この世界は、騎士団が存在する
我々は村に到着すると同時に現状を確認した。
地鳴りがするほどの何かを見つけるのは非常に簡単だった。
地面が軽くえぐれている。その近くには急所を一突されて即死したと思われる1体のサラマンダーが倒れていた。外傷がそれ以外になく、一方的な戦いであることがわかる。
現状把握をしていると、少し離れた場所から交戦している音がした。
「向かいましょう」
すぐに駆け寄ったが、周囲には事切れたサラマンダーが2体倒れている。既にすべてが終わってしまっていた。
「…あれ?もしかして、リトナさん?」
そこには見知った顔の騎士が立っている。
「おや!ユー様じゃないか、1年ぶりか、元気してたか?」
「んー、元気じゃないかな」
たわいもない雑談をしていた最中、近くに倒れていたサラマンダー1体が最後の力を振り絞り襲いかかってきた。
「ユーさん!」
フィーネが声をかけるよりも早く、サラマンダーは身体を三突きされ絶命した。
身の丈の倍近い槍を用いた瞬速の槍術は何度見てもかっこいい。俺はこの槍術を見たいがために、さり気なく隙を作っている。まだバレていないのであと何回かは使える。
「いつ見てもリトナさんの槍術はかっこいいですね!」
「おだてても何もないぞ」
「そんなことより、お前はもっと気を張ってだな、常に危険な箇所に意識を向けつつ…
騎士の話が長いのは何故なのだろうか。騎士というよりはリトナの話が長いのかもしれない。そう考えていると、後ろからささやくように声をかけられた。
「…ユーさんこの人は?」
フィーネが俺の背後にピタリとくっつく。
「この人はアイリス騎士団のリトナさんです」
「この地域はしばらくごたつくはずなので、前もって騎士団に要請しておいたんです」
「そういえば、リトナさん1人ですか?」
「いや、本隊は明後日到着だ。私は本隊到着までのつなぎだな」
アイリス騎士団。
王都に多数存在する騎士団のうちの1つ。
ルビアシ領は次の統治者が決まるまで空席の状態となるため、暴動や襲撃などの問題が発生する可能性がある。これら問題から領民を守るために派遣されたのがこのアイリス騎士団となる。
リトナはその中でも機動力に特化したワルキューレ部隊に所属する。今回のようにできるだけ早い到着が必要な場合、先陣を切ってワルキューレ部隊が動員される。
「ユー様の後ろにいるお綺麗なお嬢様方は?」
「フィーネです。こっちは姉の」
「フィリンです。はじめまして」
「私たち、ユーさんの連れになります」
「連れ…、ユー様の!?」
「ちょっと見ない間にいつのまに…、しかも2人も!」
絶対になにかを勘違いしている。俺の勘がそう囁くが、説明するのが面倒と思うのは、リトナの性格ゆえかもしれない。
「盛り上がっているところ悪いけど、リトナさんはこの状況をどう思います?」
「どれだ?ユー様に彼女が2人もいる件についてか?」
「私は構わないと思うぞ」
俺は笑顔をリトナの方に向けた。
「冗談だ、冗談」
「サラマンダーは平野部に生息する生物だ」
「森に囲まれたこの場所に居ること自体が異常だ」
「しかも複数体、誰かが仕向けたと考えるのが自然か」
「同意見です」
「心当たりはあるか?」
「あります」
領主のあの発言。
「最近、わしの領地を嗅ぎ回る輩がいると注意を受けていたが、本当だったとはな」
この襲撃はこの注意をした人物とみて間違いないだろう。
「たぶんですが、もう何回か襲撃が来ると思います」
「用心するに越したことはないか」
「この村の警護は我々に任せて、ユー様は心当たりの方を頼む」
「私は仲間に知らせて来る」
「了解です、お互い無事でまた会いましょう」
リトナは天馬にまたがり、この場をすぐに離れた。ワルキューレ部隊と呼ばれる所以はこの天馬にあるといっても過言ではない。リトナの姿は一瞬で見えなくなった。
俺達も家に戻り次の作戦を考えることにした。
「明日、この村から西の方角にある港町スミレに向かいます」
「え、もうそこまで心当たりがついているの?」
フィリンが不思議そうに尋ねる。
「領主は奴隷を港町スミレに流していたようです」
「本人が口を割ったので間違いありません」
「そして、ここから先は仮定の話ですが、今日の襲撃と2年前の襲撃は同一人物の犯行と思います」
「え、領主は捕まって、今は何もできないはずじゃ」
「そうです。領主は現在王都に護送中で、何もできないはずです」
「今日の襲撃はこのような状況で発生しました」
「領主は捨て駒と考えるのが妥当です」
「そうなると一気に怪しくなるのは奴隷の流し先、港町スミレの何者かです」
「手口が変わっていないところから、この件に紫陽花が関わっていることをあちらはまだ気がついていないと思われます」
「動くなら今です」
「すいません、突然の作戦で、2人とも心の準備は大丈夫でしょうか?」
「当然よ!私はいつでも行けるわ!」
フィリンは力強く答える。領主の件で何もできなかったことに多少の悔しさがあったのかもしれない。やる気に満ち溢れている。
「…私は少し怖いかも…」
フィーネは不安そうに答える。本人は戦いを好まないと言っていた。この言葉からも優しい性格であることがわかる。
「安心してフィーネ!お姉ちゃんが着いているわ!!そ・れ・に」
フィリンが目配せする。
「私も着いていますからねフィーネさん」
「常に私のそばにいてくれれば、何が襲ってきてもフィーネさんに指一本触れさせませんよ」
「…はい、私も頑張ります!」
多少不安が取り除かれたのだろうか、フィーネに笑顔が戻る。
「ところでユーさん、元気じゃないんですか?」
「え?」
「そういえば、さっき言ってたわね元気じゃないって」
フィーネもフィリンもリトナへの返事を鵜呑みにしていたようだ。普段と変わらないという意味で使っていたのだが、本当に元気がないと思われているようだ。
「いや、あれは…」
「私たちいいところ知ってるんです」
「せっかくだからあれに行きましょう」
「たしかにあれなら元気になれるかもしれないわね」
代名詞のみで理解できないが、2人が言うなら間違いないだろう。
俺は話を合わせてあれに連れていってもらうことにした。
~あれ~
村から四半刻ほど離れたところにあれはあった。
地面から自然にお湯が湧き出る場所が山には多いと聞いていたが、見るのは初めてだ。
お湯が溜まるように周囲を石で囲まれている。秘湯で出来た風呂だ。
「ここは、前にパパが見つけた秘湯で、村の人は誰も知らないの」
「誰にも邪魔されなくて疲れを癒すには最適だと思うわ」
秘湯は山の中腹にあり、眼下には森が広がっている。遠くには海も見え、絶景の景色が広がる。
「これはすごいですね…」
俺は思わず息を呑む。
「さあ、ユーさんお先にどうぞ」
「それじゃあ、お言葉に甘えまして」
俺は2人が少し離れるのを見届けた後に、サッと服を脱いで湯に浸かった。
周囲には野生生物の足跡があるが、お湯も澄んでおり毛も浮いていない。本当の意味での秘湯の一番風呂。これ以上の贅沢があるのだろうか。
温泉のことはよくわからないが、身体がヌルヌルするので疲れに効く気がする。
遠い国では風呂に入るときに歌う文化があるらしいが、今ならわかる気もする。秘湯に入っているという事実だけで気分がよくなる。今なら歌える。
そんなことを考え、俺は鼻歌交りに秘湯を満喫していた。
「お隣失礼しますね」
「私も」
「どうぞどう」
流れで肯定してしまったが、その違和感はとてつもないものであった。何かがおかしい。
「え!?ん?え?あれ?」
「ユーさんどうしましたか?」
「やっぱり疲れてるんじゃない?」
想定しない状況になると人は言葉が出なくなる。この程度で心を乱されるとは俺は疲れているのかもしれない。否、この状況がおかしい。
「ふ、2人とも私に裸を見られても…問題…ないん…です…か」
質問の仕方を間違えたかもしれないと途中思ったが、時既に遅し。最後まで言い切る以外の選択肢はなくなってしまっていた。
「え?お風呂なんだから裸が見られるのは普通では」
「そうね。どこに問題があったかしら?」
「い、いや、そうですよね、自分は疲れているかもしれません」
一人称すらも変わる異常な光景だが、一旦深呼吸をして落ち着いて整理する。
その刹那、俺は突然思い出した。
エルフ属とヒト属は性に対する考え方が異なる。エルフ属は長命故に性に対して無頓着である。世界がエルフ属で埋め尽くされないように神様が調整した結果と本で読んだことがある。
そのときは筆者の妄想かと思っていたが、どうやら本当のようだ。
ここは堂々とするのが正解だろうが、否応にも意識してしまう。
落ち着いてみると2人ともエルフ属特有のスレンダーな身体つきをしている。
何とは言わないが大きめか。これはもしかすると魔力使いの可能性も。
「…さん?」
「ユー!」
「なに、ジロジロ見てるの?」
フィリンが目を細めてこちらを見ている。
「あ、いや…ハハ…」
このやりとり既視感がある。
「ここに来たのはあの事件以来2回目なんだけどね」
「1回目のときはフィーネがずっと泣いちゃってて」
「ちょ、ちょっと姉さん!」
「パパとママが居ないって」
「それ以来、ここにはもう来られないと思ってたんだけど」
「また、来られたのはユーさんのおかげ」
「ありがとうね」
「妹を救ってくれて」
「いえいえ、どういたしまして」
本当に疲れていれば、疲れはどこかにいってしまうほどフィリンの笑顔は輝いていた。
「ユーさん、お背中流しましょうか」
「はい、お願いします」
終始2人のペースで事が進んでしまった気がするが、2人が満足そうにしているのでよしとすることにした。




