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第十章 大いなる合流

「アシュフォード王国全土のレジスタンスを、一つにまとめる」


バルトロ城の円卓会議室。玲が放ったその言葉に、行政組織の整備に追われていたジーナは、ペンを止めて怪訝そうな顔を向けた。


「全土の、だって? 頭目、言いたいことはわかるがね、各地のレジスタンスってのは基本的に縄張り意識が強いんだ。出自も違えば、掲げている思想も違う。それを一つにするなんて、並大抵のことじゃないよ」


「思想や縄張りで腹が膨れるか?」


玲は腕を組み、冷淡に言い放った。


「いまのバルトロ地方は〈フギン〉の群れで絶対不可侵の盾を作っている。だが、これは一時的な局地戦の優位にすぎない。王国が他国と手を結ぶか、あるいは総力を挙げて長期的な包渇戦に持ち込んできたら、いずれ社会の循環が滞る。国を変えるなら、点ではなく面で制圧しなければ意味がないんだ」


玲にとっては、十年間の戦場で叩き込まれた、極めて合理的な「戦力の最適化」の思考だった。バラバラに点在するゲリラは各個撃破される運命にある。ならば、一つの巨大な軍隊へと統合(リクルート)するしかなかった。


「ジーナ。お前たち解放戦線のネットワークを使って、各地のレジスタンス団体に接触しろ。そして、俺の軍門に降るよう勧誘(スカウト)してくるんだ」


「簡単に言ってくれるねえ。あいつらはプライドだけは一丁前だ。言葉だけで『はいそうですか』と頭を下げるような連中じゃないさ」


「言葉だけで行くわけないだろ。――これを持って行け」


玲が手元の操作パネルをタップすると、会議室の床に、凄まじい量の木箱が虚空からドサドサと出現した。箱の隙間から溢れているのは、上質な小麦粉の袋、乾燥肉、見たこともないほど精巧な医療品、そして冬を越せる頑丈な毛織の衣服だった。


「これは……!」


「交渉の席には、まず誠意(インフラ)を置くのが鉄則だ。飢えて凍えている連中に、バルトロ地方の『1公9民』の現実と、この物資を見せてやれ。選ぶ権利は向こうにある。だが、まともな指揮官なら、どちらが生き残れるか一瞬で理解するはずだ」


ジーナはその物資の山を見つめ、やがて不敵な笑みを漏らした。


「なるほどね。……いいよ、その『採用活動』、私たちが一肌脱いでやろうじゃないか」



数日後、ジーナをはじめとするバルトロの使節団は、王国の各地へと散っていった。

彼女たちが向かったのは、深い森の奥、険しい岩山の洞窟、あるいは泥にまみれた貧民街の地下。そこには、貴族の魔法に敗れ、飢えと絶望の中で明日の死を待つだけの、無数のレジスタンスたちが潜んでいた。


東方の山岳地帯を拠点とするレジスタンス『鉄の系譜』の隠れ家。

ボロ切れをまとった首領の男は、ジーナが持ち込んできた大量の食料や美しい衣服を前に、目を血走らせていた。


「ジーナ、正気か……!? こんな贅沢な物資、どこから盗み出してきた! グラハムの城を落としたというのは本当だったのか!」


「盗んだんじゃないさ」ジーナは胸を張り、誇らしげに言った。「これは、私たちの新しい頭目――神崎玲様が、自らの力で生み出し、お前たちに分け与えてくれた『福音』だよ」


ジーナは、バルトロ地方で起きている「奇跡」を語った。

空を舞う鋼鉄の守護者たちが貴族の軍勢を寄せ付けないこと。そして、何よりも税率が『1公9民』となり、すべての民が腹一杯にパンを食べて笑っているという現実を。


「そんな……そんな夢のような場所が、本当にあるのか……? その『玲』という男は、いったい何者なんだ。新しい王にでもなるつもりか?」


その問いに、ジーナの目が熱を帯びた。ここからが、玲の預かり知らぬ「彼女たちの仕事」だった。


「いいかい、私たちの頭目はね、玉座なんてものには目もくれない。圧倒的な魔法を撃ち落とす『神の如き力』を持ちながら、自分を領主と呼ばせることすら嫌う御方さ。あの方はね、ただ踏みつけられる私たちを救うためだけに、その天をも裂く鋼鉄の身体を盾にして、一番危険な最前線に立ち続けてくれているんだ。あんなに徳が高く、民を慈しむお方は、この世界の歴史のどこを探したっていやしない!」


「おお……」


他領のレジスタンスたちは、ジーナたちの熱弁を聞き、差し出された温かいスープを啜りながら、ボロボロと涙を流した。

魔法という絶対的な暴力に怯え、誰からも顧みられずに死んでいくはずだった自分たちに、手を差し伸べてくれた偉大な存在。


「そのお方は、俺たちのような虫けらも……受け入れてくれるのか?」


「当然さ。頭目は『自分の意志で戦う兵士が欲しい』と言っている。鎖を引きちぎりたいなら、バルトロ城へ来な。あのお方が、お前たちの牙になってくれる」


噂は噂を呼び、ジーナたちの「高徳な頭目」の宣伝は、絶望の淵にいた戦士たちの心に、燎原の火の如く燃え広がっていった。



それから半月後。バルトロ城の大広間は、異様な熱気に包まれていた。


「……おい、ノルン。何だこれは。俺は『戦力の統合に関する進捗報告』を求めたはずだが」


コックピットから降り、普段着のジャケット姿で上座の椅子に座る玲は、引きつった顔で耳元の通信機に囁いた。


『解析を試みます。……現在、大広間には王国全土から集結した大小合わせて三十二のレジスタンス団体の首領、およびその精鋭、計千二百名がひしめき合っています。彼らのバイタルデータは、一様に極めて高い興奮状態を示しています』


広場を埋め尽くす男たち、女たちは、みな一様に、玲を神聖な救世主か何かを見るような、熱狂的で、どこか信仰に似た眼差しで見上げていた。


その先頭に立つのは、ジーナだ。彼女は満足げな顔で一歩進み出ると、大広間に響き渡る声で告げた。


「頭目! 王国全土で足掻いていたすべての仲間を連れてきたよ! みんな、あんたの徳の高さと、バルトロの慈悲深さに魂を救われた連中さ。さあ、みんな! 私たちのまことの頭目に、忠誠を!」


その合図とともに、千二百人の戦士たちが、一斉にドサリと床に片膝をついた。

ジャラジャラと、武器が床に置かれる音が響く。


「『鉄の系譜』、首領ハル、以下三百名! 鋼の救世主、神崎玲様に不退転の忠誠を誓います! あなたの旗の下でなら、この命、いつでも喜んで捧げましょう!」

「『緑の風』、首領エマ! あなたの慈悲深き御名のために、我らの弓を捧げます!」


次々と響き渡る、地を揺るがすような忠誠の誓い。


「待て、お前たち、勘違いするな」

玲は思わず頭を抱え、立ち上がった。

「俺はただ、戦略的な合理性に基づいて、お前たちの武力を一本化しようと提案しただけだ! 命を捧げる必要なんてない、自分のために生きろと言ったはず――」


「おお……なんと深いお言葉だ……」

「己の戦果を誇らず、どこまでも俺たちの自主性を重んじてくださるのか……!」

「なんて徳の高い御方だ……! 玲様万歳! 鋼の頭目、万歳!!」


「話を聞け!!」


玲の叫びは、大広間を埋め尽くした千二百人の熱狂的な歓声にかき消された。

隣でジーナが、「ね? 言っただろ」と悪戯っぽくウィンクしている。


玲は盛大にため息をついた。自分の全く知らないところで、自分が「聖人君子」に祭り上げられている。不本意極まりなかったが、集まった彼らの目に宿る光は、あの地下牢で死んでいったリルが、最後に空を見上げた時の輝きと同じものだった。


操縦桿しか握ってこなかった男の肩に、いまや王国全土の「持たざる者」たちの運命が、ずっしりと乗っかっていた。



何はともあれ、これでピースは揃った。


バルトロ地方という絶対不可侵の拠点を中心に、王国全土に張り巡らされたレジスタンスの情報網と、自発的に集まった千二百人の精鋭。そして、それを支える〈補給市〉の無限の物資と、十一機の鋼鉄の巨人。


もはや、一地方の暴動ではない。

アシュフォード王国という一つの国家を、根底から覆すための「革命軍」が、ここに誕生したのだ。


「……使い倒してやるって言ったのは、俺の方だからな」


玲は静かに拳を握りしめ、熱狂する戦士たちを見据えた。彼らの目は、もう地を這う者のそれではない。空を見上げる者の目だ。


「いいだろう。これより、俺たちは一つの軍隊だ。てめえらを踏みつけてきた奴らに、逆から踏み潰される恐怖を教えてやる。――次の標的は、王都だ」


「「「おおおおおおお!!!」」」


異世界に鳴り響く、反逆者たちの咆哮。

人類最後のエースパイロットが率いる鋼鉄の軍勢が、ついに王国中央へと、その牙を向けようとしていた。

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