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碧のA.I.D.A. ―2050年のステルス戦闘機、昭和16年へ―  作者: 明日葉 優太
新たなる翼編

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エピソード47 南方への扉

霞ヶ浦の格納庫の片隅、夕陽がコンクリートの床を長く引き延ばす頃。


二機目の蓮華を造るため、響子に設計図を見せながら製造方法を教えていた蓮に事務員の女性が訪ねて来た。


「奥野さん、秩父の神崎さんという方から、お電話入っています。事務所まで来てもらえますか?」


「ありがとうございます。わかりました」


と蓮は答え、響子にここを復習しておいてと伝え、事務所に移動する。


そして電話をとると、懐かしい神崎の声であった。


「蒼君、久しぶりだな。元気でやってるか?」


「はい、おかげさまで元気にこき使われています」


久しぶりの神崎との会話に、蓮は少し父親と話すような話し方になっていた。


「そうか。元気なら何よりだ……」


「神崎さん、電話頂けたことは嬉しいのですが、突然なので何かありましたか?」


「……蒼君、実は相談したいことがあって忙しいかと思ったが電話をさせて貰った」


神崎の声に少しの緊張を感じた。


「何かありましたか?神崎さん。相談とは?……」


蓮は少し緊張気味に返事をした。


「実はな、ハルと久子くんの事なんだ。彼女達が今後、分教場の先生では居られなくなりそうなんだ」


その話を聞くや否や、蓮は驚きながら返事をする。


「えっ!?何故ですか?子供達への教え方が悪いと憲兵隊から怒られたりしたんですか?」


「いや、そうではない。憲兵隊とは関係ない。実は女子勤労動員に選ばれたんだ。それで二人とも東京の工場で来月から働くことになった」


その話を静かに聞いていたA.I.D.A.は、蓮に補足を入れる。


「女子勤労動員とは、戦時下の国家総動員体制のもとで行われた労働動員です。時期によって制度や対象は変化しますが、戦争が長期化するにつれて、女性も工場などへ動員されるようになりました」


それを聞いた蓮は、改めてこの時代の理不尽さを感じとり、神崎に返事をする。


「なるほど。ハルさんと久子さんをどうにかすれば良いと、そういう話の理解で合っていますか?」


「あぁ、そうなる。あの二人を見ず知らずの場所に働かせに行くのは忍びない。蒼君、頼ってばかりで申し訳ないが、彼女達を助けてやって欲しい」


電話口の向こうで、神崎が歯噛みする気配がする。彼女たちが理不尽な戦争の歯車に巻き込まれていくのを黙って見ているわけにはいかないのだろう。


受話器の横で、A.I.D.A.のホログラムが静かに明滅し、淡々とした声で割り込んできた。


「蓮。ちょうどいいタイミングです。オプティカル・アイダのバッテリー蓄電量が十五パーセントを下回りました。ビームガンのエネルギー残量も少なく、一度『蒼莱』のジェネレーターに接続して充電を行う必要があります。この機会に一度、秩父に戻りましょう」


その話に納得した蓮は、


「……わかりました、神崎さん。ちょうどこちらでの仕事もひと段落しましたので、一度、秩父に戻ります。明日にでも向かいますから、詳しい話をその時に聞かせてください」


「本当か……! すまない、待っているぞ」



そして、翌朝。


蓮は、響子や戸田に機体の製造を進めるようお願いをした後、秩父に向かうため、バスに乗り込む。

そして、夕方が迫る頃、見慣れた駐在所の扉を叩く。


奥の居住スペースから神崎が出迎えてくれた。


「蒼君、お帰り。久しぶりだな。少し顔が痩せたんじゃないか」


「神崎さん、ただいま帰りました。神崎さんこそお元気でなによりです」


挨拶を済ませると、神崎は蓮を奥に案内する。

そして居間に移動すると、分教場の授業が終わったハルと久子、そしてトメさんが神妙な顔で座っていた。


「蒼君、久しぶりだね。元気にしてたかい?」

トメの温かい言葉


「蒼さん、お帰りなさい!なかなか帰って来てくれなくて、寂しいじゃないですか!後でお土産話、いろいろ聞かせて下さいね」

ハルの元気いっぱいの言葉


「奥野さん、お帰りなさい。お元気そうでなによりです。分教場の子供達が凄く寂しがっていましたよ。私も少し寂しかったです」

久子の可憐で愛らしい言葉


それぞれ皆んなが、蓮が戻って来たことを歓迎している。

そして駐在所の狭い卓を囲み、神崎からさらに詳しい実態を聞かされた蓮は、静かにうなずく。


「わかりました。ハルさんと久子さんの件、私に任せて貰えますか?もしかしたらなんとかなるかもしれません」


「本当か……?もし本当なら是非とも頼む」


「はい、一度、知り合いに相談してみます」


そういうと、蓮は駐在所にある電話に向かう。

そして受話器に手を伸ばしダイヤルを回した。


連絡した先は――田村中佐だった。


「――もしもし、奥野ですが」


「奥野さん。ご無沙汰しております。蓮華の量産については順調に準備していますよ。でもこの件ではないですよね。どうしました?」


「田村さんに折り入ってご相談したいことがありまして」


「珍しい。奥野さんが相談なんて初めてじゃないですか」


「いえいえ、そんなことは。実は身内の者が、女子勤労動員に選ばれたのですが、何処とも知らない場所になりそうなのです。なので、田村さんのお力で私のいる霞ヶ浦の近くへ配置を替えてもらえないかと思いご連絡させて頂きました」


すると田村は、クスッと笑いながら答えた。


「やっと奥野さんの人間らしさを見た気がします。蓮華の製造や艦隊の創設提案などを拝見していると、どこか奥野さんのことを別世界の住人のように感じていたのですが、身内を心配する姿を見られてよかったです。あ、安心して下さい。私の方で調整しておきますよ」


そして、その後も田村といくつかの打ち合わせを重ね、電話を切った。



そして、わずか数時間後。

駐在所の電話が再びけたたましく鳴り響いた。


受話器の向こうから、配置転換の手配が整ったという田村からの報告を受けると、蓮は居間に残っていた神崎やハル、久子に告げた。


「ハルさん、久子さん。なんとか配属先を変えることが出来たよ。新しい配属先は、霞ヶ浦の第一海軍航空廠。私がいる場所だよ」


その言葉の意味を理解した瞬間、ハルはパッと表情を輝かせ、隣にいた久子はほっと胸を撫で下ろして穏やかな笑みを浮かべた。


「え……私たち、霞ヶ浦に?」


ハルが弾むような声で聞き返すと、蓮はゆっくりとうなずいた。


「ああ。これでもう、神崎さん達が心配するような誰も知らない場所へ行く必要はなくなった。一週間後から、私が拠点にしている場所の近くで、それぞれ仕事が割り振られることになるよ」


「本当ですか……っ! 離ればなれにならないどころか、蒼さんと同じ場所で働けるなんて……!」


ハルはその場で思わず両手を合わせ、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。


久子もまた、胸のつかえがすっきりと下りたような、心からの安堵に満ちた表情で深々と頭を下げる。


久子は潤んだ瞳をまっすぐに向け、柔らかな笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、奥野さん……。見知らぬ土地へ行く恐怖でずっと不安でしたが、奥野さんのそばでまたこうして過ごせるなんて、これほど心強いことはないです」


「そう言ってもらえると助かります。でも、それぞれの場所で必要とされる適性があったから、手続きがうまくまとまったんですよ。なので私はほんの少し手助けしただけです」


蓮が少し照れくさそうに笑うと、ハルは胸を張って元気にうなずいた。


「私、どんな仕事だって頑張ります! 蒼さんが近くにいてくれるだけで、もう怖いものなんて何もないです!」


「それじゃあ、霞ヶ浦への移動は一週間後だ。手続きはすべて済んでいるから、それまでに支度をしておいて貰えますか。私は仕事があるから、今日には先に霞ヶ浦に戻りますね。また向こうで会いましょう!」


「はいっ! 分かりました、向こうで会えるのを楽しみにしてます!」


ハルと久子の顔には、不安の影が無くなり、安心感と、これからの日々への明るい期待に満ちた笑顔が広がっていた。


二人にそう言い残し、神崎達にしばしのお別れを言うと蓮は駐在所をあとにして、『蒼莱』の待つ場所へと急いだ。



機体に乗り込むと、計器類のランプだけが薄暗く光っている。


「よく戻りました、蓮。それでは、メインジェネレーター直結による急速充電を開始します」


A.I.D.A.の指示に従い、各デバイスの充電を行っていく。ジジジ、と微かな通電音が響き、オプティカル・アイダの光量が本来の鮮やかな青へと戻っていく。


「蓮。戻って来て正解ですね。流石に充電がギリギリでした」


「提案くれて助かったよ、A.I.D.A.。AIグラス動かなかったら、オレ、機体作りなんか何も出来ないぞ」


そういうと、蓮は久しぶりの蒼莱に深く腰掛ける。


「それと蓮、もう一つ提案があります」


「ん?」


「この『蒼莱』の機体ですが、今後の所在地や様々なリスクを考慮すると、いつまでもこの場所に留めておくのは得策ではありません。今夜の闇に乗じて、霞ヶ浦近辺の新しい隠し場所へ移送しましょう」


「……確かにそうだな。見つかってからでは遅い」


夜中、周囲の気配を完全に断ち切った状態で、『蒼莱』のエンジンを久しぶりに点火した。そして夜空の闇に同化するように、機体はふわりと浮き上がり、飛んでいく。

そして霞ヶ浦の湖面をかすめるようにして新たな秘匿場所へと滑り込んだ。



一週間後。

霞ヶ浦の第一海軍航空廠の一角に、ハルと久子の姿があった。

ハルは持ち前の明るさと機転を買われ、本部と各セクションを繋ぐ連絡役へ。

久子は、廠内で働く技術者や職員の子どもたちのために新設された分教場の教師役へと、それぞれ見事に収まっていた。


「わあ……すごい、広いところですね!」


ハルが周囲を見渡し目を輝かせていると、ちょうど通りかかった蓮の姿を見つけて駆け寄ってきた。


「蒼さん! 私、今日からここで頑張ります!」


「ああ、無理はしないようにね」


二人が親しげに言葉を交わしている少し離れた場所で、腕を組んだままその光景をじっと見つめている人物がいた。

響子だ。彼女は不満そうに頬を膨らませ、ツンと顔を背ける。


「……なんか、あの子たちとばかり楽しそうにして。私だって、こっちは連日二機目の調整で手一杯なのに……っ。まったく、どいつもこいつも気楽なもんだわ」


毒づきながらも、その目はどこか笑っており、ハルたちの存在がこの殺伐とした軍の施設に確かな温もりをもたらしていることを、誰よりも分かっていた。



それから数日が過ぎ、三月末を迎えた。

工房の内部は熱気を帯びていた。


戸田の野太い怒声と、技術者たちの怒号のような議論が飛び交う中、蓮の直接指導のもと、「蓮華」の二機目を自力で組み上げる作業が急ピッチで進められていた。


一機目の構造を骨の髄まで叩き込まれた職人たちは、もはや迷うことなく、驚異的なスピードでパーツを組み合わせていく。


機体のフレームがみるみるうちにその優美かつ鋭利な姿を形作っていくのを見据えながら、季節は巡り――3月末を迎えた。


二機目の「蓮華」がまさにロールアウトを迎えようかというその日。


事務所の隅に置かれた黒電話の呼び出し音が、金属的な響きでけたたましく鳴り渡った。作業の手を止めた戸田がやれやれと頭を掻き、電話を取り要件を聞くと、工房のほうへ歩き出しながら声を張り上げる。


「おい奥野、お前に電話だ! 海軍軍令部からだとさ」


戸田に促されるまま、蓮は工具を置き、隣接する事務室へと足を踏み入れた。受話器を取って耳に当てる。


「――奥野ですが」


「奥野さん。久しぶりです。二機目の製造は順調に進んでいるようですね」


受話器の向こうから聞こえてきたのは、お馴染みの田村中佐の声音だった。


「田村中佐……。軍令部からわざわざ事務所まで連絡とは、何か新しい問題でも出ましたか?」


「そんなんだ。実は津村から連絡があった」


「津村さんから……連絡?で何と?」


「現地の戦局が切迫しているので、「二機目の『蓮華』を完成させ次第、機体と共にフィリピンへ急派されたし」ということらしい」


それを聞いた蓮に緊張が走る。

津村からわざわざ連絡が来るということは、それだけ現地の戦局が逼迫しているということだ。


「蓮。津村は我々が護衛しないといけない最重要人物です。彼からの要請は無視出来ませんので、早速検討に入りましょう」


「分かってる、A.I.D.A.。彼には恩義もあるし約束もしてる。行くしかないな、フィリピンへ」



「……わかりました。二機目の『蓮華』を仕上げたら、すぐに向かいますと津村さんへ伝えておいてください」


「分かった。手配はこちらで進めておく。……頼んだぞ、奥野さん」


ガチャリ、と無造作に回線が切れる。そして、蓮は静かに息をついた。


事務所の窓越しに外のほうを覗くと、綺麗な夕焼けが覗いていた。南方の空へと繋がる扉が、開かれた瞬間だった。

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