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碧のA.I.D.A. ―2050年のステルス戦闘機、昭和16年へ―  作者: 明日葉 優太
真珠湾編

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エピソード11 92.3%の分岐点③

1941年(昭和16年)12月8日、日本時間午前3時半前、ハワイ時間では午前8時半ごろ。


オアフ島西方400キロの洋上。

穏やかな風が吹く気持ち良い朝日が照らしている。


米太平洋艦隊の誇る旗艦空母『エンタープライズ』の艦橋。エンジン音が響く艦橋の中で、航海計器の微かな電子音と、当直士官たちの低くくぐもった話し声が、かき消されている。


ウィリアム・ハルゼー少将は、手渡されたマグカップから立ち上るコーヒーの湯気を眺めながら、どこか退屈そうに息を吐く。


「……ワシントンからの電文はまだか、マイルズ」


ハルゼーは、隣に控える参謀のミレス・ブラウニング中佐に視線を向けずに尋ねた。


「はっ。ワシントンの海軍情報部が傍受した日本軍の暗号無線の量は、ここ数日で異常なまでの跳ね上がりを見せています。閣僚の間でも、いつ何が起きてもおかしくないと厳戒態勢ですが……」


ブラウニングは手元のクリップボードを軽く叩き、不満げに付け加えた。


「連中が真珠湾の鼻先で、わざわざこんな洋上へ大艦隊を繰り出くるとは思えませんがね。せいぜいフィリピンか、マレーあたりが最初の火種になるでしょう」


「だといいがな」


ハルゼーはコーヒーを一口啜り、鼻を鳴らす。


「連中の海軍力や航空隊を甘く見るなよ。ロンドン海軍軍縮条約の期限が切れて以来、連中は狂気じみた勢力拡張を続けている。いつ何時、奴らが牙を剥いてきてもおかしくない……」


艦橋の頭上では、最新鋭の対空警戒レーダー――CXAM-1の巨大なアンテナが規則正しく旋回を続けていた。

電波の網は周囲百キロを網羅し、いささかの不審影すら捉えていない。


その無機質な電子の明滅を見上げながら、ブラウニングは肩をすくめた。


「ですが、このCXAM-1が稼働している限り、我が艦隊を不意打ちできる者などいません。周囲に敵影なし、完全な安全圏です、少将」


「……そうだな」


ハルゼーはうなずき、再びマグカップに目を落とした。


誰もがそう信じて疑わなかった。

この朝日が差し込んで青く澄んだ海の向こうで、自分たちの常識を根底から粉砕する異世界の狂気が迫っていることなど知る由もなく、艦内には穏やかな時間が流れていた。


同じ時刻。


はるか頭上の成層圏―、音もなく姿もない空に蒼莱が攻撃部隊を追尾して飛行していた。


次世代ステルス機「蒼莱」のコクピット。

青白く発光するホログラムの戦場図に囲まれながら、蓮は冷徹な瞳で下界を見下ろしている。


その隣で、A.I.D.A.のインターフェースが青白い光を揺らしながら、流れるような演算処理で空間の戦場図を弾いていた。


「蓮。米軍のCXAM-1レーダーに対し、『偽の海面反射波』の照射を継続中。エンタープライズ艦隊の視覚、聴覚、そして電子の目は完全に私たちの掌中にあります」


A.I.D.A.が紡ぎ出す欺瞞の電波は、ミリ単位の誤差すら許さぬ精度で米軍レーダーを眩ませ続けていた。


その作られた死角の道を縫うように、日本軍の第一波攻撃隊――九七式艦上攻撃機と九九式艦爆の群れが、気付かれることもなく静かに、しかし猛烈な速度で肉薄していく。


「油断するな、A.I.D.A.。電子上の欺瞞だけで慢心は禁物だ。攻撃隊が敵艦隊の目視距離に入るその瞬間まで、レーダーの目を完全に眩ませ続けろ」


蓮の引き締まった声に、A.I.D.A.は淡々とした電子音で即座に応じる。


「了解。敵動向の把握を一層強化します――敵の視認距離に達するまで、およそ5分後となります。」


朝日を切り裂くように、突如として機影が姿を現した。

雲の切れ間から、おびただしい数の日本軍機群が牙をむいて飛び込んできたのだ。


「敵襲! 空襲だ――ッ!!」


艦内へ響き渡る絶叫とともに、艦隊全体が一瞬にしてパニックのるつぼへと叩き込まれる。


「――っ!?」


エンタープライズの艦橋。

あまりの急襲に言葉を失ったハルゼーの手にあったコーヒーカップが手からすべり落ち床に激しく砕け散る。


即座に、重巡や駆逐艦の対空砲火が夜空へと火を噴いた。

数千発の弾丸が弾幕を形成し、日本軍機を文字通り引き裂こうと狂ったように発射している。


その攻撃隊を率いる第一波飛行隊長・佐々木勇大尉は、九七式艦上攻撃機の風防越しに迫りくる地獄の弾幕を見据え、歯をくいしばった。


(――あの鉄の棺桶どもを、必ずこの手で海底に沈めてやる……ッ!)


搭乗する艦攻の機体が激しく震える。

弾幕が正確に艦攻へ向かって来ており、直撃は免れない。


機体ごと粉々に吹き飛ぶ――そう覚悟した瞬間、佐々木の脳裏に焼き付いたのは、あまりにも現実離れした光景だった。


「なっ……!?」


米軍の凄まじい対空砲火が、なぜか自分たちの機体のわずか数メートル手前で、まるで意思を持つかのように不自然に逸れていく。


見えない光の壁――リフレクターの障壁が、敵弾をことごとく弾き飛ばし、無力化していたのだ。

一発たりとも当たらない。掠りもしない。


(なぜだ……!? いや、理由を考えている暇などない――、突撃を続けろ……ッ!)


強烈な高揚感が佐々木の全身を駆け抜ける。

死地を駆けるはずの戦場は突如として変貌し、佐々木は狂乱の勢いのまま急降下へと機体を傾けた。


パニックに陥ったエンタープライズの飛行甲板から、執念のスクランブル発進を果たした数機のF4Fワイルドキャットが、夜空へと身を躍らせる。


「叩き落とせ!」


米軍パイロットの必死の銃撃が、上空を掩護する零戦隊のリーダー・黒木少尉の乗機へと浴びせられる。

至近距離からの完璧な捉え方だった。しかし――。


A.I.D.A.がリアルタイムで展開するリフレクターの光壁は、敵の放つすべての鉛弾を完全に無効化し、着弾の瞬間にすべての弾丸がまるで意思を持つかのように虚しく弾き返されていくのだ。


「バカな……今の射線は完璧に捉えられていたはずだ……! 一発も掠りもしないだと……!?」


米軍パイロットが目を剥き、恐怖に歪んだ声をあげる。

一方、黒木少尉もまた、目前を無数の曳光弾が方向を変えあらぬ方向に向かって飛んでいく光景に息を呑んでいた。


「信じられん……。だが、好機だ……!」


戸惑いを振り払い、黒木率いる零戦隊が鮮やかな反転機動を描いて敵機へと襲い掛かる。

それは戦闘ではなく、芸術的なまでの蹂躙劇だった。


零戦の機銃が火を吹き、圧倒的な機動美に翻弄されたワイルドキャットが、次々と紅蓮の炎を纏いながら海へと墜落していく。空の主導権は、わずかの間に完全に日本軍の手に握られていた。


制空権が完全に奪い去られた洋上。

米軍の「鉄の輪形陣」は、もはやハリボテの防壁にすぎなかった。


A.I.D.A.のリフレクター支援を受けた日本軍機群は、重巡や駆逐艦の対空砲座を次々と的確に沈黙させていく。

鉄壁の守りを誇った護衛艦隊が、なす術もなく一隻、また一隻と無残に沈みゆく。


そして――護衛の盾をすべて剥ぎ取られ、逃げ場を失った旗艦空母『エンタープライズ』が、冷たい海面の上に完全な「丸裸」として晒された。


「――今だ。少し可哀想ではあるが、これが戦争だ。わたしたちを恨むなよ。南無三……!」



佐々木の瞳に、猛火を浴びて巨体を晒すエンタープライズの飛行甲板が捉えられる。


重力を味方につけた九七式艦上攻撃機が、凄まじいまでの急降下スピードで空を切り裂いた。機体が発する風切音が悲鳴のように響く。


敵艦から放たれる最後のあがきのような対空砲火すらも、機体を包むリフレクターの光壁が触れる端から弾き飛ばしていく。


理不尽なまでの無敵の加護を背負いながらも、引き金を引くその胸には、敵味方を越えた戦士としての哀切と、割り切れない想いが去来する。

ターゲットの巨体が、風防の照准器の中で急速に膨れ上がっていく。


「――喰らえッ!」


佐々木の引き絞るような絶叫とともに、機体の腹部から放たれた巨弾が、重力の唸りを上げて解き放たれた。


それは吸い込まれるようにエンタープライズの飛行甲板中央部、その心臓部へと直撃する。


瞬間、洋上が光り輝くように焼き尽くす、凄まじい大爆発。


爆風と無数の鉄片が空を焦がし、軋む鋼鉄の悲鳴とともに、アメリカ太平洋艦隊の誇りだった巨体が大量の黒煙を噴き上げながら、重い船体を傾けて暗い海中へと引きずり込まれていった。



日本時間 午前4時30分頃。


すべての喧騒と地獄から切り離された成層圏の静寂の中、蒼莱のコクピットでA.I.D.A.が無機質な音声ログを蓮へと告げた。


「――第一波攻撃隊、損耗率ゼロ。米国第8任務部隊の全艦艇、沈没を確認しました。第一波のみで完封したため、予備として用意していた第二波の出撃準備は不要ですね、蓮」


その報告を聞きながら、A.I.D.A.は手元のホログラム戦場図を軽やかに切り替える。


映し出されたのは、日本時間3時25分の奇襲の幕開けから、まさに現在、激しい猛威を振るい続けているハワイ・真珠湾のリアルタイム戦況データだった。


「本隊の状況ですが――分割運用による攻撃力の低下という懸念こそ、随伴させたリフレクターの展開によってカバーされましたが……完全な無傷とはいきませんでした。2機がリフレクターの展開遅れによる被弾や損耗が発生しています。ですが、それは想定の範囲内です。真珠湾の第一波は最小限の被害に抑えて目標を完封。現在は引き続いて、命令通りの燃料タンクやドック施設を狙った第二波の攻撃が、まもなく攻撃地点に到着致します」


「……損耗率ゼロまではいかなかったか」


冷徹な光を湛えた瞳のまま、蓮はシートに深く身体を預けたまま操縦桿に手を添えた。


「――行くぞ、A.I.D.A.。第二波の攻撃隊を護衛する」


「はい、蓮」


蓮の力強い号令に合わせ、成層圏に静止していた「蒼莱」が気配を一切殺した完全な無音のまま、真珠湾へ向けて猛然と加速していく第二波攻撃隊の頭上へと、矢のごとく飛び去っていった。

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