この世界は、魔物が存在する
「2人ともなんですかその荷物は!」
とんでもない量の荷物がまとめられている。
今朝から港町に向かうための準備を進めているが、持っていくものを絞れないようだ。
「フィーネさん、料理道具はあきらめてください!」
「フィリンさん、服を何着持って行く気ですか!」
「「えー!」」
「えー、じゃありません!」
留守にする間、この家は王都が管理することになっている。2人は事実上の拘束に近いため、当然と言えば当然ではあるが、2人は今まさに引っ越しをするのではと思わせる量の荷物をまとめている。
「港町にある仮の住まいに一式揃っているので、重要な物以外は置いていってください!」
「でも、途中でお腹すいたときに困りませんか?」
「困りますが、この量の荷物の方が困ります!」
「ねぇ、この服でいいかな?」
「それで大丈夫です!もう3回は答えました!」
さながら旅行に行くような会話をしているが、敵地に向かおうとしているという事実は頭に入っているだろうか。
「必要な物はあちらで買うので、この手提げに入るくらいの量にしてください」
「だってそれ小さい!」
「私ももうちょっと大きい鞄がいいです!」
ここは洗脳魔法で諦めたことにさせるか。定期的にそんな考えをしながらなんとか説得がうまくいき、昼前には旅支度が準備が完了させることができた。
「よし、じゃあまずは挨拶にいきましょう」
「「はい!」」
港町に向かう前に、村の外れにある墓地に向かった。無論、あいさつをするためだ。
村の規模から考えると墓石の数が多く、また、墓石もほとんどが新しい。この事件の痛ましさを感じる。墓地の端にエクストラ家の墓があり、綺麗に掃除されている。
俺はご両親に、2人を連れて行くこと、守ることを約束し、祈りを捧げた。
2人も祈りを捧げている。
「おまたせ、さあ、出発しましょう!」
「本当にお墓だけで大丈夫なんですか?村の方とかも…」
「ううん!大丈夫!」
「そうですか?」
「ここから港町までは最速で数刻ですが、魔法を使って移動するのは途中までです」
「怪しまれないようにするため、途中からは1日かけて歩いて港町に向かいます」
「港町へは旅人として行きますので、身元がバレないように注意してくださいね」
2人は頷く。
「では、出発!!」
「「おー!」」
声高らかに我々は村を出発した。
おおよそ1刻過ぎたあたりの草原で我々は休憩をしている。効率よく魔法を使っているとはいえ、2人にはうっすらと疲労感がうかがえる。
ここはヴィオレイシ領の端の草原。森はすでに抜け、領境も過ぎている。
2人はルビアシ領から出るのは初めてらしく、目を輝かせてあたりを見渡している。
「外の世界はどうですか?」
「私、森が無い景色って初めてみたので新鮮です!」
「私も!」
森を抜ける途中で悪魔が何回か襲ってきたが、詠唱魔法の使える2人にはもう脅威でもなんでもない存在になっていた。当初は怖がっていたが、自信がついたのか今は警戒しつつも羽を伸ばせるところまで落ち着いている。
「ここからは徒歩になるので、しっかり休んでくださいね」
「警戒を解かなければ寝てもよいですよ」
「と、いうことで俺は少し寝ます!」
ユーさんはそう言うと横になりまたたく間に寝てしまった。
警戒を解かずに寝るとはそもそもどうやるのだろうか。姉さんもウトウトしている。この2人は本当に警戒しているのだろうか。
今ならユーさんに抱きついてもバレないのでは。小悪魔フィーネが私を誘惑する。私は抗うことなく、横になっているユーさんの後ろ側に静かに移動し、身体に密着するように横になった。ユーさんに触れていると安心する。いい匂いもする。
私は安心と幸福感に包まれていつのまにか眠りに落ちていた。
「誰か…、誰か…」
俺はハッと起きる。どこからか声がする。
抱きついているフィーネも同時に起きた。
「んー…、ユーさん…どうしたんですか」
フィーネは寝ぼけている。
「フィーネさん事件です!」
「フィリンさんを起こしてください!」
「すぐに向かいます」
フィーネはフィリンを急いで起こし、身支度もそこそこに声がする方向に向かった。
女性がオークに追われている。ボロボロの服装と手錠。奴隷である可能性が高い。
ここは港町から1日程度離れた場所であり、主人とはぐれたというには無理がある。しかも手錠を付けたままだ。ここで捨てられた可能性が高い。
「だ、誰か…!」
女性は足がもつれたのかその場に倒れている。オークは獲物を狩るかの如く、手に持った棍棒を振りかざさんとしている。
フィリンが間に割って入り、攻撃を受けるために構える。
「凍って」
フィーネの水魔法がオークを襲う。しかし、すぐに対策され氷部分が融解した。
「オークは魔物です。魔法を駆使してくるので注意してください!」
魔物。
人類と生存競争をしている生物の総称。
悪魔の定義にある知性とは生存競争を行っているか否かといっても過言ではない。
魔物は明確な目的があって人を襲う。
オークは魔物に分類され、人を襲う目的は食べるためだ。年間何人もオークの被害にあうため、この世界において最も遭遇しやすい脅威といってよい。
身体強化魔法を使ったオークの一撃は非常に重く、まともに受けてしまうと腕一本は簡単に持っていかれてしまう。しかし、対策は簡単である。オークは動きが鈍い。先手必勝が定石。
「フィーネさん見ててください。いずれ、これを使えるようになってもらいますよ!」
「高位水魔法・絶対零度」
周囲と遮断するように風の防壁を作り、対象を濡らすと同時に急速に熱を奪い一気に凍らせる。
3つの発動を同時に行う、高位魔法を代表する魔法の1つだ。
「フィリンさん今です!吹き飛ばしてやってください」
「吹・き・飛・べ!」
凍ったオークの足元に竜巻ができるほどの風魔法が炸裂した。オークの身体は粉々になり空の彼方に消えていった。
「ありがとうございます…」
「どうしてこんなところに1人で?」
「ご主人様の言いつけで、魔法が扱えるようになるまでここで練習をしろと言われ、ここに居ます…」
「5人で来ていたのですが、オークに襲われ他の4人とははぐれました…」
奴隷と思われる女性は目に生気がなく淡々と質問に答える。
「オークは群れで行動します」
「異変に気がついたオークがあたりを散策し始める前に、ひとまず、安全な場所まで移動しましょう」
「フィリンさんフィーネさん、我々が休憩していたところの荷物を先にいってまとめてください」
「私はこの方の手錠を破壊してすぐに向かいます」
「わかったわ」
「わかりました」
手錠は錆びており、若干血が滲んでいる。金属は脆く壊すのは容易であった。
「あなた、名前は?」
「ありません…」
「奴隷ですか?」
「いいえ違います…」
「ご主人様とは雇い主ですか?」
「そうです…」
奴隷制度は遠い昔に崩壊したのだが、現実はバレないように奴隷売買が日常的に行われている。あの領主が行っていたように。
奴隷は雇用主、雇用元どちらも「奴隷」とは口が裂けても言わない。これが暗黙的ルールになっている。奴隷と証言しない限り取り締まることが難しい。
仮に、取り締まれたとして、奴隷は生まれた瞬間から奴隷であることが多く、奴隷以外の生き方を知らない。生きていくために奴隷は奴隷である必要がある。
制度が崩壊したからといって何も変わらないのが現実である。
「ひとまず、街まで送ります、動けますか?」
「ダメです…。まだご主人様の言いつけを守れていません…」
「他のみんなともはぐれたままです…」
「あなた達は捨てられました」
「残念ですが、ご主人様はあなた達の帰りを待ってはいません」
「そんなことはありません…」
「ご主人様は迎えに来てくれます…」
先程の会話で迎えに来るとは一言もいっていない。
現実が理解できていない。死に直面した者によくある軽度の錯乱状態だ。
「時間がない、少々手荒な真似ですが許してくださいね」
上位生物魔法・強制睡眠。
額に手を当て、強制的に眠らせた。
俺は眠ったこの人を抱き上げ、すぐにこの場を離れた。
抱き上げてわかったが異常に軽い。食事もまともに与えていなかったようだ。
「おまたせしました」
「ユーさん!遅いから心配しました」
「その方は大丈夫ですか?」
「少々錯乱していたので、魔法で眠ってもらっています」
「フィリンさん、この方に服を貸して、着せていただけますか」
「この布切れ1枚じゃ、目立ちすぎます」
「わかったわ、フィーネ手伝って」
「私は近くに安全な場所がないか空から確認します」
ここから少し北に進んだところに宿場を発見した。
宿場は自衛団が居るため野外で安全に過ごすことができる唯一の場所だ。
「近くに宿場がありました、まずはそこに向かいます」
「ユーさん…この人…」
「ガリガリで全身に痣、左足は捻挫、右腕は骨折、といったところですか?」
「…です。たぶんだけど、奴隷よね…この人…」
「本人は否定していましたが、おそらくは。続きは宿場で確認しましょう」
「急ぎますよ!オーク達がこちらに向かってきています」
我々は宿場に全速力で向かった。
宿場とは街や村と異なり、宿屋、防衛設備、小さな商店のみで構成された冒険者向けの集落となる。
冒険者からするとありがたい場所だが、宿泊費から商品まで何もかもが高価なのが難点である。
「宿泊費ですが部屋単位で、1泊50銀貨になります」
金貨1枚は銀貨100枚と同額である。相場なんて話はどこにいってしまったのか。
「思ったよりも高いですね…」
「ここ最近、悪魔やら魔物やらが多くてこれぐらいじゃないと割に合わない状況でしてね」
「なるほど、情報ありがとうございます」
俺は金貨2枚を差し出した。
「1泊でお願いします。お釣りは大丈夫です」
「情報料だと思ってください、それと、周りに宿泊客が居ない部屋がよいのですが可能ですか?」
「可能です。隣を空室にした角部屋をご用意いたします」
「それではごゆっくりと」
借りた部屋は思ったよりも広く高級感がある。ベッドは6つもあり我々には多すぎるくらいだ。
中央のベッドは何故か天蓋が付いている。この部屋は王族御用達か何かだろうか?
フィリンが女性をベッドに寝かせる。
「今日はここでこの女性が起きるのを待ちましょう」
「我々の目的に近づけるかもしれません」
フィリンが眠る女性をジロジロと観察する。
「起きても暴れたりしないわよね」
「しないんじゃないですかね」
「たぶん」
「背中に焼印はありましたか?」
「焼印?背中には何もなかったけど」
「奴隷の所有権を示す印ですね。熱した鉄を皮膚に押し付けて印をつけます」
「拷問に近い行為ですが、脱走や反乱の抑止力になっているようです」
「それが無いということは、最近買われたということです」
「起きたら暴れるかもしれませんね」
「たぶん」
「どっちよ」
「実際に起きるまでわかりませんね」
「しっかりと眠らせてしまったので夜までは起きないと思います」
「2人はせっかくなので買い物とかしてきてもよいですよ」
「俺はここで読書しています」
「フィーネどうする?」
フィーネは天蓋付きベッドでお姫様気分を味わっており、謎に王族オーラを醸し出している。
「いいですわねフィリンお姉様。私も庶民の嗜好品を見たいと思っていたところでした」
「何よその浅い王族は」
「もう日が落ちちゃうからさっさと行くわよ」
「あーちょっと姉さん、待ってくださいー」
2人は慌ただしく部屋を出ていき、異国とも言える商店の品を堪能したのであった。




