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碧のA.I.D.A. ―2050年のステルス戦闘機、昭和16年へ―  作者: 明日葉 優太
新たなる翼編

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エピソード46 蓮華、初飛行

霞ヶ浦の波静かな水面。

水上に浮かぶ「蓮華」の周囲には、戸田をはじめとする熟練の職人や技術者たちが総出で群がり、異様な熱気の中で実験飛行の準備が慌ただしく進められていた。


主翼の翼端や尾翼、そして胴体の要所には、飛行中の微細な歪みや負荷データを克明に記録するための自記式の記録装置や、応力測定用のひずみゲージが職人たちの手によって念入りに取り付けられ、テープでしっかりと固定されていく。


常識外れの推力を秘めた未知の機体を前に、戸田が野太い声を張り上げた。


「どこまでの性能を発揮するのか、まだ底が知れねえ化け物だ。些細な間違いも見落とすな、一瞬たりとも逃さず全ての記録を取れるようにしろ!」


その声に現場全体の緊張感が引き締まる中、慌ただしく計器の結線作業が進む岸壁。


そんな中、蓮が設計し製作依頼していた新しい装備を身にまとい、颯爽と姿を現す。


手には頑丈な航空ヘルメットを持っている。

ヘルメットには陽光を防ぐ防眩バイザー、そして高高度の希薄な空気でも呼吸を維持するための酸素マスクがしっかりと装着されている。


身体を包む航空服は、身体に沿った無駄のないシルエットで、各部には高機動飛行に対応した機能的な構造が施されている。


また、高高度の希薄な空気環境に対応する耐圧・与圧機能も組み込まれており、ヘルメットや酸素マスク、生命維持系と連携するその装備は、当時の航空服とは明らかに異なる、洗練された機能美を漂わせていた。


分かりやすく言えば、要はトップガンの格好そのものだった。


作業をしていた戸田や技術者たちは手を止め、蓮を見る。


「なんだ、あの甲冑みたいなのは?」


「たぶん、飛行帽の代わりじゃないか? だけど、物凄い硬そうな材質だぞ」


「後、あの飛行服、あれじゃあ寒いんじゃないか?」


「体から足まで巻きつけている帯は邪魔になるんじゃないか」


様々な感想とどよめきがありながら、

全員、興味津々の視線を注ぐ。


そして響子が目を輝かせながら駆け寄った。


「何その格好……! すごいかっこいいし、一体どんな機能があるの?」


蓮はヘルメットを見せながら落ち着いた声で答える。


「この航空ヘルメットには頭部保護だけでなく、機内無線通信や乗員間の通話機能がある。それに今回、高高度を予定しているから、この服には与圧機能があるんだ」


その言葉を聞いた響子は、これまでの日本軍機が性能追求を優先するあまり、搭乗員の安全や生還について十分に考えられていなかったことを改めて思い知らされた。


胸を突かれる思いで、響子は拳を握りしめる。


「今は実験が優先だから、詳しい話は後で教えてよね!」


蓮が軽快に笑い、うなづく。



「蓮華」のコックピットへと乗り込む蓮。


慣れた手つきで航空ヘルメットを深く被り、ガチャンと重い音を立ててサンバイザーを下ろすと、周囲の喧騒や風の音がスッと遠ざかり、未知の領域へ挑むための緊迫した試験モードへと切り替わった。


重厚なキャノピーが閉じる直前、戸田がステップに足を掛け、力強く語りかける。


「これまで色んな技術者が来ては大言だけ言って結果を出せずに帰っていった。だがお前は今回、俺たちが度肝を抜くエンジンと機体を作りやがった。しっかり結果を出して、上の偉い連中の度肝を抜いてやろうぜ」


「戸田さん、当たり前ですよ。最高の結果、持って帰ってきますよ」


微塵の迷いもない熱のこもった返事にうなずき、戸田がキャノピーをゆっくりと押し下げる。


ガチャンと確かな金属音が響いて完全に密閉された。今回は飛行試験のため、搭乗しているのは蓮一人のみだ。


エンジン点火ボタンを押す。

機体内部から地響きのような圧倒的な爆音とともに、未体験の駆動音が霞ヶ浦の水面に鋭く鳴り響く。


轟音の中で計器類の最終確認を終えた蓮が、ふと操縦桿に手をかけながら話しかけた。


「A.I.D.A.、今気づいたけど、俺、自分で操縦するの久しぶりだな」


「蓮、まさか腕は鈍ってませんよね? この機体はこの時代では高性能ですが、『蒼莱』のような自動操縦モードはありませんよ」


A.I.D.A.が淡々と釘を刺す。


「任せとけって。俺、操縦が好きでパイロットになったんだぞ」


「まあ、蓮は航空機の操縦だけは、ずば抜けて能力が高いですからね」


「『だけ』ってなんだよ。さぁ、行くぞ」


テンポの良いやり取りのあと、蓮が操縦桿をきっちりと握り直し、霞ヶ浦の広大な水面を正面に見据えながらスロットルをゆっくりと押し込んでいく。



「蓮華」が快音を響かせながら水面を疾走し始め、激しい水飛沫を切り裂きながらみるみる加速していく。


そして重力を感じさせないほど軽やかに、何事もなかったようにフワッと水面から飛び立ち、そのまま綺麗な上昇軌道を描いて上空へ駆け上がっていった。


「よし、少し緊張したけど、無事離陸できたな」


「はい、非常にスムーズな離陸でした、蓮」


「今のところ、素直で操縦しやすい機体だな。これなら、この時代のパイロット達も苦労なく操縦出来そうだ」


「蓮、ではまずフロートの試験から開始しましょう。」


A.I.D.A.からの合図を受け、蓮がスイッチを入れると、巨体を支えるフロートが持ち上がり、可動式の頑丈な支柱が機体側へとスムーズに折り畳まれていく。


そして流線型のフェアリングが支柱の付け根を隙間なく覆うように閉じ、機体下面は完全に滑らかな空力フォルムへと変更した。


「格納完了。ロック確認。引き込み機構、異常なし。問題なさそうだ」


通常の水上機が飛行中も抱え続ける巨大な空気抵抗の壁を完全収納の形で克服する。

その設計通りの滑らかな可動機構に蓮もうなずく。


「蓮、それでは次の実験です。実用上昇高度を確認しますので、高度を上げて下さい」


「お、なんか楽しそうな実験だな」


蓮がスロットルを一気に奥まで押し込み、急上昇へと移った。


「蓮、急上昇の計測ではありませんよ」


「何言ってるんだ。A.I.D.A.。この時代は格闘戦が主だからこんな機動は当然の実験だろ」


「楽しいのは分かりますが、あくまで性能を把握する試験です。目的を見失ってないですか?」


A.I.D.A.の冷静な声を受け流し、凄まじい推力でぐんぐんと高度を稼ぐ。


高度5000メートルを超えると、無線にて響子が実況してくれた。


「 一式戦「隼」の実用作戦高度を超えたわよ。調子はどう?」


「全く問題ない。まだまだ上がるぞ」


高度6000メートルを軽々超えていく。


「零式艦上戦闘機二一型を超えたわよ。まだいけるわよね?」


そして、高度7000メートルをも超えていく。


「二式単座戦闘機 鍾馗も超えたわよ。この機種は高度に強い機体なのよ。本当に凄い!」


「響子さん、これからが蓮華の本番だよ。楽しみにしていて」


そして、

高度計の針が12000メートルを指した頃。


「この辺りを超えると操作性が少し鈍くなる感じがする」


「なるほど、確かに出力が少し弱ってきています。

蓮華の実用作戦高度は12000メートルと判断出来ますね。想定より500メートル程低いですが、許容範囲内です」


「もう少し登ってみるぞ」


そして13000メートルに達した頃、明らかに推力が弱りはじめていた。速度も低下している。


「この辺りが実用に耐えれる高度かな。これ以上は行けなくはないが、ほとんどコントロールが効かなくなりそうだ」


「分かりました、蓮。実験結果は、実用作戦高度12000メートル、実用上昇限度が13000メートルと記録いたします」


そしてその結果を無線通信で報告する。

すると、響子、戸田共に

「何、その規格外の高度は?あり得ないんだけど!」


「嘘だろ奥野、そんな高度で作戦できたら無敵だぞ」


と、口々に叫んでいる。



12000メートルの高高度を安定して維持した後、いよいよ本日最大のメインイベントである最高速度の測定へと移行する。


「蓮、貴方が一番好きなイベントが来ましたよ」


「A.I.D.A.、分かってるな。流石は相棒。さぁ機体性能がどんな感じか、楽しんでやろうか」


蓮がスロットルを一気に全開の位置まで叩き込むと、身体の芯に重く食い込むような凄まじいGがのしかかった。その強烈な負荷を懐かしみながら笑みを浮かべ、速度計へと視線を固定する。


巡航速度の450km/hから少しずつ上がるが、500km/hを超えたあたりから伸びなくなった。


「流石にレシプロ機でこれ以上は難しいか」


「この時代だと、そもそもこの高度に達する機体はありませんよ」


次に高度10000メートルに下りて実験をする。


「かなり早くなってるな、この高度だと」


「高度10000メートルで、600km/hですか。想定より遅いですね」


「この時代の他の機種はどんなレベルなんだ?」


「日本軍の代表的な高速戦闘機では、二式単座戦闘機 鍾馗 一型が、高度5000メートルで約580 km/hとなります」


「んんっ?……アメリカは?」


「アメリカは、P-38E Lightningが、高度7000メートルで、約635km/hとなります」


「いや、A.I.D.A.さん。どう考えても、必要十分でしょ……」


「蓮。想定との乖離が課題を生み、改善できるのですよ!反省は次の改善への種となります」


A.I.D.A.は怒った口調で蓮を指導する。


「分かったよ。ごめん。じゃあ次は8000メートルで良いよな?」


「はい、8000メートルは性能的に最大速力が出せるはずです」


そして、高度を下げた蓮は、スロットルを最大に倒した。


すると、速度計が、550km/hへと凄まじい勢いで跳ね上がっていく。

(蓮華、お前ならまだいける。頑張れ)


速度計が600km/hを突破し、さらに上昇を続けると、機体全体とエンジンが限界を迎えたかのように悲鳴を上げ始めた。648、649、そしてついに『650』の目盛りをヒットする。


「A.I.D.A.、やったぞ! 650km/hだ!」


「想定最高速度に到達しました。ここまでとしましょう」


蓮は早速実験結果を無線で響子達に伝える。


「うそっ……だって蓮華は哨戒機よ。戦闘機より速い哨戒機ってなんなの……」


その後ろにいる戸田たちは、余りにも速い哨戒機が出来たことに、どんちゃん騒ぎとなっている。



そんな興奮が冷めやらぬコックピットの中、蓮は機体を安定させて旋回させ、基地のある霞ヶ浦へと機体を向けて帰投の途につく。


着水の手順に従ってスイッチを入れると、フェアリングが開き、頑丈な支柱が伸びてフロートが確実にロックされた。


水煙を上げて元いた試験水面へと何事もなかったかのように滑らかに着水し、機体を完全に静止させてエンジンを落とす。


水面を滑走して停止した「蓮華」の元へ、待ちきれない様子の響子や戸田、そして大勢の技術者たちが一斉に岸壁から駆け寄ってきた。


息を弾ませた戸田が開口一番、褒め称えた。


「奥野、やりやがったな!なんちゅう機体を作ったんだ。お前は。こんな機体を一緒に作れるなんて夢の中にいるようだぞ」


先ほどを優に超える圧倒的な地響きのような感嘆の声が技術者達からも上がり、試験場はお祭り騒ぎの熱気に包まれた。


「明日には永野閣下と田中中佐が直接視察にいらっしゃる。これはたまらんぞ」


「今日のこの大成功を祝って、今夜は盛大に宴会だ!」


一同は大いに気炎を上げ、夕暮れの試験場に賑やかな笑い声が響き渡った。



そして翌日。

昨日のテストと全く同じ圧倒的な飛行試験を目の当たりにした海軍の永野と田中。


昨日の響子や戸田たちと同様に、驚愕のあまり言葉を失い、大きく目を見開いたままその場に釘付けとなる。


一方で、すでに前日のテストでその衝撃を体験済みの響子、戸田らは、落ち着いた面持ちで余裕の表情を浮かべていた。


試験飛行から戻ってきた蓮に対し、永野が感謝を述べる。


「奥野君、よくぞやってくれた。零式水上偵察機とは一線を画す、新型の水上偵察機を作るって言っていたので、どんな機体なのか楽しみにしていたが、想像を絶する機体だな。速度が零戦二一型より速い哨戒機とは、いやはや驚きすぎて疲れたわ」


と豪快に笑っている。


そして、田中中佐も蓮や協力した戸田たちを褒め称えたが、少し考える顔をした後、蓮に歩み寄る。


「ここまでの機体とは……予想を遥かに超えた、とてつもない代物です。奥野さん、本当にありがとうございます」


「これで前回話していた構想が実現出来ますね。それにこの新しい『蓮華』なら、艦隊防衛にも使える」


と深く感銘を受けた様子で頭を下げた。しかしその直後、田中はふと鋭い疑問を投げかける。


「ですが一点だけ。これほど革新的な機体でありながら、なぜ武装自体はこれまでのものと特に変わっていないのでしょうか?見たところ、胴体前部の左右に20mmを二門配置、後は、胴体下面に九五式爆雷を二発分搭載する形かと思いますが……」


田中の鋭い追及に対し、A.I.D.A.からレンズ越しで冷徹かつ明快な指示が蓮の耳に飛んだ。


「蓮。我々は、殺傷兵器の供与は規定上できません。何故ならご存知の通り、二〇五〇年の日本は、殺傷兵器の供与はできず、非殺傷兵器のみ供与可能です。ですので、田中には武装の開発は得意ではないのです、と話を濁すことを推奨します」


A.I.D.A.の言葉を聞いた蓮は、苦笑いを交えながら田中に向き直る。


「……田中さん、私はあいにく武装の設計や開発のほうは専門外といいますか、そこまで得意ではないんです。ですので、武装については流用させて頂きました。ご期待に添えず申し訳ないです」


当たり障りのない言い訳で巧みにその場をやり過ごし、無事に視察を乗り切った。

そして、海軍が本格的に量産体制に入る約束を結んだ。


その後約束通り、たったの五日間という常識外れのスピードで残りの「間者一型改」の11基、すべてを作り終えた蓮は、無事に海軍への引き渡し手続きを完了させる。


その引き渡しが滞りなく終わったまさにそのタイミングで、不意に神崎から蓮へと一本の電話がかかってくるのだった。

蓮華の性能一覧表となります。


正式名称 蓮式一型(れんしきいちがた)

愛称 蓮華(れんげ/RENGE)

機体種別 高速長距離水上偵察・対潜哨戒機

乗員 2名

エンジン 2,500馬力級レシプロエンジン

エンジン形式 双発

巡航速度 450km/h

12,000mでの速度 500km/h強

10,000mでの速度 600km/h

最高速度 650km/h

最高速度試験高度 8,000m

航続距離 3,500km

実用作戦高度 12,000m

実用上昇限度 13,000m

最高到達高度 13,500m

フロート 双フロート式

フロート機構 完全引き込み式

フロート支柱 可動フェアリング支柱

機体防弾性能 あり

自封式燃料タンク あり

防弾ガラス あり

航空捜索レーダー あり

レーダー最大探知距離 120km級

MAD 搭載

暗視装置 搭載

長距離通信機 搭載

航法装置 高精度航法装置

固定武装 九九式一号二型20mm機銃 ×2

配置 胴体前部左右

対潜兵装 九五式爆雷 ×2

爆雷搭載位置 胴体下面・中央爆雷架

爆撃兵装 60kg爆弾 ×2程度(必要時)

主任務 長距離偵察・対潜哨戒・船団護衛・索敵

夜間偵察 可能

夜間索敵 レーダー+暗視装置+MAD

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