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第20話 王都からの横やり

第20話 王都からの横やり


初夏の風が吹いていた。


裏山自治領の果樹並木ではオリーブの葉が銀色に揺れ、ジューンベリーの実が赤く色づき始めている。


市場には朝から人が溢れていた。


焼きたてのパン。


香ばしいベーコン。


採れたてのトマト。


果物の香り。


子供達の笑い声。


旅人達の話し声。


どこを見ても活気があった。


その朝。


アニエスは果樹園にいた。


淡い黄色のブラウス。


紺色の作業ズボン。


首には汗拭き用のタオル。


領主というより農家である。


「今年も豊作かな」


イチジクの実を眺めながら微笑む。


その時だった。


遠くから馬車の音が聞こえた。


ごとごと。


ごとごと。


石畳を走る重たい音。


「誰か来た」


アニエスが振り返る。


馬車は三台。


しかも豪華だった。


王都の紋章が描かれている。


嫌な予感しかしない。


案の定だった。


昼前。


商会本館の応接室。


王都から来た役人達がふんぞり返って座っている。


立派な黒い礼服。


金の刺繍。


高価そうな靴。


しかし目だけは妙にぎらついていた。


「素晴らしい発展ですな」


先頭の男が笑う。


笑顔なのに嫌な感じがする。


アニエスは紅茶を飲みながら首を傾げた。


「ありがとうございます」


「実に素晴らしい」


「どうも」


「そこで提案があります」


来た。


ギルバートは内心でため息をついた。


こういう時の提案は大体ろくでもない。


男は書類を広げる。


「自治領の利益の三割を王都へ納めていただきたい」


静かになった。


窓の外では鳥が鳴いている。


アニエスは聞き返した。


「三割?」


「はい」


「なんで?」


男は当然という顔をする。


「王国だからです」


「でも税金払ってるよ?」


「それとは別です」


「どうして?」


「発展しているからです」


意味が分からなかった。


アニエスは本気で困った顔になる。


「発展したら取られるの?」


男は笑った。


「国のためです」


その瞬間。


ギルバートの額に青筋が浮いた。


だがアニエスはまだ怒っていない。


純粋に疑問だった。


「王都は困ってるの?」


男達は顔を見合わせる。


図星だった。


王都は慢性的な財政難。


無駄遣い。


汚職。


赤字。


何年も続いている。


そして今。


豊かな裏山自治領を見て目を付けたのだ。


「とにかく払っていただきます」


男は強気だった。


ところが。


その時。


部屋の隅に座っていた会計担当が静かに立ち上がった。


眼鏡をかけた痩せた男だ。


普段は目立たない。


だが帳簿になると別人だった。


「失礼ですが」


「なんですかな」


「こちらをご覧ください」


大量の書類が机に積まれる。


どさっ。


またどさっ。


さらにどさっ。


役人達の顔色が変わった。


「これは?」


「自治領の収支報告です」


「……」


「納税記録です」


「……」


「契約書です」


「……」


「自治権協定です」


部屋が静かになる。


裏山自治領はずっと帳簿を付けていた。


学校も。


病院も。


道路も。


市場も。


全て記録している。


しかも完璧に。


アニエスは書類仕事が嫌いだった。


だからこそ専門家達が必死に整備したのだ。


会計担当は微笑む。


「法的根拠をお願いします」


役人達が固まった。


「いや、その」


「どの条文でしょうか」


「……」


「どの契約でしょうか」


沈黙。


誰も答えられない。


そもそも無理筋だった。


勢いで金を取ろうとしただけだからだ。


アニエスは小さく手を挙げる。


「質問」


「なんでしょう」


会計担当が答える。


「王都って帳簿あるの?」


役人達が咳き込んだ。


ギルバートが吹き出す。


「ぶはっ」


アニエスは真面目だった。


「あるよね?」


誰も答えない。


夕方。


役人達は帰ることになった。


成果ゼロ。


完全敗北である。


その時だった。


玄関前で。


アニエスが追いかけてきた。


役人達は身構える。


何か言われると思った。


ところが。


アニエスは籠を差し出した。


「お土産」


全員が固まる。


「は?」


「イチジク」


籠には熟した果実が山盛りだった。


甘い香りが漂う。


「あとパンもあるよ」


焼きたてだった。


温かい。


役人達は戸惑う。


ついさっきまで対立していたのだ。


「なぜです?」


年配の役人が聞く。


アニエスは不思議そうな顔をした。


「遠いから」


「え?」


「お腹空くでしょ」


沈黙。


役人達は顔を見合わせる。


なんというか。


調子が狂う。


結局。


彼らはお土産を抱えて帰ることになった。


馬車が去る。


夕焼けが空を赤く染める。


果樹並木を風が吹き抜ける。


「甘いな」


ギルバートが呆れた。


「そう?」


「敵だぞ」


「お腹空いてたよ」


それが理由だった。


ギルバートは頭を抱えた。


だが。


少し笑った。


アニエスらしいと思った。


その頃。


帰りの馬車の中。


年配の役人がイチジクを一口かじった。


甘かった。


驚くほど。


「……美味いな」


誰かが呟く。


誰も反論しなかった。


そして彼らは少しだけ理解する。


なぜ裏山自治領がここまで発展したのか。


人を騙して奪うからではない。


人を大切にするからだ。


夕暮れの裏山自治領では。


アニエスが果樹園を歩いていた。


明日の収穫を考えながら。


来月の祭りを考えながら。


王都の横やりなど、もうほとんど忘れていた。


彼女にとって大事なのは。


目の前の人々の暮らしだったのである。




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