この世界は、詠唱魔法が存在する
「それでは魔法の特訓を始めます!」
俺に着いてくる以上、少なくとも自分の身は自分で守る必要がある。
そのためには最低でも高位魔法の1つや2つは使えた方がよい。そう考えた俺は特訓を提案した。
2人の魔法のセンスは良い。おそらく数日で習得できるようになるはず。
「と、その前に、魔法の基本的なところは大丈夫ですよね?」
「村では身体強化魔法までは教わったけど、その先は知らないわ」
「私も同じです」
「うーん。じゃあ、全体をざっくり理解しながら、今日の本題に入っていきましょう」
魔法は発生する事象で3つの体系に分類される。
- 自然魔法
- 生物魔法
- 空間魔法
自然魔法は自然現象を用いた魔法で、火、水、雷、風の4大要素を扱う魔法である。
生物魔法は身体強化を筆頭に、治癒や神経系への作用など生き物を対象とする魔法である。
空間魔法はこの世界そのものを対象とした魔法である
空間魔法のみ説明が抽象的なのは扱える者が歴史上ほとんどおらず、最も研究が進んでいないためである。結果的に、空間魔法そのものが未知の領域であり、失われつつある魔法となっている。
さらに各魔法は習得難易度別に3つの等級がある。
- 下位魔法
- 上位魔法
- 高位魔法
下位魔法は知識がなくても "なんとなく" で使うことができる魔法全般を指す
上位魔法は魔法理論を理解してそれ相応の技術が伴って初めて発動できる魔法全般を指す
高位魔法は上位魔法を遥かに凌駕する高出力、広範囲、高性能の魔法全般を指す
分類そのものは紫陽花が決めているため、上位魔法と下位魔法が入れ替わることが多々ある。
高位魔法は誰が見ても圧倒的なため、上位魔法と高位魔法が入れ替わることはほぼない。仮に深淵魔法が実在するのであれば高位魔法になる位置づけられる魔法となる。
上位魔法以上は名前が付いていることがある。
しかし、名前を叫んでも魔法が発動するわけではないので、名前そのものにあまり意味はない。下位魔法は日常的に使われることが多く、既に一般化してしまっているため名前は付けないことになっている。
「…と、まあ、こんな感じですが質問はありますか?」
「はい!」
勢いよくフィリンが手をあげた。
「高位魔法って初めて聞いたんですが、広範囲ってどうやって扱うんですか」
「範囲が広いということは術者も影響を受けますよね?自爆魔法ということですか?」
「いいところに気が付きましたね。フィリンさんには100点を差し上げます」
高位魔法を扱うには大きく3つ方法がある。
- 自爆魔法として扱う
- 賢者の石を用いて扱う
- 離れた場所で魔法を発動させて扱う
自爆魔法は言わずもがな、危険性が高く推奨されない。
賢者の石は国が使ってはいけないと定めているため、簡単に利用することはできない。
3つの方法と言われているが、事実上離れた場所で魔法を発動するしか存在しないに等しい。
「賢者の石は我々紫陽花であれば使って良いとされていますが、今日はこれを使いません」
「離れた場所で魔法を発動する特訓をします」
2人はよくわからないといった表情をしている。
「村で教わったときは、それはできないって…」
「そのとおりですが、魔法理論を理解すれば可能です」
「この魔法理論の理解に一役買うのが賢者の石です」
賢者の石は魔力の変調を行う。
賢者の石に魔力を込めると石の中で魔力が反射する。その反射した魔力は別の魔力に影響を与える。
その結果、魔力の指向性が高くなり、遠くまで届くようになる。
要するに魔力によって魔力を変化させているのが賢者の石の仕組みとなる。
賢者の石が一般的な宝石とは全く異なる形をしているのはこのためである。
「賢者の石の中で起こっていることを、自分自身で行うことができればよいということです」
2人のよくわからないは加速する。
「魔法とはエネルギーを操作すること、それを可能にしているのは魔力です」
「それは要するに魔力もまたエネルギーであること示唆しています」
「魔力で魔力を別のエネルギーの形に変化させ、離れた場所へ伝搬させればよいのです」
「何を言っているかわからないと思いますので実演しますね」
「2人とも立ってもらえますか」
「それではいきます」
「動くな」
2人は強烈な違和感に驚愕した。確かに一瞬身体が硬直したのを感じた。
言葉の威圧感やそういった類のものではなく、本当に身体の自由が奪われる感じであった。
「これってまさか…、あのときに領主にやっていた…、あれは魔法だったのね…」
「そのとおりですフィーネさん、よく覚えていましたね。100点です」
「これを詠唱魔法と呼びます」
詠唱魔法。
作り話の世界では強力な魔法を使うための手続き型魔法を詠唱魔法と呼ぶが、この世界ではまったく異なる魔法である。
魔力を声というエネルギーの形に変換し、この声が届く範囲で魔法を発動させる技術のことを詠唱魔法と呼ぶ。
詠唱魔法において魔力は声と同じ性質になるため、声が対象を通りすぎると魔力も同じく通り過ぎてしまう。魔力が通りすぎると魔法を発動することができない。これは詠唱魔法での魔法の発動には時間制限あることを意味する。
「詠唱魔法は便利ですが、声を出さなければいけないのが欠点です」
「この点においては賢者の石が圧倒的に有利ですね」
フィーネはハッとした表情を浮かべた。
「あの深淵魔法…、確かに詠唱中に魔法が発動して、詠唱が終わった後に魔法も終わっていました」
詠唱魔法を説明しただけであの場面の不自然さに気がつくとは。魔法理論の基礎をしっかりと理解している証拠だ。
「今の説明だけでそこに気がつくとは…、さすがフィーネさんですね」
「えへへへ」
作り話の詠唱魔法は、詠唱が完了してから超威力の魔法が発動する。
それは要するに、声を発していないときに魔法が発動していると言っても過言ではない。
この世界の魔法理論でそれは不可能とされており、詠唱の節々で魔法を発動せざるを得ない。
さらに、幻惑効果を与え続けるには詠唱を止めてはならない。
深淵魔法の不自然さはこの詠唱魔法の制限ゆえである。
「そろそろ座学の締めに入りましょう、詠唱魔法を受ける側の話です」
「実は詠唱魔法は避けるのがとても簡単です」
「2人にもう一度同じ魔法を行います」
「次は集中して受けてみてください。感じ取ることができるはずです」
「それではいきます」
「動くな」
「どうでしたか?わかりましたか?」
2人は理解した顔で頷いた。
魔力の痕跡を感じ取れるように、この声に乗った魔力も同様に感じ取ることができる。
「最後にもう一度いきます」
「今度は避けてみてください」
2人は前方に踏み出した。
「お見事です」
「あえて喋ってる最中に魔力を乗せましたが、ちゃんと集中していた証拠です」
「そして、前方に避けたのも完璧です」
「後方に避けると、魔法発動のタイミングを遅らせるだけで対応されてしまいます」
「前方、正確には声のする方に避けるのが定石です」
「ちなみに避けずとも、中和魔法で打ち消しても問題ありません」
「ここは魔力の残量と相談して、臨機応変に決めてください」
「それでは、一旦休憩しましょうか」
「はーい」
「はーい」
魔法の訓練は村から程よく離れた広い草原で行っている。
フィーネはサンドイッチを持ってきており、気分はさながらピクニックである。
「こ、これは!!」
めちゃくちゃ美味い。パンが異次元の美味さをしている。
表面がカリカリであるにもかかわらず、中はしっとりやわらかい。口の中には小麦特有の適度な甘さが、そして鼻を抜ける小麦の香り。そしてこの食欲をそそるバランスの良い配色。
これほど美味しい料理は王都でも味わえない。あまりにも美味すぎたサンドイッチを俺は作った2人に絶賛していた。
「丹精込めて作ったんだから当然!」
フィリンがドヤ顔をしている。あの火の管理は蚊帳の外にいるための口実ではなかったということか。
フィーネはニッコニコだ。一言も発していないが、表情はとても幸せそうなのでよかった。
食事を終え、一息ついてから特訓の続きを開始した。
「それでは詠唱魔法を使ってみましょう」
「自分が発する声として魔力を発するのですが、意識を集中させる場所は口周辺です」
「人によっては喉に意識するほうがうまくいくという場合もありますが、これは人によるかもしれません」
「その状態で魔力を声に変換するイメージで声を発します」
「燃えろ」
少し離れた岩に炎が発生した。
「さあ、やってみてください」
1刻が経過したとき、2人は詠唱魔法を使いこなしていた。
習得までの時間が常人の何倍も早い。これは両親の血筋の影響を受けている可能性がある。少し調べてみてもよいかもしれない。
「吹き飛べ!」
フィリンは風の魔法が得意であることがわかる。岩の周辺に突風が吹き荒れ、岩が少し動く。もう少し訓練したらあの岩は言葉の通り吹き飛んでいくだろう。
「凍って」
フィーネはバランスがよいが中でも水の魔法が得意のようだ。岩の温度が下がり結露が発生している。岩だから問題ないが、生物なら即死級の魔法になっているだろう。
2人は双子ではあるが魔法の特性的にフィリンは前衛型、フィーネは後衛型といった違いがあるようだ。
「「燃えろ!」」
しかし、2人の真骨頂はこの同時に発動する魔法かもしれない。
寸分の狂いがない。双子特有の完全な同期。
本来、他人の魔力と自分の魔力は衝突する。
これは防衛本能の一種で、無意識な魔法の抵抗力とされている。
フィリンが領主の洗脳魔法に抵抗したのはこの防衛本能のおかげである。
詠唱魔法でも同様のことが発生する。同一の対象に2人が魔法を発動させようとすると本来は威力が落ちる。2人の場合、それが起こっていない。双子であっても魔力の性質は若干異なるため衝突するのだが、おそらく2人の魔力は性質が同じ。
これは同期魔法の論理が確立するかもしれない。問題はフィリンとフィーネしか扱えないかもしれないということか。
「特訓はそろそろ終わりにして帰りましょうか!」
俺は2人に話しかけた瞬間、村の方角から地鳴りが聞こえた。
「…2人ともまだ元気ですか?急いだほうがよいかもしれません」
2人は頷く。
その刹那、3人は風の如き速度でその場を去った。




