気高き純愛は永遠に6
ロナルドの妻となるなら、死を選ぶ。そして最後の最後まで決して希望は捨てない。アレフレッドがきっと救い出してくれる。
ティアラは反抗的な表情を崩さぬまま、想いを言葉にする。
「私はアレフレッド様を愛しております。この気持ちだけは変わりません」
大きく目を見開いたロナルドの足が、ふらりと一歩後退する。両手で髪の毛を掻き乱した後、焦点のあっていない目をティアラに向けた。
「どうしたらお前は俺に屈する。どうして俺の思い通りに事が運ばない。何がいけないんだ」
縋るように伸ばされたロナルドの両手に、今度はティアラが後ずさった。
体を強張らせながらも、なおも反抗的な態度を取り続けるティアラを苦しげに見つめていたロナルドだったが、急に小さく笑った。
「……あぁ。俺が王になればいいのか。俺のひと言で、ティアラを正妃にだってできる。鎮魂祭などというふざけた催しなんかも取りやめて、俺の結婚報告を兼ねた誕生日の祝いを盛大にできるじゃないか」
「ロナルド様!」と口を挟むも、ティアラの声は耳に入っていないようだった。
頭の中で自分の理想の未来を思い描いているのか、どこかを見つめながらロナルドは表情を明るくさせる。
「それには早く王座を譲ってもらわなくては。嫌がるようななら、力尽くで奪い取ったって良い。父上がいなくなれば、俺が王だ」
「なんてことを。また三年前の悲劇を繰り返すつもりですか」
ほくそ笑んだロナルドに、ティアラはゾクリと体を震わせる。
ロナルドの「おい!」の呼びかけで、すぐに扉ががちゃりと開かれた。
「お呼びでしょうか」と敬礼をしたのはストゥムで追いかけられたあの騎士団長だった。
さっきのロナルドの言葉を伝えて思惑を阻止しなくてはと、ティアラは動き出そうとするも、続いたやり取りで全てが崩れていく。
「そこの侍女を閉じ込めておけ。俺の話を全部聞いてしまったからな。絶対に逃すんじゃない」
「仰せのままに」
騎士団長は疑問を抱いた様子など微塵もないままに敬礼し、そして見下すような視線を向けながら素早くボルメを捕らえた。
「それからラディスを俺の元に呼べ。三年前、あいつの言うことをすっかり信じた俺がバカだったかも知れない。拷問してでも、本当のことを吐かせてやる」
ティアラにとっては目の前が真っ暗になるようなロナルドの新たな要求さえも、騎士団長はすんなり受け入れ、「お嬢様!」と叫ぶボルメを連れて部屋を出て行こうとする。
ティアラも「ボルメ!」と追いかけようとしたが、ロナルドの手に捕らえられ、近付くことすら出来なかった。
目に涙を溜めながら、ティアラはロナルドを睨みつけた。
「お兄様に手出ししないで、ボルメにもです! 傷つけたら絶対に許しません」
「ティアラは余計なことは一切考えず、俺との幸せな未来だけを思い描いていたら良い」
ティアラの怒りの言葉も気に留めず、ロナルドは室内を見回した後、気軽に告げる。
「部屋を変えよう。簡単には逃げ出せない部屋に」
「嫌です!」と必死に抵抗するも為す術なく、ティアラはロナルドによってあっという間に部屋から引きずり出されたのだった。
何もできないまま、時間だけが流れていく。
薄暗い部屋の中、ティアラは椅子に腰掛けたまま、泣き叫びたくなるのをひたすら耐えていた。
城の北側に位置する塔の最上階にあたる部屋の中に閉じ込められてから、もうすぐ一週間が過ぎようとしている。
最初の数日は、ボルメは大丈夫だろうか、兄は酷い目に遭わされていないだろうか、そしてアレフレッドは捕まっていないだろうかと不安に押しつぶされ、ずっと涙を流していた。
扉の向こうには常に騎士団員ふたりが見張りとして立っていて、窓は開けることのできないただの明かり取り。逃げ出すのは無理である。
そして会いにくるのはロナルドただひとり。
イヴォンヌが訪ねてきたらしいが、塔の入り口で門前払いしたと高笑いするロナルドの、「お前には俺しかいないんだ」というひと言に、ティアラは歯を食いしばり、きつく拳を握りしめた。
その時、ティアラはもう泣かないと、こんな男には絶対屈しないと、固く心に誓ったのだった。
首から下げてずっと隠し持っている指輪と、乱れた髪から外した髪飾りを静かに見つめる。
絶対にまた、アレフレッドと会える。助け出してくれる。その想いが、今のティアラを支えていた。
扉の向こうから騒がしい声が聞こえ、ティアラはハッと顔を上げる。
先ほど朝食を終え、そろそろ戸口近くのテーブルに置いた食器を侍女が取りにやって来る頃だが、きっと相手は違うだろう。
ティアラは慌てて戸口に対して背中を向ける。すぐに扉の開錠音が低く鳴り響き、室内にロナルドが入ってきた。
「なんなんだ。本当にどいつもこいつも役立たずばかりだな! どうしてこんなときに限ってラディスを取り逃すようなヘマをするんだ。しかもあの侍女まで消えただなんて、絶対に捕まえろ!」
しっかりと指輪を服の中へと隠してからティアラはゆるりと体を向ける。
ロナルドの意識がまだ自分の背後にいる第二騎士団員長へ向けられていて、指輪にはまったく気付いていない様子に、内心ホッとする。
しかし、聞こえた内容は聞き流すことの出来ないものだった。すかさずティアラは問いかける。
「お兄様がどうかされましたの?」
薄く笑みを浮かべたティアラに、ロナルドはムッと眉根を寄せるも口を開かない。
「お話はできまして?」
続けての問いかけに対しても同様だったため、ラディスに逃げられただけでなく、何も聞き出せなかったことまで知ることができた。
そしてボルメも助け出してくれたのだろう。ロナルドの国王への凶暴な考えをボルメが話せば、アレフレッドの耳にも入り、自分の父親を助けようとなにか手立てを考えるだろう。
暗かった気持ちに一筋の明るい光が差し込んだ気がして、ティアラは小さく息をつき、膝の上にある髪飾りへと視線を落とした。
そこで再びひやりとし、慌てて顔を上げて思わず息をのむ。ロナルドの不満げな眼差しが、ティアラの髪飾りへと向けられていたからだ。
ティアラが髪飾りを隠すように両手を乗せると、ロナルドが「持ってこい」と部屋の外に声をかけた。
すぐに、淡い水色のドレスを持った若い次女が、強張った顔で室内へと進み出てきた。
「そこでいい」というロナルドの指示にぎこちなく頷いて、侍女はベッドにドレスをそっと置く。
一週間前、この部屋に連れて来られた後、ティアラは採寸を受けている。
その時選んだ生地が使われていることから、ロナルドの誕生日用として作られたもので間違いない。
「ティアラ、いますぐこれに着替えろ」
「……今すぐですか?」
「あぁ、喜べ。今日、二十歳を迎えると共に、王位をつぐ。これから戴冠式を行う」
急に動き出した事態に、ティアラは動揺しながら立ち上がる。
そろそろ誕生日を迎える頃だと覚悟はしていたが、王位の継承までは無理だろうと考えていたからだ。
「戴冠式だなんて。鎮魂祭もあるのに、この時期にエッルム国王が王位を譲ると、本当に仰られたのですか?」
「鎮魂祭などやるわけないだろう。お前をここに移した後、父上と話をした。俺が王位継承するのを快く受け入れてくれたよ」




