この世界は、賢者の石が存在する
「ハイドランジア魔法会の者だ」
「名はイレブン」
「おとなしく降伏しろ」
領主の顔色が変わる。
「紫陽花の連中か」
「最近、わしの領地を嗅ぎ回る輩がいると注意を受けていたが、本当だったとはな」
領主は杖を構え、再び魔法を発動しようとしていた。
「動くな」
領主の動きが止まった。
しかし、すぐに動くことができたようになったようだ。解せないという表情。
「その杖はブラフだろ」
領主の顔が一瞬険しくなった。
「正解は右中指の指輪」
「賢者の石はその指輪だろ」
私には何の会話をしているのか全く理解できなかった。
紫陽花?賢者の石?
「それは先の大戦以降、製造と使用が禁止されている、売買も当然禁止」
「それをわかってて使っているな」
「杖でカモフラージュしているのがいい証拠だ」
会話の最中でイレブンの右手が爆発した。
先程の爆発よりは小規模だが、この魔法も先ほどと同様、私には理解できていない。
「会話に夢中で致命傷を避けられないとは」
「平和ボケしてないか紫陽花」
領主は勝ちを確信してた表情をしている。
「まったく、なめられたものだな」
「勝ったつもりか?」
一転、領主の顔が青ざめる。
右手は無傷そのもの。傷どころか何もなかったかのように見える。
このイレブンと名乗る男、間違いなく私が知っているユーそのものである。
しかし、私の知っているユーではない。
威圧感すら感じる私の理解を超えた強者がそこに居る。
領主は気が触れてしまったのか、後先考えずに魔法を連発している。
私は作り話の世界に入り込んでしまったのだろうか。
魔法は身体から離して発動することはできないはず。
領主の魔法は明らかに身体から離れた位置で発動している。
これはまさしく攻撃魔法。
「動くな」
また、領主の動きが止まった。
威圧感で止めているようには見えない。
これも魔法の一種のだろうか。
「昨晩、村に宿がないことを知ったとき」
「私はどうしようかと考えていました」
「そのとき、とても親切な姉妹の方がいて、私を泊めてくれると」
「困ったときはお互い様と」
「実に素晴らしい思考の持ち主だと私は思いました」
「そんな方々がいる領地で本当に襲撃事件を企てる人物がいるのか」
「少々疑問に思っていました」
「先程の会話を聞くまでは」
「先程の会話だと」
「ええ、あなたの頭上の天井に立って聞いてました」
「な…」
「姉妹の方々の精神的苦痛がどれほどか、私は感じることはできません」
「全容を聞いても、なお、涙を流すまでには至らないかもしれません」
「ですが、理解はできます」
「少しでも命乞いや謝罪をすれば私も気が変わったかもしれませんが」
周囲の空気の質が変わった。
「下衆が」
魔法に詳しくない私にもわかる。魔力が大規模に消費されている。
領主は身構えているが、少しずつ後退している。
冥府の王よ、我が声を聞け。
周囲に温度が一気に下がり、魔法の余波かわからないが、風が吹き荒れている。
我、汝らと契約を結ぶ者也。
我、汝らの力を借りる者也。
風は徐々に力が増し暴風になった。
しかし、周囲の家具は吹き飛ばされずにその場に留まっている。
ゆっくりと後退していた領主は微動だにせず、その場所で硬直している。
かくいう私も、微動だにせずにその場から動けずにいた。
深き深淵の最奥にて燃え盛る漆黒の炎よ。
領主が黒い炎に幽閉された。
これは本当に私の知っている魔法なのだろうか。
あきらかに常軌を逸している。
対峙するかの者に生きる喜びを。
対峙するかの者に死する絶望を。
黒い炎は徐々に縮小を始める。縮小が進むにつれて、領主の苦痛に満ちた悲鳴と骨が折れる音が聞こえる。
あの黒い炎はいったい。
我が欲するは無慈悲なる罪。
我が欲するは虚無なる罪。
黒い炎は私のこぶし大まで小さくなった。
しかし、領主の悲鳴は止まらない。無論、骨が折れる音も。
古の契約にて我は命ずる。
冥府の王の裁きをかの者に与えんことを。
音が消えた。
先程まで聞こえていた風の音、領主の悲鳴、骨の折れる音、それ以外の音、すべてが聞こえなくなった。
深淵魔法・終焉冥々裡
詠唱が終わると同時に黒い炎は消えた。領主諸共。
圧倒的力を目の前にしているが、私には恐怖といったそういう感情は不思議とわかなかった。
パチン。
指を鳴らす音がしたと同時に、周囲の雰囲気が変わった。
雰囲気が変わったのではない。元に戻っている。
黒い炎とともに消滅した領主も居る。
意識を失っているのか無造作に倒れた。
「巻き込んでしまってすいませんフィーネさん」
そこに居たのは、私が知っているユーだ。
「い、今…、一体…何が…」
私はそのとき混乱していた。
咄嗟に出てきた言葉は、そのときの私の感情を愚直に表現していた。
「今のは幻惑魔法です」
「深淵魔法なんて存在しません」
「私がそれっぽく演出した魔法です。詠唱も適当です」
「どうでした?かっこよかったですか?」
「え…?、えぇ…」
ちょっとした冗談を聞いたとき、ふと私は現実に戻ってきた。
振り返ると姉さんは眠っている。
「姉さん!!」
「落ち着いてください。フィリンさんは無事です」
「あれは洗脳酔いと呼ばれる症状です」
「洗脳魔法は自分の意思に反した動き強制されます」
「この意思と動作のギャップで極度の酔いが発生します」
「簡単に説明すると乗物酔いですね」
「洗脳魔法はすでに解いてあります。もう大丈夫です」
ユーは微笑みながら説明をしてくれる。
「領主様…、領主が使っていた魔法は一体…」
ユーは一瞬硬直したが、しょうがないかという表情で説明をしてくれた。
「あれは賢者の石による効果です」
「賢者の石?」
ユーの手には濁りが一切ない赤い宝石が埋められた指輪があった。
~賢者の石~
魔力の変調をするための魔法道具。
普段、私たちの身体から離れた魔力は急速に霧散して消滅する。
この現象は魔力が放射されているかららしい。
賢者の石はこの放射してしまう魔力を収束させる効果があるらしい。
収束させることでより遠くまで魔力の影響を与えることができるようになるらしい。
「これは見たほうがわかりやすいです」
ユーは指輪をはめ、宝石部分から炎を出した。
「よく見ててください」
炎がゆっくりと指輪から離れていく。
限界とされる5cmをゆうに超え、最終的に天井にたどり着いた。
これが賢者の石です。
実演によって私は瞬時に理解することができた。
「ママは…、これのせいで…」
「すいません、もっと早く私たちが気がついていれば」
「賢者の石が乱用されてしまったのは私たちの責任です」
私は倒れている領主に近づいた。
「仇をとりたいですか?」
ユーが私に問いかける。
「幻惑魔法とはいえ、この領主は死ぬより辛い経験させました」
「フィーネさん達の気持ちが少しでも晴れればと思ってのことです」
「それでも生きてるのが許せないのであれば、その先はフィーネさんが決めるべきです」
ユーは私にナイフを手渡そうとしている。
私は深呼吸をした。
「パパとママは私たちが人殺しになることを望んでいないわ」
「それに…」
「私、魔法を見ていたけど恐怖は一切感じなかったの」
「たぶん、ユーさんの優しさがあったからだと思う」
「私が手を染めないようにって」
「だから、殺さない」
ユーはナイフをしまった。
その表情からはよく決心したということがうかがえる。
「ねぇ、ユーさんは昨日あったばかりなのに、なんでこんなによくしてくれるの?」
「危ないところ助けてくれたり、仇討ちに近い形で幻惑魔法を使ってくれたり」
「もしかして、仕事だから?」
ユーは少し驚きつつもゆっくりと口を開いた。
「困った人には優しくしなさいってパパとママが言ってましたからね」
私は今までせき止めていた何かが崩れたのか、大粒の涙を流した。
ユーさんは困惑した表情をしている。
決め台詞のつもりで言ったのだろうが、私には優しさに満ち溢れた言葉だった。
この2年間、ずっと我慢していた何かが報われた気がした。




