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第八章 絶対不可侵の空

グラハム伯爵領――いや、新生「バルトロ解放区」の制圧から三日が経過した。


城の格納庫代わりに使っている元魔導鎧の整備場。その中央に佇む〈ヴァルキュリア〉のコックピットの中で、玲はまたしても、目の前に浮かび上がる半透明の光に視線を鋭くしていた。


国を獲るための最初の地方。数万の民の解放。

それが「システム」にとって、どれほど巨大な意味を持っていたのかを、眼前の文字が嫌というほど物語っていた。


────地域解放ボーナスを確認────

広域拠点「バルトロ地方」の完全制圧を検知しました。

特別報酬として、以下を進呈します。


【随伴型無人戦闘機体:〈フギン〉仕様】×10機

※本機体は専用戦術ネットワークを介し、当機より一括遠隔操作が可能です。


「……10機だと?」


玲の呟きに、耳元のノルンが即座に反応した。


『驚くべき報酬です、パイロット。データを受信しました。支給された10機は、当機〈ヴァルキュリア〉のフレームをベースに、コックピットと生命維持装置を廃止し、純粋な戦闘AIと電子戦装備に特化させた「無人UAV」仕様です』


「動かせるのか。俺一人で、これだけの数を」


『可能です。私の戦術ネットワークと直結させることで、あなたの思考、あるいは私の自律戦術アルゴリズムによる完全無人戦闘が行えます。当機をフラッグシップ(隊長機)とし、計11機の鋼鉄による「1個分隊」が形成されます』


格納庫の外、広大な中庭の虚空から光が溢れ、次々と銀色の鋭利な機体が具現化していく。

それはコックピットがない分、ヴァルキュリアよりもさらに引き締まった、冷徹な「凶器」の群れだった。人型への可変機構も完全に引き継がれている。


玲はコックピットのシートに深く背を預け、冷や汗混じりのため息をついた。


「相変わらず、大盤振る舞いが過ぎるな。一機きりの限界という最大の弱点を、システム側から勝手に埋めてきやがった」


『同意します、パイロット。やはりこの〈補給市〉の向こう側は、あなたにこの世界を完全に「征服」させるつもりです』


「……便利に使わせてもらうさ。請求書がいくら高かろうが、今は目の前の国境を固めるのが先だ」


玲は操縦桿を握り直し、モニターにバルトロ地方の立体地図を展開した。


「ノルン。10機のフギンを即座に起動。これより、国境の防衛任務に就けるぞ」



アシュフォード王国の王都。そしてバルトロ地方に隣接する他の貴族領では、グラハム伯爵領が「一晩で、たった一機の悪魔に強奪された」という報せに、激震が走っていた。


「反逆した使い魔を擁する、暴徒どもの集団だと!?」

「グラハムの二千の軍勢が、交戦すらできずに霧散したというのは本当か!」


危機感を募らせた隣接領の領主たちは、即座に混成の先遣騎士団を結成した。総勢五百。彼らはレジスタンスが体制を整える前にバルトロ地方へなだれ込み、暴動を鎮圧するべく、意気揚々と進軍を開始した。


だが、彼らが国境である尾根筋を越えようとした、まさにその時。


キィィィィィィン――!!


遥か上空から、空間を切り裂くような金属音が響いた。

それは、これまでのこの世界の住人が聞いたこともない、ジェットエンジンの不穏な合唱だった。


「何だ……!? 雲の向こうから、何かが来るぞ!」


騎士団長が叫び、魔導士たちが一斉に空を見上げる。

雲海を割り、朝日を浴びて降下してきたのは、一機ではない。


十機の、銀色の怪鳥。


それらは寸分の乱れもない完璧なデルタ隊形を維持したまま、音速に近い速度で騎士団の頭上を通過した。凄まじい風圧と衝撃波が地表を叩き、馬たちが狂ったようにいななき、騎士たちが地面に転がる。


「飛竜(ワイバーン)ではない……! あの『鋼の悪魔』と同型の化け物が、なぜこれほど大量に!?」


十機の銀色の機体は、上空で鮮やかに散開すると、流れるような動作で人型へと変形した。

コックピットのガラスを持たない、完全に無機質な「単眼(モノアイ)」が赤く明滅する。十体の鋼鉄の巨人が、国境の山脈の嶺に等間隔で降り立ち、眼下の五百の軍勢を冷たく見下ろした。


それは、生身の人間にとっては、絶望以外の何物でもない光景だった。



バルトロ城の司令室。玲はメインモニターに映し出される、国境のリアルタイム映像を見ていた。十機の無人機〈フギン〉の視覚データは、ノルンを通じて玲の脳内に完璧に同期している。


「威嚇射撃だ。ノルン、一般兵の足元を狙え。当てるなよ」


『了解。遠隔銃座、同調。……射撃を開始します』


国境の嶺に佇む十体の巨人が、一斉に腕部機関砲を構えた。

次の瞬間、鼓膜を破らんばかりの掃射音が轟く。


凄まじい音とともに、騎士団のわずか数メートル手前の地面が、爆発したかのように弾け飛んだ。土煙と砕け散った岩片が彼らの甲冑を叩く。魔法の障壁を張る間もなく、圧倒的な質量弾が大地を容赦なく削り取っていく。


「ひっ……あああぁぁ!!」

「勝てん……! あんな化け物が十機もいては、近づくことすらできん!」


魔導士の放った炎の矢が辛うじて一機に届いたが、無人機はその爆炎を意に介さず、単眼を不気味に発光させたまま立ち尽くしていた。

感情のない、恐怖を知らない鋼鉄の軍隊。


「次の一発は、てめえらの頭の上に落ちるぞ」


外部スピーカーから響く、冷徹極まる機械的な合成音声。

五百の先遣騎士団は、誰一人としてそれ以上、国境の線を越えることはできなかった。彼らは武器を握る手すら震わせ、命からがら、来た道を全力で逃げ帰っていった。


モニターから敵影が消えたのを確認し、玲は静かに息を吐いた。


「追い返したか」


『はい。敵勢力は完全に潰走。バルトロ地方の外周に、完璧な『絶対不可侵領域』が構築されました。これ以降、国軍であれ貴族の私兵であれ、空と陸の双方からこの地方へ侵入することは不可能です』



この日を境に、バルトロ地方の国境には、終わりのない銀翼のパトロールが始まった。


戦闘機形態のまま、二機一組で美しい弧を描きながら空を回る無人機たち。

その姿は、周辺の領主たちにとって「一歩でも踏み込めば即座に塵にされる」という、生きた死神の標識だった。国軍の斥候がどれほど影に潜んで近づこうとも、フギンに搭載された高性能赤外線センサーとレーダーの前には、その体温すら隠し通すことはできなかった。


「本当に……誰も入ってこられないんだな」


城壁の上から、空を巡る銀色の光を見上げ、ジーナが呆れたように呟いた。


「ああ。国軍がどれほどの大軍を動員しようが、この国境の山脈を越えさせない。ここから先は、誰にも邪魔されない、あんたたちの土地だ」


玲はジーナの隣に立ち、同じ空を見つめていた。


「これだけの盾を用意したんだ。ジーナ、内政のほうは任せるぞ。民に古い鎖を捨てさせて、新しい、本当の街を作ってくれ」


「ふん、任せときな、頭目」ジーナは頬の古傷を緩ませ、力強く笑った。「あんたが空を塞いでくれているんだ。地を這う私たちの意地、見せてやるさ」


国境を固める10機の無人機、そして中心に鎮座するヴァルキュリア。

それは、かつて一機きりで補給に怯えていた孤独な兵士が、世界に対して初めて突きつけた、絶対的な「拒絶」の壁だった。


バルトロ地方は、文字通りの不可侵領域となった。

安全が担保された内側で、虐げられてきた民たちが、初めて「自由」の味を知り、革命の土壌が急速に耕されていく。


しかし、この絶対的な盾の出現は、王国の、そして大陸全体のパワーバランスを根底から覆すものだった。

沈黙を強いられたアシュフォード王国の中央政府が、この「鋼の壁」を壊すために、さらなる異形の力を引き出し始めるのは、もはや時間の問題であった。

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