エピソード38 海軍の懐と、新たなる盟約③
「この新型電探の間者一型改による早期警戒は確かに強力です。ですが……どれほど優れた電探で艦隊の目を補っても、それだけでは日本は救えません」
その予想外の言葉に、田村は身を乗り出して食いついた。
「奥野さん、それはどういうことでしょうか」
さらに永野も、田村の言葉に呼応するように、柔らかな笑みの中に鋭い光を宿して身を乗り出す。
「私も気になる。奥野君は技術の天才であるだけでなく、戦略眼も備えているのだな……。ほう、続けなさい」
優秀な人材を得た喜びで目を輝かせる永野に対し、蓮は静かに問いを投げかけた。
「では伺いますが……最近の我が国の輸送船に対する米軍からの攻撃状況はどうですか?」
その問いに、田村は眉間を寄せ、苦渋の色をにじませながら答えた。
「……隠すことではないな。この一月だけで6隻がやられ、先日のバリクパパン沖でも1隻が撃沈された。我が国の海上輸送路は、確実に牙を剥かれつつある」
蓮はうなずき、さらに核心へと踏み込む。
「今回私たちが作った間者一型改は、水上の機影は捉えられても、水中の敵――潜水艦までは捉えられません。ですが、そもそもお聞きします。軍艦も輸送船も、何で動いていますか?」
迷うことなく、永野が即答した。
「……言うまでもない。石油、重油だな」
「その通りです。どんなに優れた戦う船があっても、燃料がなければ一歩も動かせません。……では、その船を動かす燃料や、新たな船を作るための鉄鋼、ゴムなどの原材料は、今の日本に十分にありますか?」
蓮の問いかけに、田村は「……っ!」と息を呑み、ハッとした表情を浮かべた。
「……奥野さんが何を言いたいのか、分かってきたぞ……」
隣で津村もまた、険しい顔で腕を組む。
「……確かに。石油も鉄鉱石もない無資源国の日本が、南方からの資源輸送を断たれたら、いくら艦隊が強くても戦えん」
蓮はまっすぐに3人を見据え、続きを答える。
「はい、お二方の想像通りです。先ほどお話しされていた艦隊防衛への配備も必要ですが、それと同等――いや、それ以上に重要な任務にこそ、この間者一型改を利用すべきです」
ここまでのやり取りをじっと見守っていた永野が、静かで優しい、しかし逃れられない重みを持つ声で蓮に問うた。
「――では、奥野君。具体的に、どうすべきだというのだね?」
その問いに対し、蓮の視界の隅でAIグラスが淡く点滅する。
蓮はほんの一瞬動きを止め、他者には聞こえない声で内心突っ込んだ。
(―― A.I.D.A.、本気か?)
A.I.D.A.の冷静かつ冷徹な声が返ってくる。
「蓮。本気も何も、データ上の合理性帰結からの答えです。これを怠れば日本が継戦を維持できる確率は、許容範囲を下回ります」
その言葉を飲み込んだ蓮は、意を決した強い眼差しで総長室の面々を見据え、はっきりと告げた。
――「海上護衛艦隊の創設を提案します」
その重すぎる言葉に、永野、田村、そして津村の3人全員が言葉を失い、文字通り時間が止まったかのような静寂が部屋を支配した。
静寂を破り、永野がふっと和やかな、しかし底知れない感心を込めた笑みを浮かべた。
「なるほどな……。津村が言っていた『天才』の意味が、ようやく肌で理解できたわ」
田村も身震いするような納得の表情を浮かべ、強く頷く。
「我々海軍の人間はどうしても艦隊決戦や水上戦闘ばかりに目が向きがちだ。だが……奥野さんの提案は、現在の我が国にとってあまりにも合理的だ。継戦を本気で考えるなら、まさにその通りだと言わざるを得ない」
だが、津村が腕を組み、考え込むように渋い顔で蓮に問いかけた。
「奥野、海上護衛の必要性は痛いほど分かった。だが、先ほどお前自身も言った。輸送船を狩っている敵には、姿の見えない潜水艦も含まれる。間者一型改は、水上は良く見えても、水中を潜る敵まで発見できるのか?」
蓮はわずかに影のある顔で、率直に認めた。
「……津村さんの懸念、ごもっともです。間者一型改は水面より上の索敵には有用ですが、水中においては役に立ちません」
蓮が少し言葉を詰まらせたため、田村がすかさず永野へ進言する。
「閣下、しかし一考の価値はあります。水上の敵や索敵機をこの間者一型改で完全に捉えられるようになれば、敵潜水艦が浮上している時や、潜望鏡を出した瞬間などを補足し、撃退する糸口にもなるはずです」
永野は田村の言葉には返事をせず、何やら激しく思考を巡らせている様子の蓮の顔を、じっと見つめている。
その視線の裏で、蓮のAIグラスにはA.I.D.A.からの次なる「冷徹で完璧な解法であり蓮には拷問となるようなこと」が文字として映し出されていた。
それを見た蓮が「A.I.D.A.……愛が無さすぎる」と心で呟きながら絶望や諦めに似た顔をするが、選択肢が他にないことに対して諦めた顔に切り替わる。
蓮のその変化を敏感に察知した永野が、優しく、しかし確信に満ちた声で背中を押した。
「奥野君、君の次の提案をぜひ聞きたい。言ってくれ」
永野の促しを受け、蓮は覚悟を決めた声で、帝国海軍の常識を根底から覆す新たな一手を提案する。
――「私が……現在活躍している零式水上偵察機とは一線を画す、新型の水上偵察機を作ります。」
ここまでお読みいただきありがとうございます! 少しでも『面白い、続きが気になる』と思っていただけましたら、下部の【ブックマーク】や【評価】(☆☆☆☆☆)で応援していただけると、執筆の凄すさまじい励みになります!




