第七章 電撃の進軍
「防戦はここまでだ。こっちから打って出る」
地図を広げた粗末な長机を叩き、玲は言い放った。
隠れ里の作戦小屋に集まったジーナたち解放戦線の幹部らは、一瞬、己の耳を疑うように互いを見合わせた。彼らがこれまでやってきた「戦」とは、領主軍の目を盗んで物資を奪い、追われれば山奥へ逃げ込む、徹底したゲリラ戦だったからだ。
「正気かい、頭目」ジーナが身を乗り出す。「先遣隊を叩いたことで、本城の領主――グラハム伯爵は完全に頭に血が上ってる。今や城下には二千を超える本隊が集結しつつあるんだ。守りを固めるんじゃなく、攻めるってのかい」
「守って勝てた戦場を、俺は一つも知らねえ」
玲は冷徹な目でジーナを見据えた。
「先遣隊が全滅した報せは、すでに本城に届いているはずだ。向こうがこちらの戦力を測りかねて混乱している今こそ、最大の好機だ。二千の軍勢が完全に陣形を整え、山の麓を包囲し始めたら、いくら飯や薬があってもじり貧になる」
耳元で、ノルンが淡々と補足を加える。
『当機のセンサーにより、伯爵領の軍事拠点を全域走査済みです。敵本陣および領主城の座標は完全に掌握しています。現在、敵軍は急な動員により、兵站の構築と指揮系統の整理に追われており、防衛体制は極めて脆弱です』
「数なら向こうが上だ。だが、スピードは俺たちのほうが圧倒的に上だ」
玲は立ち上がり、背後に佇む銀色の巨人――可変機〈ヴァルキュリア〉を見上げた。〈補給市〉から湯水のように点数を消費し、機体は完全に整備され、実体弾もミサイルも、スロットの限界まで満載されていた。
「ジーナ、動ける兵をまとめろ。お前たちは俺の後を追い、敵の拠点を占領していけ。――敵の本陣と城は、俺が一人で、文字通り踏み潰してくる」
ジーナはしばらく呆然としていたが、やがて、その頬の古傷を獰猛に歪めて笑った。
「……いいだろう。三十年地を這い回ってきたんだ。一度くらい、そっちの派手な戦い方に付き合ってやるさ、頭目!」
こうして、解放戦線にとって初となる「進撃」の幕が上がった。
伯爵領の平原に展開していた領主軍の本陣は、さながら平穏なキャンプ場のようだった。
兵士たちは火を囲んで談笑し、魔導士たちは優雅に茶を啜っている。山奥に潜む「虫けらども」が、まさか自分たちに向かって進軍してくるなど、微塵も考えていなかったのだ。彼らが警戒していたのは、せいぜい他の領地からの不意打ちだった。
その油断を、空からの雷鳴が引き裂いた。
「――何だ、あの音は!?」
見上げた兵士の視界に、朝日を切り裂いて突撃してくる一条の銀光が映る。戦闘機形態の〈ヴァルキュリア〉だ。
音速を超えた鋼鉄の塊が、高度数百メートルの低空を通過する。それだけで、凄まじい衝撃波が地表を襲った。並べられた天幕が一瞬で吹き飛び、整列しかけていた兵士たちが木の葉のように転がっていく。
「敵襲! 敵襲――」
悲鳴が響き渡る中、玲は冷酷に操縦桿を引いた。
「ノルン、マルチロック。狙うのは指揮官クラスと魔導士のみだ。一般兵は散らせ」
『了解。ターゲット捕捉。二十四基の熱源をロックオン』
主翼の下から、無数の対地ミサイルが白煙を引いて放たれた。それはまるで、意思を持つ光の矢のように正確に走り、魔導士たちの集まる一画と、豪華な総大将の天幕へと着弾した。
轟音と爆炎。
魔法による障壁を展開する暇さえなかった。強力な軍事用近代兵器の前では、生身の人間が紡ぐ詠唱など、あまりにも遅すぎる。炎の壁を背に、人型へと変形した〈ヴァルキュリア〉が、地響きを立てて本陣の中心に降り立った。
三十ミリ機関砲の銃口が、生き残った魔導士たちに突きつけられる。
「武器を捨てて走る奴は追わねえ!」
外部スピーカーから、玲の冷徹な声が轟く。
「ただし、杖を掲げる奴、剣を抜く奴は、一粒残らず灰にする。――選べ」
その圧倒的な質量と、瞬時に本陣を壊滅させた破壊力を前に、兵士たちの戦意は一瞬で消滅した。一人、また一人と武器が地に落ち、やがて二千の軍勢は、蜘蛛の子を散らすように四方へと潰走していった。
わずか数分。領主軍本隊は、交戦と呼べる形にすら至らず、完全に霧散した。
「次だ。ノルン、速度を上げるぞ。城に報せが届く前に、退路を塞ぐ」
『了解。戦闘機形態へ移行。領主城まで、想定飛行時間――二分四十秒』
ギガント級のエンジンが咆哮を上げ、〈ヴァルキュリア〉は再び天へと駆け上がった。目指すは、この地方の支配の象徴であるバルトロ城。
その頃、城の玉座の間では、グラハム伯爵が財産を荷馬車に詰め込ませる命令を下していた。本陣が襲撃されたという「信じがたい一報」が、潰走した早馬によって辛うじて届いたのだ。
「馬鹿な……二千の軍勢が、たった一機の『鋼の悪魔』に全滅させられただと!? おのれ、一度王都へ退き、本国の大魔導兵団を動員せねば……!」
高価な宝石や金貨をかき集め、裏門から脱出しようとするグラハム。彼には、民を置いて自分だけが生き延びるという、貴族特有の卑劣な計算があった。
だが、その計算は、城門を直撃した質量兵器によって粉砕された。
ズウウウン!!
凄まじい質量が、城の裏庭に直接降り立ったのだ。衝撃で地面が爆ぜ、伯爵の乗ろうとしていた豪華な馬車が横転する。金貨が虚しく石畳に散らばった。
煙の中から現れたのは、朝日を背負った銀色の巨躯。
「どこへ行く、伯爵」
コックピットから外部スピーカーを通じて、玲の声が降る。
「逃げる暇なんて、与えるわけねえだろ。てめえらが安全な場所から命令を下す時間は、もう終わりだ」
「ひっ……! ま、魔導士、何をしている! あれを、あの悪魔を焼き払え!!」
城壁に残っていた数名の魔導士が、必死の形相で杖を突き出し、雷撃の魔法を放つ。青白い電光が〈ヴァルキュリア〉の胸部に直撃したが、特殊装甲の表面で青い火花を散らすだけで、機体には傷一つ付かない。
「壁を越えられねえのは、どっちだって、前にも言ったはずだ」
ヴァルキュリアの巨大なマニピュレーターが、魔導士たちの立つ防壁の銃座を、掴みかかるようにしてへし折った。崩落する石材。魔導士たちは悲鳴を上げて転げ落ち、もはや立ち上がる気力すら失っていた。
玲は機体を一歩進め、地面に這いつくばるグラハム伯爵の眼前に、その巨大な鋼鉄の足先を静かに置いた。
ほんの少し体重をかけるだけで、その傲慢な肉体は消し飛ぶ。その事実を、伯爵の身体は本能で理解していた。
「……た、助けてくれ……! 何でもやる! この領地の富も、地位も、お前に譲る! だから、命だけは……っ!」
「その言葉、聞き飽きたよ」
玲はコックピットの中で、冷たく吐き捨てた。
「お前らが踏みつけてきた連中はな、その命乞いをする権利さえ与えられずに死んでいったんだ。お前も、あの王子と同じだ。ただの、臆病な権力者だ」
玲は引き金を引かなかった。だが、その代わりに、機体の足で伯爵の目の前の石畳を踏み砕き、彼から完全に逃亡の意志を奪い去った。
数時間後、バルトロ城には、息を切らせたジーナ率いる解放戦線の本隊が到着していた。
彼女たちが目にしたのは、すでに戦闘が終わり、城門の前に武器を奪われて整列させられた領主軍の生き残りと、瓦礫の中にへたり込んでいるグラハム伯爵の姿だった。
城の最も高い尖塔に翻っていた伯爵家の紋章旗は、〈ヴァルキュリア〉の手によって引きちぎられ、地に落ちていた。
「嘘だろ……本当に、たった一機で城を落としちまったのかい……」
ジーナは呆然と城を見上げ、それから、コックピットから降りてきた玲の元へ歩み寄った。
「頭目。あんたって奴は、本当に規格外だ。これで……この地方一帯は、完全に私たちのものだ。三十年間、夢にまで見た『解放』が、こんなにあっさりと……」
「喜ぶのはまだ早い、ジーナ」
玲は首を横に振った。
「城を壊すのは一瞬だ。だが、ここからが本番だ。この地方に住む数万の民の腹を満たし、新しいルールを作り、統治しなきゃならない。そして――」
玲は、はるか遠くの、王都がある方角の空を見つめた。
「地方の領主が一人、レジスタンスに首をすげ替えられたんだ。中央の国が、これを黙って見過ごすはずがねえ。近いうちに、本物の『軍隊』が来るぞ」
ジーナは表情を引き締め、深く頷いた。
「わかってるさ。だが、今の私たちには、飢えのない兵士たちと、この頑丈な城がある。何より――魔法を撃ち落とせる『鋼の頭目』がついてるんだ」
ジーナは腰の剣を抜き、それを高く掲げた。
「これより、バルトロ地方は我ら『解放戦線』の統治下に置く! 今日から、誰も不当に踏みつけられることはない! 自分たちの足で立ち、自分たちの街を作ろう!」
背後に控えていた四百人の、そして街から様子を窺っていた領民たちの間から、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
それは、この異世界において、持たざる者が初めて支配の鎖を断ち切った、歴史的な瞬間だった。
その夜、バルトロ城の執務室で、玲は一人、窓外の夜景を眺めていた。
城下町には、かつての暗がりはなく、〈補給市〉から提供された灯火があちこちで明るく輝いている。人々が怯えることなく夜を過ごしている息遣いが、ここまで聞こえてくるようだった。
『パイロット。今回の地方制圧に伴い、〈補給市〉に莫大な撃破点数、および地域解放ボーナスが加算されました』
ノルンの声が、暗い部屋に響く。
『現在、点数は実質的に無限。これにより、武器弾薬の補充だけでなく、この地方全域を賄う規模のインフラ資材、農業プラント、医療物資の購入が可能です』
「至れり尽くせりだな」玲は自嘲気味に笑った。「戦えば戦うほど、国が豊かになる。まるで、俺に『もっと戦争をしろ』と促しているようだ」
『……否定できません。このインターフェースの背後にある知性は、明らかにあなたを特定の方向へ誘導しています』
「わかってる」
玲は、右手の甲の契約紋を見つめた。セオドールの刻んだ呪いは消えかけているが、〈補給市〉との繋がりは、むしろ強固になっているように感じられる。
「この世界のガラクタを買い取り、俺たちの世界の兵器を売りつける。……この取引の終着点に、何が待っているのか」
玲は窓ガラスに手を当てた。
「だが、もう引き返せねえよ。俺は前に進む。この国を完全に獲るまで、相棒と共に走り抜けるだけだ」
革命の第一歩は、ここに刻まれた。
ひとつの地方を版図に収めた「鋼の頭目」の噂は、やがて、この世界のすべての大国を揺るがす大嵐へと変わっていく。
だが、玲はまだ知らなかった。
アシュフォード王国の背後にいる、真の支配者たちが、すでにその重い腰を上げつつあることを。




