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碧のA.I.D.A. ―2050年のステルス戦闘機、昭和16年へ―  作者: 明日葉 優太


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エピソード3 昭和への上陸

千島列島の海域を離れたステルス機は、幾重ものレーダー網をあざ笑うかのように日本海側の上空を南下し、漆黒の夜間飛行を続けていた。


 コクピットの閉ざされた空間。パノラミック・ディスプレイには、昭和十六年十一月下旬の関東近郊の地図と、膨大な社会統計データが青白く光っている。


「――飛行予測時間、あと二十分。まもなく関東近郊の目的地・秩父山中に到着します」


 A.I.D.A.の淡々としたアナウンスを聞きながら、蓮は腕を組んでディスプレイに映し出される当時の世相データを見つめた。


「到着する前に、一つ確認しておきたい。俺はこの時代でどうやって『素性』を誤魔化すつもりだ? 戸籍も身分証もないんだろ」


「その点については、移動中に最適化アルゴリズムでシミュレーションを完了しています。現代のような厳格なデジタル管理がないこの時代、個人の証明は紙の戸籍や勤め先、あるいは近所付き合いに依存しています」


 A.I.D.A.は地図上にいくつかの文字情報をポップアップさせた。


「人の出入りが多く、組織の管理が隅々まで行き届いている大都市では、身分の怪しい人間はすぐに足がついてしまいます。その点、働き手が慢性的に不足している地方の農村部であれば、細かい身元よりも『目の前の労働力』が優先されやすく、よそ者を受け入れてしまう隙が生じやすいのです。もっとも、無計画に歩けばすぐに隣組や憲兵の目に留まりますが」


「なるほどな。ガチガチの都会よりは、人手不足の田舎のほうが、うまく紛れ込める余地があるってわけだ」


「その通りです。第一段階として、AIグラス『オプティカル・アイダ』のリアルタイム解析をフル活用します。周辺の住民の動向、方言のニュアンス、様々なあなたの視覚と聴覚に完全に同調させます」


 A.I.D.A.は冷静に、だが心強いバックアップを約束する。


「私のハッキングおよび音声・視覚サポートがあれば、世間話のフェイクから当時の人間らしい振る舞いの模倣まで完全に対応可能です。あなたはただ、指示された手順に従うだけで『昭和の労働者』として溶け込むことができます」


「……至れり尽くせりだな、相棒。生き残るためだ、しっかり頼むぞ」


 蓮が苦笑交じりに呟いたその瞬間、機体は完全に無音の滑空状態へ移行し、重力制御と超静音の推進フィールドに包まれながら秩父の険しい山肌へと吸い込まれていく。



「――目的地の秩父山中、隠蔽用に選定した天然の洞窟上空に到着しました。これより自動垂直着陸および、光学迷彩による機体の完全秘匿を実行します」


 エンジン音すら漏らさない無音のまま、機体は闇の中に沈み込み、やがて衝撃のない完璧な着地を果たす。


 コクピットのキャノピーが静かに開き、ひんやりとした昭和十六年の冷気が、ツンと鼻を突く針葉樹と湿った土の匂いとともに機内へと流れ込んできた。


「よし……」


 蓮はシートベルトを外し、射出座席の下部からサバイバルキットのハードケースを引き寄せた。


 ケースのロックを解除し、中から高栄養レーション、特殊なビーム銃、マットな黒い輝きを放つ『プロテクション・リング』、そしてAIグラスを取り出す。


 まずはパッケージを破り、味気のないチューブ式のレーションを口に押し込みながら、蓮は周囲の暗がりを見回した。


「……でだ、相棒。お前がどんなに俺の振る舞いをサポートしてくれたところで、肝心の見た目がこれじゃあどうしようもない。この未来のフライトスーツじゃ、一発で不審者としてバレてしまう。まずはこの服をどうにかしないと話にならないが……何か手はあるのか?」


 レーションを咀嚼しながら問う蓮に、A.I.D.A.はAIグラス越しに即座に答えた。


「蓮。鋭いですね。幸い、この山林のふもとには農家や作業小屋が点在しています。私のスキャン機能を用いれば、住民の生活を脅かさず、かつ人目を避けてこの時代の衣類を入手可能なルートを特定できます」


「……おいおい、まさかいきなり泥棒の真似事をしろって言うのかよ」


 蓮は呆れたように息を吐きながら、こめかみを押さえた。


「不法侵入や窃盗は道義的にもリスクが高すぎるだろ」


「ご安心ください。強奪ではありません。『一時的な拝借』と定義します。未来の技術力をもってすれば、のちにこの時代の最高品質の物資や金品を、何倍にもして恩返しすることは容易です」


「……後で何倍にも返す、ねえ。まあ、理屈は通ってるが……分かったよ、泥棒の次は恩返しの人助けってわけだな」


 指にリングをはめ、耳と鼻筋に馴染むAIグラスを装着すると、視界の隅にA.I.D.A.の淡いブルーのUIが起動した。


『生体同期完了。これより、パイロット・蓮の昭和社会への潜伏作戦を開始します』


 残りのレーションを飲み込み、蓮は覚悟を決めるように首を鳴らした。そして、ふもとの気配がうっすらと感じられる闇の向こうへ向けて、静かに歩き出した。

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