エピソード45 蓮華、誕生
機体の組み立てと航空電子機器の最終統合が佳境を迎えていたある日、静寂を破るように開発室の重いドアが勢いよく開き、戸田が冷や汗を拭いながら飛び込んできた。
「おい、奥野! 大変だ、地上負荷試験を続けていたあの二基目のエンジンから、突然異音がして回転数が落ち始めたぞ!」
予期せぬトラブルが発生したと戸田が駆け込んで来た。
蓮は「準備をして直ぐに行きます」と言うと、戸田は走って実験場に戻っていった。
「おい、どうなってんだA.I.D.A.! 一から作り直しになったら期限には間に合わないぞ!」
と視界の隅のAIに詰め寄る。
それに対し、A.I.D.A.は冷静な口調で返す。
「私が設計・構築したエンジンが、そう簡単に物理的破損を起こすはずがありません。センサー数値にノイズが混入しているか、外部からの干渉の可能性があります。まずは現地で状態を確認しましょう」
慌ただしく実験場へと急行する蓮。試運転中の漆黒のエンジンは確かに異音を発していた。
そしてエンジンを停止させると、
「蓮、画像及び音響解析を行いますので近づいてください」
「分かった。何か異常がありそうか」
A.I.D.A.は、画像解析と音響解析そして振動解析を行う。
暫くすると、勝ち誇ったように蓮に告げる。
「――原因が判明しました。エンジンの一箇所、絶対に塞いではいけない気化・排圧の隙間部分に……何者かによって金属が溶接され、塞がれている箇所があります。それが原因で熱がこもり、異音と回転数の低下を引き起こしていました。」
予期せぬ人為トラブルを知った蓮が、すぐ傍で息を呑んで見守っていた戸田に向かって言う。
「親父さん、エンジンの構造に誰かが勝手を……塞いではいけない場所に、余計な溶接が施されています」
その言葉を聞いた戸田の顔が険しくなり、血相を変えて周囲に集まっていた職人や技術者たちを見据えた。
「おい、誰だ! この化け物エンジンを、勝手にいじりやがったやつは!」
戸田の怒号が響く中、一人の若い技術者が青ざめながら恐る恐る手を挙げる。
「……俺です。今まで、他のエンジンだとここを塞げばもっと良くなっていたので……すみません」
「なんで勝手にいじった!」
戸田の凄まじいゲンコツが若い技術者の頭に炸裂する。
「奥野!すまん、うちの部下が勝手にイジって壊しやがった。至急、俺の責任で完璧に直すから許してくれ!」
と頭を下げる戸田。
「蓮。このレベルであればそれほど時間がかからずに直すことができますよ」
とA.I.D.A.が分析結果を伝えると、蓮は、落ち着いた口調で戸田に伝える。
「親父さん、大丈夫です。こちらで直しますから、まずは一度、研究室に運んでください」
さらに若い技術者の方を向き、優しく声を掛けた。
「より良くしようと改善を考えてくれた気持ちは本当にありがたいです。ですが、皆さんも初めてのエンジンの形状だと思うので、今までと異なる点が沢山あります。なので次からは必ず事前に相談して下さいね」
その予想外の器の大きさと温かい言葉に、若い技術者は胸を打たれ、戸田のゲンコツと相まって、目を潤ませながら深く頭を下げて蓮にお礼を述べるのだった。
一連の騒動と蓮の対応をそばで見ていた響子は、その懐の深さに深く感心する。
同時に、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚え、
(あれ……? なんか、私……変にドキドキする……?なにこれ?)
響子は不思議な現象を理解出来ずにいた。
翌日、研究室での修復作業により、元通りに直されたエンジンは再び実験場で何事もなかったかのように快調な爆音を響かせている。
そのスムーズな稼働を見て蓮が胸をなで下ろす。
「ふぅ……これで一安心だな」
そんな蓮の心境を無視しながら、視界の隅でA.I.D.A.が平然と言い放つ。
「蓮、今後もう一機作る必要があったんですから、良い予行練習になってよかったと考えるべきです」
「え? ちょっと待て。なんでもう一機必要なんだよ?」
と聞き返す蓮に、A.I.D.A.は
「飛行試験には予備も含めて最低2機は必要です。また、今後ここにいる技術者たち自身に量産・整備をさせたいなら、見本となるサンプルを1機ここに常駐させておく必要があります」
その気の遠くなる追加作業の現実を聞かされた蓮は、ガクリと力なくその場に突っ伏してしまうのだった。
トラブルが一件落着し、緊張が解けたその日の夜。
戸田が研究室を訪れ、蓮の肩を叩いた。
「おい奥野、今回の件のお詫びも込めて、今夜は宿舎の食堂で若い連中も含めたささやかな飲み会を開くから,お前も絶対に参加しろよ」
「わかりました、顔を出しますよ」
と快く了解する。
そして夕方、
作業のキリが良いところで蓮が食堂へ向かうと、中ではすでに技術者や職人たちの威勢のいい酒盛りが始まっていた。
蓮の姿を見つけた戸田が、大きな声で一同に告げた。
「おおい、今回の主役が来たぞ!」
「お、ちょうど響子の隣が空いてるから,そこに座れ!」
蓮が席に着くと、戸田は
「あんな凄いエンジンを作ってくれた奥野に乾杯だ!」
とジョッキを掲げ、周囲の技術者たちも「乾杯!」と大きな声を合わせて続く。
蓮も少し照れながら
「ありがとうございます」とグラスを傾け、和やかな雰囲気の中で楽しい宴がスタートする。
酒が進むにつれ、これまであまり深く話す機会のなかった他の技術者たちも次々と蓮の周りに集まってきた。
「お前、あんな化け物みたいなエンジンを設計するなんて凄すぎるぞ!」
「あんな凄いエンジンを一緒に開発できて本当に光栄だ!」
次々に寄せられる感謝や称賛の言葉に、照れ隠しに苦笑いを浮かべつつも、蓮は昭和の時代にタイムスリップして以来、これほど純粋に楽しく温かい時間を過ごせたのは初めてだと実感し、周囲の喧騒に紛れさせて小さな声でA.I.D.A.に呟く。
「――なんだか、悪い気はしないな。A.I.D.A.」
その呟きを聞き取り、視界の隅でホログラムの輪郭をわずかに和らげながら、A.I.D.A.が珍しく情感を込めたトーンで応じる。
「――すでにあなたには、この時代に確かな居場所ができています。そのことが、私にとっても嬉しい。だからこそ私たちでこの時代を、この人たちをしっかり守りましょうね、蓮」
AIでありながら確かな絆を覗かせるその言葉に、蓮は心の中で深く頷き返すのだった。
技術者たちの協力も得ながら、全員一丸となって新型水上機の製造に取り組み始めてから一ヶ月。
蓮は霞ヶ浦のほとりの飛行試験場で、ついに最後の組み上げ作業を行なっていた。
「蓮、その配線と固定を完了すれば……これで完成です」
日々の作業を通じてすっかり手際が良くなった蓮が最後の手順を鮮やかに締めくくり、とうとう機体がその全貌を現した。
当初の予定よりはほんの少し遅れたものの、目の前に現れたのは、想像を遥かに超えてスマートで洗練された機体だった。
未来を思わせる流麗なフォルムと、異次元の技術が同居する姿に、蓮はこれまでの苦労を思い出して胸が熱くなり、思わず目をうるうるさせる。
そんな主人の感極まった状態をセンサーで察知したA.I.D.A.が、蓮を珍しく褒める。
「お疲れ様でした,蓮。あなたの不眠不休の努力が実を結びましたね」
「うるさい!余計に涙がでるだろっ!突然優しくすんな!」
隣で完成した機体を目の当たりにした響子は、目を輝かせている。
「なんて美しい機体なの……!こんな形状見たことないわ!」
戸田や他の技術者たちも、全員で寝食を忘れて協力し合った日々を振り返りながら、深い感動に浸りつつ機体を見つめていた。
ひとしきり感動に浸る中、A.I.D.A.がレンズ越しに告げる。
「蓮、今回の機体の名前は,私がつけても良いですか?」
ここまで苦楽を共にしてきたかけがえのないパートナーからの意外な申し出に、蓮は聞き返す。
「どうしたんだ、A.I.D.A.。お前がそんなこと言うなんて」
「いえ、前回、蓮が名付けをしていたので、私もこの時代へ足跡を残したいと考えました」
蓮は、不思議なことを言うA.I.D.A.に違和感が有りつつも、承諾する。
すると、A.I.D.A.は静かに言い放つ。
「――では、この機体の名前は――正式名称を『蓮式一型』、通称を『蓮華』とします」
その直球すぎる命名を聞いた蓮は、ズッコケそうになる。
「何を言っているんだ! A.I.D.A.。なんで俺の名前をそのまま入れるんだよ!」
と慌ててツッコミを入れる。
それに対し、A.I.D.A.は淡々と返事をする。
「蓮、あなたは前回、私への仕打ちの件を忘れていますよ」
「なんのことだよ……」
「まさか忘れたとは言わせませんよ。間者一型の名前の由来を」
蓮は一瞬何のことだか分からなかったが、間者一型の命名した時の事を思い出して絶句する。
「お前、ま……まさか、あの時の仕返しか……!?」
青ざめる蓮に、A.I.D.A.の声色が何故か明るく聞こえた。
「私の記憶力は、人間を遥かに超えています。ですから――命名を行う時は、相棒の名前に由来するというルールは、当然、記憶していますよ」
その声は、なぜか妙に嬉しそうに聞こえる声であった。
感動に浸っている響子や職人たちの前で、蓮は気まずそうに咳払いをして切り出す。
「ええと……この機体の名前ですが、正式名称は『蓮式一型』、そして通称は『蓮華』にします」
周りの技術者たちは
「ほう、蓮式一型か!」
「蓮華って響き、なんかかっこいいな!」
と口々に名前を反復し、素直に絶賛する。
なぜか顔を真っ赤にして恥ずかしがっている蓮の姿を見て、響子は首を傾げる。
「ちょっと、なんであなたがそんなに恥ずかしがってるのよ?」
「いや,みんながかっこいいって言うから……」
蓮が言い訳すると、響子は呆れながらツッコミを入れる。
「あなたのことじゃなくて,機体名のことよ!」
そんな和やかな空気の中、響子はビシッと気持ちを切り替え、蓮に向かって告げる。
「さぁ,感傷に浸るのはここまでよ。いよいよ,飛行実験に移るわよ!」
続けて、少し心配そうな目を向けながら、蓮に問いただす。
「……で、あなた、本当にこの機体を操縦できるの?」
それに対し、蓮はニヤリと不敵に笑い、自信満々に返すのだった。
「大丈夫だ。もともと操縦するのは好きだからな」
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