第十四章 直球の告白
翌朝、玲とジーナは旅外套を深く羽織り、村の小高い丘の上に建つローウェル男爵の屋敷へと向かった。
「城」と呼ぶにはあまりにも慎ましく、随所に木材での補修跡が見えるその屋敷には、門番の騎士すら立っていなかった。代わりに、庭木の手入れをしていた近所の老人が「アレン様なら奥の執務室にいらっしゃるよ」と、朗らかな笑顔で案内してくれた。警備の概念が文字通り存在しない、平和すぎる場所だった。
「どうぞ、入ってください。遠方からの旅人の方とお聞きしました。大したおもてなしはできませんが」
執務室の古い扉を開けると、そこには継ぎ当てだらけの上着を着た若い男爵、アレン・ローウェルが立っていた。
アレンは二人を警戒するどころか、自ら進んで木製の椅子を引き、年季の入った陶器の器に薄いハーブティーを淹れて差し出してくれた。
「山を越えるのは大変だったでしょう。この領地は見ての通り何もありませんが、水と空気だけは美味しいんです」
アレンの屈託のない笑顔と、その澄んだ瞳。
目の前の青年から溢れ出る圧倒的な「善人オーラ」に、百戦錬磨のゲリラであるジーナさえも、調子を狂わされたように苦笑いを浮かべた。
「……丁寧な歓迎、感謝する。男爵」
玲はハーブティーを一口すすり、静かに器を置いた。世間話はここまでだ。彼は本題に入るべく、意識して背筋を伸ばし、旅人の皮を脱ぎ捨てた。
「ここへ来る途中、村の連中からあんたの評判を聞いた。借金まみれになりながらも、民に飯を食わせ、薬を買い与えているそうだな。貴族の風上にも置けないほど、いい領主だ」
「はは、恥ずかしいな。父の遺言を守っているだけですよ。僕の代でローウェル家が潰れなければいいのですが……」
アレンは照れくさそうに頭を掻いた。そんな青年に向かって、玲は極めて低い、戦場の温度を宿した声で告げた。
「ところで、男爵。最近、中央や他領を騒がせている噂を聞いたか? 飛竜の群れを墜とし、あのグラハム伯爵の二千の軍勢を一日で踏み潰して『バルトロ解放区』を作った、使い魔の反逆者の話を」
アレンの動きが、ピタリと止まった。
「ええ……もちろん知っています。王国を揺るがしている『鋼の悪魔』、神崎玲という恐ろしい反逆者のことですよね? 遠い世界の話ですが、僕のような弱小貴族の間でも、その噂でもちきりです」
「そうか。――そいつが、俺だ」
玲は外套のフードを外し、アレンの目をまっすぐに見据えた。
隣でジーナが、懐からバルトロ城の印章が入った高級な羊皮紙を取り出し、机の上に静かに提示する。
「な……え……っ!?」
アレンの顔から、一瞬で血の気が引いた。額から一筋の冷や汗が流れ落ちる。
目の前にいる冴えない旅人が、国中を恐怖と熱狂に陥れている、あの「鋼の頭目」本人。信じがたい現実に、アレンの身体はガタガタと震え始めた。
「お、お願いです、命だけは……っ!」
アレンは椅子から転げ落ちるようにして後ずさり、両手を差し出した。
「うちの領地には、あなた方が奪えるような金目のものは何一つありません! 領民たちも飢えを凌ぐのが精一杯です! 僕の首ならいくらでも差し出します、だから、どうか民には手を出さないでくれ……!」
恐怖に怯えながらも、真っ先に「民の安全」を乞う男。
その姿を見て、玲の確信はより強固なものになった。
「勘違いするな、男爵。あんたの命を奪いに来たわけじゃない。むしろ逆だ」
玲は椅子から立ち上がり、床に膝をつきかけているアレンの前に歩み寄った。そして、一切の躊躇なく、極めて直球の言葉を突きつけた。
「アレン・ローウェル。あんたを、この王国の『まことの王』として、俺たちの神輿に担ぎたい」
「……は?」
アレンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、涙目のまま固まった。
「現在の王家や中央の公爵どもは、三百年前の政変で直系を簒奪した偽物の娘筋だ。お前たちローウェル家こそが、歴史の闇に追いやられた本来の『長男筋』、正統な王位継承者なんだよ。俺たち革命軍千二百人、そして十一機の鋼鉄の巨人は、あんたを本物の玉座へ押し上げるために動く。民のため、この歪んだ国家をぶっ壊すために、俺たちの旗印になってくれ」
嵐のような玲の言葉。
あまりにもスケールが大きすぎる、そして突拍子もない告白を前に、アレンはただただ口を開けたまま立ち尽くした。
「あの……ええと……王? 僕が……?」
アレンは自分の継ぎ当てだらけの服を見下ろし、それから玲とジーナの顔を交互に見た。
「すみません、おっしゃっていることの意味が、さっぱり分かりません。 僕はただの、貧乏男爵ですが……?」
世界の命運を握る「革命の頭目」と、何も知らぬ「辺境の聖者」。
対極にいる二人の奇妙な交渉が、このボロ屋敷の片隅で、本格的に幕を開けようとしていた。




