第十一章 正統の血脈
「ただ王都へ突っ込むのは二流のやることだ」
バルトロ城の作戦室で、玲は集まった各組織の首領たちを前に、冷徹なトーンで言い放った。
全土から集結した千二百人のレジスタンスたちは、今すぐにでも「鋼の悪魔」と共に王都へ進軍し、腐った貴族どもを叩き潰す気でいたため、玲の言葉に意外そうな顔をした。
「どういうことだい、頭目」ジーナが眉をひそめる。「今の私たちには、あんたがくれた無限の物資と、空を守る十機のフギンがある。この勢いのまま中央へ攻め上れば、王国の軍勢だって一溜まりもないはずさ」
「武力だけで奪った玉座は、次の武力によって容易く覆る」
玲は腕を組み、壁に投影された王国の広域地図を睨み据えた。
「俺たちがただ王都を力で蹂躙すれば、民にとっては『新しい、さらに強大な悪魔が玉座に座った』だけに過ぎない。おまけに、外敵の侵入を恐れた地方の貴族どもが、中央を救うために結束する大義名分を与えてしまう。俺たちが欲しいのは、ただの破壊じゃない。この国を踏みつける構造そのものの組み換えだ」
そのためには、銃や鋼鉄よりも強固な「政治的大義名分」が必要だった。
「お前たち全土のレジスタンスが持つ情報網と、泥にまみれて手に入れた裏の噂、それから中央の図書館や教会に眠る古い記録をすべてかき集めろ。王都の貴族どもの血縁、歴史、過去の裏切り――奴らの足元に、入り込める『致命的な穴』がないか、徹底的に洗い出すんだ」
玲の命令は即座に実行された。新しく構築されたレジスタンスの巨大な連絡網が稼働し、アシュフォード王国の数百年にわたる歴史の闇が、バルトロ城へと集約され始めた。
数日後、膨大な古文書の記述や家系図の断片、そして旧時代のスキャンダルを統合し、解析したのは支援AIのノルンだった。
コックピットの中で、ホログラムディスプレイを見つめていた玲の前に、一本の巨大な家系の系図が描き出される。複雑に絡み合う光の線の要所が、赤く明滅していた。
『パイロット、興味深い、かつ決定的な歴史の歪みを検出しました』
「説明を聞こう」
『現アシュフォード王家、および中央を牛耳る主要な公爵家の大半は、正統な血統ではありません。今から約三百年前、当時の王位継承権を持つ正統な「長男筋(直系)」が、宮廷陰謀と暗殺によって歴史の表舞台から排斥されています』
ノルンの映し出した系図の直系が途絶え、別の横線が無理やり太くなっている。
『現在、至高の魔法の血統を称している現王家は、その三百年前の政変の際、他家から婿を迎え入れて直系を乗っ取った「娘筋(傍系)」の末裔です。現体制の権威の根底は、過去の凄惨な簒奪の上に成り立っています』
玲の目が、鋭く細められた。
「なるほどな。神聖にして侵すべからざる魔法の血脈、なんてのは、ただの嘘っぱちのメッキだったわけだ。……で、その時追い落とされた本来の『長男筋』はどうなった?」
『徹底的に追跡したところ、彼らは暗殺の手を逃れるために姓を変え、中央からもっとも遠い辺境へと落ち延びていました。驚くべきことに――彼らは今も、細々と生き残っています』
その名前を見た瞬間、玲は小さく息を呑んだ。
第四章で、城下町の薄汚れた酒場を調べた際、民の愚痴の中に混ざっていた「民に優しいが、力も権力もない弱小貴族」の家名が、まさにそこに記されていたのだ。
現体制の苛烈な搾取に反対し、民を庇おうとして、中央の巨大な公爵筋から肩身の狭い思いをさせられている、一番小さな貴族の家。それこそが、この国の本来の主である「正統な直系の血脈」だった。
「これだ」
玲は操縦桿を軽く叩き、不敵に笑った。
「パズルが完全に噛み合ったぞ、ノルン。俺たちがただの反逆者ではなく、この国の歪んだ歴史を正す『正義の軍勢』になるための、最高の御輿が見つかった」
玲はすぐさまジーナたち幹部を招集し、解析された事実を突きつけた。
三百年前の真実と、自分たちが「虫けらのように優しい」と侮っていた弱小貴族が本物の王の血を引いているという事実に、作戦室は水を打ったように静まり返った。
「信じられないね……」ジーナが呆然と呟く。「今の王家が乗っ取りの偽物で、あの貧乏貴族のローウェル家が、本当の長男筋だって言うのかい……?」
「歴史なんてものは、勝者がいくらでも書き換える。だが、血の事実は残る」
玲は立ち上がり、地図の一点を指差した。
「俺たちが王都へ進軍する前に、このローウェル家に接触する。自らが新たな支配者になるつもりはないが、彼らを『正統な旗印』として担ぎ上げ、現体制の不当性を世界に告発する。そうすれば、中央の貴族たちの中からも、大義名分を失って離反する奴らが必ず現れる」
武力による殲滅ではなく、敵の権威そのものを根底から解体する戦略。
十年間の終わりなき泥沼の戦争を経験してきた玲だからこそ、単なる殺戮が無意味であることを誰よりも知っていた。
「ただの暴動を、国家の正統性を賭けた『革命』に引き上げるんだ。ジーナ、すぐに動ける優秀な使節を選べ。俺自身も動く」
「分かったよ、頭目。いや――本当にあんたって男は、どこまで遠くを見据えて戦っているんだ。各地から集まったレジスタンスの首領たちが、またあんたの高徳さに涙を流すよ」
「だから、俺はただの飛行機乗りだと言っている」
玲は肩をすくめると、バルトロ城を包む静かな夜空を見上げた。
国境を守る十機のフギンが、静かにエンジン音を響かせて巡回している。
牙は揃い、盾は固まり、そして今、揺るぎない「大義の旗」を手に入れるための道が見えた。
人類最後のエースパイロットが仕掛ける、アシュフォード王国を丸ごとひっくり返すための大規模な「外交(外交戦略)」が静かに動き出そうとしていた。




