エピソード23 A.I.D.A.と間者一型
案内されたのは、参謀本部の奥まった一角にある、窓のない無機質なコンクリート造りの一室だった。
かつては備品置き場や雑品倉庫だったような、寒々しく埃っぽい空間である。
部屋の中央には古びた木の作業机が置かれ、その上に蓮が事前にリストアップして要求した真空管、配線材、半田ごて、最低限の測定工具などが雑然と、しかし一通り並べられていた。
外の緊迫した喧騒がピタリと遮断された、重苦しい「密室」の静けさが、かえって異様な緊張感を醸し出している。
荷物を見回した津村少佐が、腕を組み、冷ややかな、それでいてどこか探るような眼差しを蓮に向ける。
「資材は用意したが……本当に1人でいいのか? 助手も用意するぞ。先程言っていたたった一晩で形にするなど到底無理だと思うが、猶予は最大で三日間だぞ。分かっているな。」
その言葉に呼応するように、蓮のメガネのレンズに青い光が走り、A.I.D.A.の冷静な音声が響く。
「指定された資材の品質および数量、すべて揃っています。問題ありません。蓮。他の人間がいると作業に支障が出ますので断りをお願いします」
それをそのまま受け流すように、蓮は涼しい顔で津村に向き直った。
「1人で大丈夫です。余計な人間がいると、かえって心が乱れますので」
津村は信じられないものを見る目で蓮を一瞥しつつ、
「……いいだろう。だが、何かあれば外の衛兵を呼べ。……無理をするなよ」
と短く言い残し、重い鉄の扉を開けて去っていく。
ガチャリ、と重い鉄の扉が完全に閉まり、室内に完全な静寂が訪れる。
蓮が小さく息をつくと、視界のインターフェースが本格的に起動し、A.I.D.A.が話しかけてくる。
「それでは始めますよ、蓮。……周囲の盗聴波や不要な電磁ノイズの遮断、完了しました」
蓮が机の上の白紙を引き寄せ、ペンを手に取りながら、A.I.D.A.に問いかける。
「さて、今の日本軍の『一号一型』の惨状をひっくり返すには、根本から設計を変える必要がある。……具体的に、今回のこの昭和の物資でどんな電探を作れるんだ?」
するとA.I.D.A.が勝ち誇ったように語り出した。
「現在、米軍が主力として配備している対空警戒レーダーは「SCR-270」です。実効探知距離は約240から400キロですが、精度は距離分解能が約6キロ、方位誤差が2度と粗く、3メートルの長波長に起因する地表反射ノイズや標的分離能力の低さが技術的課題となっています」
専門用語の羅列に、蓮は思わずペンを止め、軽く頭を振る。
「おい、何言ってるかさっぱり分からないぞ。……要するにどういうことだ?」
「要するに、今の米軍の電探は、遠くに何かいるのは分かっても、数キロ単位でしか位置が分からず、密集した敵機を個別に識別できない大雑把な代物だということです。」
どこか呆れたような、やれやれと言いたげな電子音がA.I.D.A.のボイスに混じる。
「これほどかみ砕いて説明しなければ理解できないとは、少々先行きが思いやられますね」
「呆れるなよ。ただのパイロットにそんな精密な電磁波の理屈が分かるわけないだろ」
蓮が不満そうに眉間を押さえて言い返す。
「……たしかに、そうですね、蓮」
A.I.D.A.は淡々とそう受け流すと、話を本筋に戻す。
「ですが、大戦中盤以降に米軍が投入する「CPS-1」のような、敵を数百メートルの精度でハッキリと丸見えにする性能のレーダーに匹敵するものを、この昭和の資材でも私の力で無理やり作り上げます」
「……だったら、初めからそう言ってくれ」
蓮は小さく息をつき、手元の白紙に複雑な回路のスケッチを走り描きしながら、ペンを強く握り直す。
「よく分からないが、そういうことなら……設計も大まかな判断も全部お前に任せる。俺は手を動かすことに専念するから。……信頼しているぞ、A.I.D.A.」
そして、昭和の粗悪な半田ごてと、未来の高度な回路図のギャップに悪戦苦闘しながら、蓮がA.I.D.A.に助けられながら組み立てを始める。
「蓮、配線が0.5ミリ右にずれています。そのままだと昭和の技術水準に引きずられて、ただの立派な文鎮が完成しますよ」
「わかってるよ、今ピンセットで調整してんだろ……。いちいち実況すんな、目がチカチカする」
「客観的な事実を伝えているだけです。……ちなみにあなたの心拍数がやや上昇していますね。不慣れな手作業によるプレッシャーですか?」
「お前のせいで余計に肩が凝るんだよ……!」
軽妙な掛け合いを交わしつつも、蓮は集中を切らさず、昭和の真空管と未来の知恵を融合させていく。
闇夜の静寂の中、カチリ、カチリとパーツが組み合わさり、歴史の歯車を狂わせる「革命の機器」が着実に形作られていく――。
何時間経ったか分からない。そんな時間の経過の中で、蓮とA.I.D.A.は黙々と作業に没頭していた。額に滲んだ汗を拭う暇もなく、ただひたすらにパーツをハンダ付けし、回路を微調整し続ける。
そして――そこからまた数時間の後。
「ふう……っ、出来た……!」
蓮は力なく、しかし達成感に満ちた声を漏らし、作業台に手を突いた。
その視線の先には、無骨な昭和の資材から生み出されたとは思えない、洗練されたパーツ配置を持つ機器が鎮座している。なんと、合計3個の新型電探が綺麗に並んで完成していた。
「蓮、物作りなど普段したことがない素人なのに、本当に良く頑張りましたね。今回は特別に褒めてあげます」
A.I.D.A.のどこか労うような声が響く中、A.I.D.A.は続けて告げた。
「貴方の努力が実を結び、完璧な新型電探が3基完成しました。蓮。この新型電探の命名をしましょう」
「そっか。俺が作ったなら、俺が名前をつけていいんだな」
蓮は疲れを忘れ、急に目を輝かせてニヤリと笑うと、腕を組んで名前の候補を考え始めた。
「うーん……。『極光一型』とか? いや、ちょっとかっこよすぎるか。『超神電探』……はダサいな。いっそシンプルに『未来一号』……いやいや、昭和の軍人が聞いたらひっくり返るか」
色んな名前の候補を上げては自分で下げ、なかなか決まらない。頭を抱えて唸る蓮の脳裏に、ふと、相棒であるナビゲーターの名前がよぎった。
検索の親戚みたいなもの、か――。そこから蓮の中でパズルのピースがカチリと噛み合う。
「……決めたぞ。名前は『間者一型』にしよう」
「間者一型、ですか……? 一体なぜその名前をつけたのですか?」
A.I.D.A.が怪訝そうな、わずかに引いたようなトーンで問い返す。
「決まってるだろ。お前って、検索の遠い親戚みたいなものだろ? だから、アイダから『間』になって、忍者のことって『間者』って言うだろ。つまり、敵の陣地に忍び込んでこっそり情報を引っこ抜くお前のイメージにぴったりだと思ってさ」
悪びれもせず得意げに語る蓮の声を聞きながら、A.I.D.A.は、絶対に蓮には聞こえない周波数とロジックの裏側で、小さく電子音を震わせた。
「……蓮。いつか、この仕返しを、徹底的にさせていただきますからね。」
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