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碧のA.I.D.A. ―2050年のステルス戦闘機、昭和16年へ―  作者: 明日葉 優太
南方戦線編

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エピソード25 参謀総長の算盤

津村が参謀総長を呼びに走り立った後、極度の緊張と徹夜の疲労が限界を超えて蓮に襲いかかった。


静まり返った参謀本部の屋上。

冷たい朝風が吹き抜ける隅で、蓮は機材の横に寄り添うように座り込み、張り詰めていた糸がプツリと切れるように意識がフッと途切れて、束の間のまどろみへと落ちていく。

遠くで微かに聞こえる街の喧噪や風の音のなか、脳裏の片隅でA.I.D.A.のセーフティ監視音が優しく響いていた。


どれほどの時間が経ったことか。

ガタガタ、と荒々しい軍靴の足音と、切羽詰まった息遣いが階段の方向から響いてくる。


「――失礼します! ここです、閣下!」


ハッと目を覚ました蓮が体勢を立て直すと同時に、津村に連れられて屋上に足を踏み入れたのは、大日本帝国陸軍の頂点に君臨する参謀総長・杉山元の姿だった。


早朝、突如として現場へ引っ張り出された参謀総長は、寝耳に水の不意打ちを食らった不機嫌をこれでもかと隠そうともせず、険しい顔で津村に詰め寄る。


「いったいどういうつもりだ、津村。こんな早朝に私を叩き起こし、あまつさえこんな吹きさらしの屋上へ連れてくるとは……どういう了見だ!」


総長の喉の奥から絞り出されるような、少し怒り気味の低い声が屋上に響く。


津村は冷や汗で濡れた額を袖で拭いながら、その場で深々と頭を下げて平身低頭で詫びを入れた。


「はっ! 早朝の無礼、深くお詫び申し上げます! ですが、一刻を争う事態なのです。どうか、百聞は一見にしかず――こちらの機材をご覧ください!」


津村はただ事ではない熱量を瞳に宿し、先ほどテストした「間者一型」が既存の一号一型とは全く次元の違う凄まじい性能を秘めていることをまくしたてるように訴えた。


しかし、杉山は腕を組み、鼻で笑うように一蹴する。


「馬鹿げたことを。技術者たちが日夜、一号一型の性能向上に身を粉にして取り組んでいるというのに、一晩で劇的な代物ができるわけがない。お前は一体、何を夢物語を……」


「疑われるのも当然であります。ですが私が説明した新型電探をその目で確かめて頂けますでしょうか!」


津村は引き下がらなかった。

津村はまどろみから完全に意識を取り戻した蓮の方を振り返り、


「おい、奥野! すぐにスイッチを入れてくれ!」

と切羽詰まった声で頼み込む。


蓮は静かにうなずくと、冷えた指先で「間者一型」の電源を入れ、つまみを微調整する。


わずかな予熱ののち、小型ブラウン管の蛍光面がジワリと緑色の光を放ち、東京湾方面や上空の目標を鮮やかに映し出した。

そこには、従来の電探では決して捉えられなかった、あまりにも鮮明で正確無比な波形と数値が、まるで生き物のようにくっきりと浮かび上がっていた。


目の前の光景を目の当たりにした杉山は、次に発しようとしていた叱責の言葉を喉の奥でピタリと詰まらせた。


驚愕のあまり、その場で石のように硬直する。

わずかに震える目をこすり、冷や汗をにじませながら、杉山は掠れた声で津村に問うた。


「……津村、これは……、一体どういうことだ……?」


津村はここぞとばかりに踏み込み、声を張り上げる。


「閣下! これこそが我が軍が喉から手が出るほど欲しかった真の電探です。数キロ単位の誤差を数百メートルに縮め、複数の機影を完全に分離識別する――これこそ、今後の戦局を根本から変える切り札に他なりません!」


津村は興奮の冷めやらぬ表情で一歩身を引き、傍らに立つ蓮に手のひらを向けた。


「閣下、この奇跡の代物をたった一晩で独力で組み上げた天才技術者――民間から協力に駆けつけてくれた、技術者の奥野蒼くんです」


杉山の視線が、津村に促されるようにしてスーッと蓮へと向けられる。


圧倒的な技術の価値を即座に理解した杉山は、先ほどまでの不機嫌を完全に忘れ去り、血走った目で蓮を凝視した。


「なんと……これを、たった一人が一晩で作り上げたというのか……!」


杉山は抑えきれない興奮のまま一歩踏み出し、蓮の肩を引き寄せるようにして熱っぽく言い放った。


「素晴らしい! ぜひとも陸軍技術本部に加わってくれ! 君のような並外れた天才こそが、今の大日本帝国には絶対に必要なのだ。階級は少佐待遇でどうだ、いや、すぐにでも特別枠を用意しよう!」


それは、なりふり構わぬ熱烈すぎる入隊勧誘だった。


しかし、国家の権力者からの甘い誘いに対し、蓮は微動だにせず、極めて冷徹なまでの落ち着きを保ったまま、きっぱりと首を横に振る。


「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます」


その予想外すぎる拒絶の言葉に、杉山の顔色がみるみる曇った。プライドを激しく逆撫でされたように目を細め、底冷えするような怒気を孕んだ声を投げつける。

「……ほう、一介の技術者が私の誘いを断るか。ならば、国家総動員法に基づき、お前を強制徴兵しても良いのだぞ」


圧倒的な権力による脅しを掛けた杉山だったが、蓮はそんな杉山の怒りも気にせず、静かに視線を合わせ、落ち着いたトーンで告げた。


「閣下……その代わりと言ってはなんですが、この間者一型は日本の防衛にお役立て頂きたいので、設計図含めて閣下にお渡し致します。また、この新型電探を開発指示されたのは閣下と言う形でお願い出来ればと」


その言葉を聞いた杉山は、驚きながらも歓喜のあまり跳ね上がりそうになる心を必死に抑え込んだ。

何故ならこの手柄によって自身の権力がさらに強大になる期待感が膨らみ抑えきれない。

その感情を抑えようとするが口元が隠しきれず、ニヤリと歪む。

彼は慌てて咳払いを一つし、無理やりわずかな怒りを演出するように吐き捨てた。


「……ほう、私を袖にしておいて、技術だけは置いていくというのか」


蓮はそんな杉山を見て、微塵も表情を変えずにこう続けた。


「ええ。その代わり――私から、閣下に一つだけお願いがございます」


喉から手が出るほどこの新型電探が欲しい杉山にとって、それは受け入れざるを得ない提案だった。


「……いいだろう。その話、聞いてやる」


渋々承諾するという様な声色で杉山が蓮に返答する。


蓮は小さくうなずくと、機材に視線を落しながら言った。


「では、このような吹きさらしの場所ではお話が出来ません。続きは、閣下の執務室でお話しさせて頂ければと」


杉山はわずかな苛立ちを芝居として演じつつ、間者一型を手に入れた圧倒的な優越感と歓喜のなかで不敵な笑みを浮かべ、うなずいてみせた。


事態の重大さと、これから始まる密談の重みを噛み締めつつ、3人は屋上の階段を下り、執務室へと歩き出すのだった。

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