気高き純愛は永遠に5
あまり関わりたくなくて、ティアラはいつまでも鉢植えに視線を留めていたが、周囲を見回したロナルドに「おい!」と怒鳴られ、仕方なく振り向く。
「俺が贈った花はどうした。なぜそれしかない」
「恐れ入ります、ロナルド様。昨日あの後、エーリル様がお見えになりまして、持っていかれました」
深く頭を下げつつ告げられたボルメの言葉を聞いて、ロナルドはテーブルを叩いた。ほぼ同時にティアラとボルメは身を竦める。
「どいつもこいつも勝手なことをしやがって」
「エーリルさんのことは目を瞑ってあげてください。誰だって、あるべきはずの自分への贈り物がなかったら傷つきますから」
場を収めようと試みたティアラへと、ロナルドは「聞いてくれ」と怒りが収まらない様子で喋り出した。
「兄さんの魂を慰めるとかなんとか言って、鎮魂祭を一ヶ月かけてやりたいと父上が言い出した。俺だって自分の二十歳の誕生日を賑やかに祝うつもりだったのに、期間が被ったことで難しくなったじゃないか。どうしてくれる」
ティアラはボルメとちらり視線を交わし、あぁと納得する。そのことについて、ちょうど先ほど話したばかりだ。
「それは……、アレフレッド様の亡霊がでるという噂で持ちきりのようですし、国王陛下もいろいろお考えあってのことでしょう」
「考えもなにも、怯えているだけだ。今更死んだ兄さんに媚を売る必要などないと言うのに。それよりも次期国王となる俺を優先すべきだろ」
宥めるべきかと言葉を探していたティアラだったが、ロナルドの言い草に唖然とし、口を閉じた。
あまり言葉を交わしたことのない自分でも、エッルム王が鎮魂祭を行いたい理由が恐れでないことはわかる。
志ざし半ばで倒れた愛息子を、少しでも慰められたらという親心からだろう。
嫌悪感を募らせたティアラの様子に気付かぬまま、ロナルドは荒々しく続ける。
「そこで俺はティアラを正妃にすると宣言する予定だ。大勢の人々から祝いの言葉を受けるつもりだったが、そんな状況では皆も言いづらいだろう」
「……ま、まだそんなことを考えていらしたのですか? 私は正妃にはなりません」
息をのみ、静かに問いかけたティアラを、ロナルドはジロリとみた。どちらも信じられないといった顔で、しばし視線を通わせる。
ティアラはロナルドに背を向け、埒が明かないとこっそり息を吐きつつ出窓へ進む。
このティールの花たちもこのまま置き去りには出来ない。
押し花にする時間はあるだろうかと考えを巡らせながら花瓶に手を伸ばした瞬間、後ろから手荒に抱きしめられた。
「やめてください!」
「ティアラ、いい加減諦めろ。お前は俺の妻になるしかないのだから」
ロナルドは必死に抵抗するティアラを半笑いで見下ろしながら強引に華奢な体を抱き寄せる。しかし、青い花を視界に捉えた瞬間、表情を強張らせた。
「おい、どういうことだ! 昨日来た時は二輪しかなかったぞ」
飛び出した発言にティアラはぎくりとする。
ロナルドはムッと眉根を寄せて、花瓶を掴み取った。咄嗟にティアラの手が動いたが、間に合わない。
ロナルドはそのまま床へと花瓶を落とした。
「なんてことをするのですか」
非難の声を上げたティアラの肩を、ロナルドががしりと掴む。
怒りで歪んだロナルドの顔にティアラは恐怖で体を竦めた。「お嬢様」と歩み寄ってきたボルメもロナルドに睨みつけられ、同様に動けなくなる。
「この花はいったい誰からの贈り物だ」
ボルメに買ってきてもらったと答えようとしたが、昨日ロナルドが部屋に来た時に、花屋にティールが置いていなかったと怒っていたのを思い出し、慌てて口を噤む。
「ストゥムで会っていた男からの物か?」
頭の中が真っ白になり言葉が見つからないティアラの様子が、ロナルドの怒りを過熱させる。
ロナルドはティアラの肩から手を離し、ボルメへと足を向ける。
「お前が男から預かったんだろ。言え!」
ロナルドに掴みかかられ、ボルメは「ひっ」と声を引きつらせた。
顔は恐怖で強張らせていたが、「言え!」と繰り返し怒鳴りつけられると、反抗するように唇をきつく引き結んで見せた。
「お前」とボルメを掴み上げているロナルドの手が小刻みに震えているのに気付き、ティアラは慌ててふたりに駆け寄る。
「手荒なことはしないで下さい!」
止めに入ろうとティアラはロナルドの腕を掴むが、腕を大きく振り払われてそのまま床へと倒れ込んだ。
ロナルドはティアラを睨みつけて、唸るように要求する。
「だったら言え! その男は誰だ。今どこにいる!」
「……アレフレッド様です。アレフレッド様の亡霊が私に会いに来て下さったのです」
ティアラもロナルドへ反抗的な眼差しを向け、はっきりと告げた。
ロナルドは明らかに狼狽え始める。ボルメから手を離し、動揺するように眼球を動かし、落ち着きなく歩き出す。
「はっ。何を言う。ストゥムでも死んだ男と一緒にいたと言うつもりか? そんなんで俺を誤魔化せると思うな」
そこでロナルドはピタリと足を止め、荒々しく前髪をかきあげる。
「まさか、生きているなどと言わないよな。遺体だって……」
自分に言い聞かせているように呟かれた言葉が不自然に途切れた。
震える手で口元を覆う。その様子から、顔が判別できないくらいの損傷を受けていたことを思い出したのだと判断し、更なる追及を予想してティアラは身構える。
「いや。そんな訳ない。ちゃんと殺せたはずだ」
ドクッと、ティアラの鼓動が重々しく鳴り響く。
心のどこかで違っていて欲しいと願っていたことが、今まさにロナルドの言葉によって揺るぎない真実となった。
「アレフレッド様を亡き者にしろと指示を出したのは、本当にロナルド様だったのですね」
ティアラの声が怒りで震える。眼差しでも非難され、ロナルドはほんの一瞬顔色を失うも、すぐに口元に笑みを浮かべ開き直った。
「だったらどうした」
ロナルドはティアラへと歩み寄り、細腕を掴んで強引に立ち上がらせた。
「ティアラを渡したくなかったんだよ。だから消えてもらった」
至近距離で囁きかけられた醜悪なひと言にティアラはカッとし、ロナルドの頬を叩く。
ロナルドの手が自分から離れたことで、ティアラは後退りで距離を置いた。
「私はあなたを心の底から嫌悪します。この場で結婚の話をお断り致します」
きっぱりと言い放ち、「ボルメ、行きますよ」とティアラは身を翻す。
「はい!」とボルメも声高に返事をして続いたが、それよりも素早く、ロナルドが戸口の前へと移動した。
「退いてください!」
退路を絶たれたことにティアラは声を荒げてロナルドの体を押し退けようとするも、逆に腕を掴み取られてしまい焦りが増す。
腕を強く掴まれた痛みに表情を歪めたティアラを鼻で笑ってから、ロナルドは高圧的に顎をそらした。
「どこへ行く。俺が愛しいお前を別の男の元へ行かせる訳がないだろう? お前が選べる道は俺の妻になるか、もしくは死のみだ」
ロナルドがティアラをぐいと引き寄せて、ボルメが息をのむ音が響き、室内がしんと静まり返る。
「死ぬのは嫌だろう? だから早く俺に従順となれ。たっぷり可愛がってやるから」




