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第十三章 旅人の探訪

「ノルン、光学迷彩(ステルスモード)を起動。当機はそのまま高度八千を維持し、俺たちの移動に同調しろ」


『了解。ステルスモード展開。大気との摩擦熱および電磁波、光学的な輪郭を完全に隠蔽します。現在のエネルギー消費効率から、隠密随伴は百二十時間の継続が可能です』


バルトロ城を飛び立った戦闘機形態の〈ヴァルキュリア〉が、空中でその輪郭をかき消した。ただの青空にしか見えない空間を、玲の相棒は音もなく滑るように飛行していく。


地上では、玲を先頭に、ジーナら数名のレジスタンス幹部が馬を駆っていた。

全員、きらびやかなバルトロの装備や武器は城に置いてきている。泥にまみれた旅外套を羽織り、使い古された革の鞄を提げたその姿は、どこからどう見ても、食い詰めて隣領から流れてきた「流れの行商人」か「冴えない旅人」の集団だった。


「それにしても、とんでもない山奥だねえ」


馬の手綱を握りながら、ジーナが険しい岩山を見上げてぼやいた。


「中央の追っ手を欺くには格好の場所だが、これじゃあ物資の流通もへったくれもない。グラハムの領地とは大違いだ」


「だからこそ、歴史の闇に埋もれさせるには好都合だったんだろう」


玲は視線を落とし、丸めた背中で馬を進めた。第四章で地を這う者の歩き方を学んだ彼にとって、旅人のふりをして雑踏に紛れるのは、もう柄ではないとはいえ慣れたものだった。


数日間の行軍の末、彼らはようやく、目的のローウェル男爵領の小さな集落へとたどり着いた。



集落は、玲が以前に見た隠れ里よりは幾分かマシだったが、アシュフォード王国の基準から見れば、お世辞にも豊かとは言えなかった。

立ち並ぶのは古びた木造の家屋ばかりで、通りを行き交う領民たちの服も継ぎ当てだらけだ。


だが、玲はある「違和感」に気づいた。


「……妙だな」


「何がだい、頭目?」ジーナが声を潜める。


「ここの連中、誰も『うつむいて』歩いてない」


玲の指摘に、ジーナはハッとして周囲を見渡した。

確かに領民たちの暮らしは貧しそうだったが、その目は死んでいなかった。通りですれ違う者たちは互いに明るく挨拶を交わし、子供たちは笑いながら泥んこになって走り回っている。王都の城下町やグラハムの領地に満ちていた、あのジトジトとした「搾取される者の絶望」が、この山奥の村には不思議なほど存在しなかった。


玲たちは、村に一軒だけある、看板の傾いた寂れた宿屋に部屋を取った。

一階の食堂を兼ねた薄暗い酒場で、最も安いエールと、干からびた芋の塩煮を注文し、玲は世間話のふりをして、店を切り盛りする老店主に話しかけた。


「へえ、他所からのお客さんかい。こんな山奥に珍しいねえ」


老店主は、玲が差し出した数枚の銅貨を嬉しそうに受け取り、旅人の小皿に芋を多めに盛ってくれた。



「少し立ち寄っただけなんだが、静かでいい村だな。だが、お上の取り立てが厳しくて苦労してるんじゃないか? 他の領地じゃ、どこも9公1民で首が回らないって聞いたが」


玲が探るように水を向けると、老店主はシワだらけの顔を歪めて、困ったように、だがどこか誇らしげに笑った。


「ああ、他所は大変みたいだねえ。だが、うちの領地は違うんだ。現当主のアレン様も、亡くなった先代様も、本当に馬鹿が付くほどお人好しでねえ。取り立てどころか、去年うちの畑が冷害で全滅しかけた時は、城の蔵から種籾や食料をタダ同然で分けてくれたんだよ」


「へえ、貴族様が民に施しをねえ」ジーナがわざとらしく、冷やかすような口調で言った。「そりゃあ優しいこったが、そんなことをしてたら、男爵家自体の暮らしが立ち行かなくなるんじゃないかい?」


「全くその通りなんだよ!」


老店主は身を乗り出し、声を潜めて言った。


「おかげでローウェル家は借金まみれさ。アレン様がま乗っていらっしゃるお洋服なんて、俺たちの服より継ぎ当てが多い。毎日、薄いスープと硬いパンばかり召し上がっているって、城の手伝いに行ってる娘が泣いてたよ。領民を家族だと思えっていう、先代の遺言を頑なに守っていらっしゃるんだ。本当に……俺たちにはもったいないくらい、いい性格の領主様だよ」


酒場の隅にいた他の常連の男たちも、店主の言葉に深く頷いた。


「そうだ、アレン様はなぁ、俺たちに税を払えって言う代わりに『今月はみんなの腹が満ちたか?』って心配してくれるんだ」

「この前も、隣の村で病人が出たとき、わざわざ町から高い薬を借金してまで買ってこさせて……。おかげで俺たちは生きていられるが、男爵家の家計はもうボロボロさ。みんなで少しでも恩返しがしたくて、頼まれてもいないのに城の屋根の修理を手伝いに行ったりしてるんだがねえ」


領民たちは、口々に自分の領主の「優しさ」と「貧乏ぶり」を、心配そうに、そして心からの親愛を込めて語り合った。



その夜、宿の狭い部屋に戻った玲とジーナは、窓の外の静かな村を見つめていた。


「……信じられないね」


ジーナが呆れたように、だがどこか感極まったような声で呟いた。


「この世界に、本当にあんな貴族がいたなんてさ。自分の飯を削って、借金までして民を育てるなんて、貴族どころか聖者様かい。道理で、ここの領民たちの目が死んでいないわけだ」


「ああ。これ以上ないくらい、綺麗すぎる神輿だな」


玲は腕を組み、静かに目を細めた。


「中央の偽物の王や公爵どもは、己の見栄と保身のために民を虫けらのように踏みつぶし、リルを殺した。だが、このアレン・ローウェルという男は、その真逆だ。力もない、地位もない、金もない。だが、民を守るという一点において、この国の誰よりも『王』にふさわしい資質を持っている」


自らが王の座を奪えば、それはただの「鋼鉄による軍事政権」にすぎない。だが、これほど領民に愛され、かつ正統な血統を持つ青年を旗印に掲げれば、それは現体制の不条理を根底から糾弾する、揺るぎない「正義の革命」となる。


「担ぎ甲斐がある。あの男なら、俺たちが命を懸けて玉座へ押し上げる価値がある」


玲の目に、冷徹な戦略家の光と、かつてない確信の炎が宿った。


『パイロット。ローウェル男爵の現在のバイタル、および屋敷の防衛状況をスキャンしました』

耳元で、ノルンが淡々と報告を告げる。

『男爵家には、警備の騎士すら一人も存在しません。現在、男爵は執務室で、内職と思われる木工細工をしながら、夜遅くまで帳簿とにらめっこをしています。接触のハードルは極めて低いです。』


「よし。明日の朝、旅人の皮を脱ぐぞ」


玲は窓を閉め、静かに言い放った。


「アレン・ローウェルに会いに行く。彼自身さえ知らない、本物の『王の証明』を突きつけにな」

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