了」


蓮はスコープの中心に、先頭車両のフロントグリルを捉え、ゆっくりと引き金に指をかけた。


後方車両も狭路に入り込んだ、その瞬間。

青白い閃光が、無音で夜の闇を貫いた。


直後、先頭車両の内部でエンジンが破損し、凄まじい金属音と共にボンネットが跳ね上がった。


急激に駆動を失った車体はコントロールを失い、斜面に車体をこすりつけながら激しく停止する。


キキィィィッ!


後続の三台も慌てて急ブレーキを踏み鳴らし、車間距離ギリギリで折り重なるように停車した。


「何だ!?」


「前がやられた! 待ち伏せだ!」


静かだった峡路が、一瞬にして怒号と混乱に包まれた。


各車両から、小銃を構えた護衛兵たちが次々と飛び出してくる。

彼らは見えない敵に銃口を向けながら、重要車両の周囲を固めた。


その時、中央の車両のドアが開き、周囲の制止を振り切るように一人の男が車外へ降り立った。



コーンパイプを咥えた、威風堂々たるその姿。


斜面の上からそれを見下ろしていた蓮の視界で、A.I.D.A.の解析プロセスが超高速で走る。


風貌、体格、軍服、階級章、周辺人物の配置。


「対象人物、ダグラス・マッカーサーと断定します」


「……マッカーサー」


蓮は低く呟き、銃のグリップを握り直した。

ついに、標的をその目に捉えた。


しかし、マッカーサー側も混乱しているだけではなかった。


先頭車両が完全に沈黙し、この狭い道では追い越すことも方向転換もできない。


マッカーサーは舌打ちをし、護衛に囲まれながらすぐ後ろ、最後尾の車両へと足早に移動を開始した。


バックでこの峡路を抜け、別のルートを探るつもりだ。


「対象人物、最後尾車両へ移動しています」


「逃がさない」


蓮は即座に銃口を振り、最後尾車両の駆動系へ狙いを定めた。


無音の閃光。


最後尾の車両が激しい衝撃と共に後部を沈み込ませた。


運転手がアクセルを踏み込むが、空しくエンジンが唸るだけで車体はピクリとも動かない。


前も、後ろも潰れた。

これで四台の車列は、完全に鉄の棺桶と化した。


移動手段を失ったマッカーサーは、即座に見切りをつけた。


「車は放棄する。歩いて海へ向かうぞ」


彼は優秀な護衛二名を伴い、暗闇に包まれた元来た道へと、徒歩で駆け出していった。


蓮がそれを追おうと身を乗り出した、その瞬間。


「そこだ!!」


斜面の中腹で動いた蓮の影を、残された十数名の護衛兵たちが見逃さなかった。


バン! バン! バン!


閃光と爆音が連続し、蓮が潜んでいた倒木が銃弾で粉々に散っていく。


「くっ!」


蓮は斜面を転がるように飛び降り、停車した車両の陰へと滑り込んだ。


頭上を嵐のような銃弾が飛び交い、車体の金属を激しく叩き潰す。敵の数が多い。

このままでは身動き一つ取れない。


「A.I.D.A.!プロテクションリングを起動しろ」


「了解しました」


蓮の左指で、リングが青白く脈動した。

最大稼働時間、百二十分。


その直後、蓮の身体を覆うように展開された不可視の防護領域に、側面から回り込んだ兵士の銃弾が直撃した。


パキィン! という硬質な音と共に、弾頭が空中でひしゃげて弾け飛ぶ。


「被弾を確認。防護エネルギーを消費しています」


A.I.D.A.の警告が響く。

撃たれれば撃たれるほど、リングの残存エネルギーが削り取られていく。


マッカーサーを捕らえるための命綱を、ここで使い切るわけにはいかない。


「A.I.D.A.!敵を排除する。最適行動の演算をしろ!」


蓮はリングのエネルギー消費を抑える為、A.I.D.A.の演算支援に意識を同調させた。


「右前方から二名、接近」


指示と同時、蓮は姿勢を低くして飛び出した。


敵の射線から僅かに軸をずらし、銃弾が頬の近くをすり抜けるのを感じながら距離を詰める。


青白い閃光を放つ。

一人目が倒れる。


二人目が銃口を向けるより早く、蓮はそのままの勢いで地面を滑り、下段から銃を突きつけた。


閃光。二人目が沈む。


「背後、三時方向!」


蓮は振り向きざまにビームガンを放つ。

三人目が昏倒。


しかし、敵も精鋭だ。


バン!


背後からの死角を突いた一発が、防護領域に激突する。


「被弾。防護エネルギー消費」


蓮は舌打ちをし、木々の幹と車両の陰を縫うように目まぐるしく移動した。


「右!」


蓮が身体を沈める。

頭上を銃弾が薙ぎ払う。


そのまま前転で立ち上がり、正面の敵を見据える。


「今です」


A.I.D.A.の完璧なタイミング。

蓮が飛び出し、リロード中の敵二人に連続で閃光を浴びせる。


戦場を縦横無尽に駆け抜ける蓮の動きは、完全に敵の予測を上回っていた。

だが、それでも完全な回避は不可能だった。


バン! バン!


「被弾を確認」


「くそっ……!」


徐々に削られていく残存時間。


敵は蓮を完全に包囲しようと、左右から扇状に展開し始めていた。


「これ以上は受けられない。A.I.D.A.、一番薄いところはどこだ!」


「左翼前方、敵二名。射線に一・五秒の空白が生じます」


蓮は迷わずそこへ突っ込んだ。


銃撃の網の目をすり抜け、驚愕に目を見開く二人の兵士の間合いへ飛び込む。


右の兵士の腹部に掌底を叩き込んで怯ませ、左の兵士に閃光を放つ。

すかさず右の兵士にも銃口を向け、引き金を絞った。


包囲の一角が完全に崩れた。


陣形をズタズタに引き裂かれた残存兵たちが、恐慌状態に陥りながらも最後の抵抗を試みる。


残った最後の一人が、絶叫と共にライフルを乱射してきた。


蓮はもはや回避行動をとらず、真正面から歩み寄った。


銃弾が防護領域に衝突し、激しい火花を散らす。


「被弾を確認」


蓮は構わず距離を詰め、青白い閃光を放った。



最後の兵士が、崩れ落ちるように地面に倒れ伏した。

直後、すべての銃声が止んだ。


先ほどまでの怒号も、金属が弾ける音も消え、峡路には白煙の立ち上る匂いと、エンジンが冷えていく微かな音だけが残された。


地面には十数名の護衛兵が倒れ、四台の車両が沈黙している。


その中心で、蓮は静かに立ち尽くしていた。


「車両付近の敵戦力、制圧完了」


A.I.D.A.の報告に、蓮はゆっくりと左手を見た。

視界の隅に、冷酷な数字が表示されている。


『プロテクションリング、残存稼働時間――九十三分』


百二十分から、九十三分。


このわずかな戦闘で、二十七分相当の防護エネルギーを消費させられた。


蓮は小さく息を吐き、その数字から視線を外した。


まだ、終わっていない。


車両はすべて止めた。邪魔な護衛も片付けた。

だが、一番肝心な男がここにいない。


「A.I.D.A.」


「対象人物は、護衛二名を伴って徒歩で移動しています。現在、ここから北へ約六百メートル」


蓮は暗闇の奥、ひっそりと続く林道の先を見据えた。


あの闇の向こうで、屈辱に塗れながらも逃げ続ける歴史の巨人がいる。


蓮はビームガンのグリップを強く握り直した。


ここから先は、部隊との戦闘ではない。マッカーサー本人を追い詰めるための、真の戦いが始まる。


蓮は、暗闇の奥へ視線を向けた。

その先に逃げた男を、今度こそ追い詰めるために。

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