気高き純愛は永遠に7
苦い思いが心の中で広がり表情を曇らせたティアラの肩を、ロナルドは抱き寄せた。
「王となったその場で、俺はお前と婚姻を結ぶ。今日、俺は王となり、お前は正妃となる。もうこの部屋を出られるぞ。俺たちは夫婦だからな。今夜から同じベッドだ。忘れられない夜になりそうだ」
最後ににやりと笑いかけられ、頭から血の気がひいていく。
ティアラが顔を青ざめさせ、持っていた髪飾りをぎゅっと握りしめた瞬間、ロナルドによってその手を掴み取られた。
そして抗う隙もないほど素早く、髪飾りが奪い取られる。さらに焦りを募らせ、ティアラは必死に手を伸ばす。
「返して!」という叫びに、ロナルドは冷たい眼差しを返し、そのまま床へと髪飾りを落とした。
拾おうとティアラが身を屈めるのと、ロナルドが髪飾りを踏みつけたのはほぼ同時だった。
「余計なものは今すぐ捨てろ。味方などいない。誰も手出しは出来ない。お前はもうすぐ俺のものだ」
崩れ落ちるように床に両膝をつき、壊れた髪飾りを見つめるティアラへとロナルドは厳しく言い放つ。
戸口近くで縮こまって控えていた侍女へと「すぐに着替えさせろ」と命令し、ロナルドは部屋を出て行った。
ティアラは力いっぱい拳を握りしめ、今にでも泣き出しそうな顔で傍に立った侍女へ、「着替えます」と力強く告げる。
たとえ最悪の結末を迎えようとも、正妃に名を挙げられたその時、私はロナルド王子の妃にはならないと皆の前で宣言する。
ティアラは決意とともに、ゆっくりと立ち上がった。
豪華な金色の刺繍が施された宮廷服を身に纏ったロナルドが、戴冠式の行われる二階の大広間へ向かって進んでいく。
急な召集をかけられただろう貴族たちの何人かが廊下で不満気味にひそひそと言葉を交わしていたが、ロナルドの姿に気付くと口を閉じて表情を正し、その場で恭しく頭を下げた。
ロナルドは軽く手を上げて満更でもない顔でそれに答えたが、貴族たちの間に動揺が走っているのを見て取り、肩越しに後ろを振り返り苦々しく顔をしかめた。
ティアラは自分に向けられているその視線を無視して歩き続けた。
もちろん言いたいことは分かっている。ティアラは与えられた水色のドレスこそ着ているが、髪は軽く束ねただけで化粧は最低限、用意されたイヤリングや髪飾り、ネックレスは一切身につけていないのだ。
しずしずと無表情でロナルドに続くティアラの姿が、処刑台に連行されているように見えたとしてもおかしくない。ティアラ本人がそのような気持ちだからだ。
戴冠式は急に執り行われることとなったため、本日証人として式に立ち会うのは、王都に近い地に住んでいる公伯爵と、もともとロナルドの誕生日を祝うために城に呼ばれていた若い貴族たちのみ。本来よりもだいぶ少ない人数の参列となる。
戴冠が済んだあと、ロナルドは大広間のバルコニーへと出て、今日の日を祝おうと城の庭に集まった国民たちにその姿をお披露目することにもなっている。
エッルム王が王位を引き継いだ時は庭に入りきらないほどたくさんの国民が集まったと聞いているが、ロナルドの素行の悪さもあり、それほどの賑わいは見込めないだろう。
ずいぶん寂しい戴冠式になりそうだと考えながらティアラが大広間へ入ったところで、「ロナルド様!」と声がかかる。
足早に歩み寄ってきたエーリルはお辞儀をしてから、うっとりとロナルドを見つめた。
「今日という良き日に立ち会えて光栄ですわ。いつも以上にロナルド様が凛々しく見えます。とっても素敵です」
にこやかに微笑んでいたエーリルだが、ロナルドの後ろにいるティアラに気づいた途端、唖然とする。
「ティアラさん、あなた今までどこにいらしたの? ここの所姿が見えないから、てっきり田舎へお帰りになったとばかり」
そして唖然とした顔は、言葉を並べていくうちに怪訝なものへと変化していった。
「祝いの場だというのに、もう少し華やかに出来ませんでしたの? それではロナルド様が恥をかきますわ」
「……これで良いんです。私には良き日でありませんので」
ティアラの呟きが小さすぎてエーリルが「なんて?」と聞き返した所で、突然、ガシャンとガラスが砕ける音が響き渡り、広間に静寂が落ちた。
音がした方へと顔を向けたティアラが眉根を寄せると同時に、歩み寄ってきた騎士団長がロナルドの傍で足を止め、耳打ちする。
大広間の奥の壇上でエッルム王が椅子に座っている。顔を青ざめさせたその姿はひどく動揺していて、王の足元で侍従が割れたグラスを慌てて片付けていた。おそらく、エッルム王が落としたものだろう。
「数日前といい、今日といい、なぜイヴォンヌを止められなかった。父上にこれ以上余計なことを吹き込ませるな。まだどこかにいるはずだ。すぐに見つけ出して城から追い出せ」
どうしたのだろうかと国王を見つめていたティアラだったが、すぐそばで発せられた怒鳴り声に目を見張る。
騎士団長がその場を離れるのと同じくらい機敏にロナルドの腕を掴んだ。
「お父様が国王様に何を言ったのですか?」
ティアラに厳しく詰め寄られ、ロナルドからぐっとくぐもった唸り声が漏れた。
「ティアラは気にしなくていい。さぁ、みんながお待ちかねだ。一緒に父上の元へ行こう」
自分の腕から離れたティアラの手をロナルドはしっかりと掴み取り、壇上に向かって歩き出した。
すぐさま後ろから「待ってください、わたくしも行きます!」とエーリルの声が追いかけてくる。
ロナルドはエッルム王の前まで進み出て、うんざりといった顔をした。
「あれほどくだらない嘘に耳を傾けるなと言ったのに、これ以上その情けない姿を晒すなら、出て行ってくれ。その冠さえあれば、戴冠式は行える」
ロナルドから咎められたエッルム王は息をのみ、椅子の横に並べ置かれた小さな台の上にある煌びやかに輝く王冠へと目を向けた。
通常は現王が次の王の頭にそれを乗せて、位を譲ったこととなる。
しかし正妃の件でもすでに通常の流れを無視しているロナルドなら、自ら冠を自分の頭に乗せるくらい平気な顔でやってのけるだろう。
冠から、もう国王の座を引き継いだかのような顔をしている息子へとエッルム王は視線を戻す。
椅子を立たずに姿勢を正したエッルム王にロナルドはにやりと笑みを浮かべ、そばで控えていた宰相へと「戴冠式を始める」と命じた。
宰相は戸惑いながらも、楽士達へと目線を送る。すると打ち合わせ通り、式を始める合図として音楽が奏でられ始めた。
貴族達の話し声が一気に消えていく中、エッルム王はゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして、みんなの視線を受けながら、楽士達へと手を差し向け演奏を止めさせた。
静まり返った大広間を見回して、エッルム王は力強く発言する。
「戴冠式は中止とする」
エッルム王の一連の言動に、ロナルドは表情を歪ませて不満を露わにした。
「そうはさせない!」
ティアラの手を離して、ロナルドは王へと詰め寄っていく。
しかしエッルム王はさきほどとは打って変わって毅然とした表情でロナルドを見つめ返した。
「アレフレッドが生きている。私はイヴォンヌのその言葉を信じたい」




