この世界は、魔法の特訓が要る
「それでは特訓を行います!」
我々は王都から少し離れた平原に来た。ダンジョンはとても複雑で、俺が罠にかかり分断される可能性がある。その場合、自分の身は自分で守れなければ一瞬でお陀仏だ。全員基礎的なところは抑えているが実戦経験がない。経験はダンジョンで積むとして、そのための土台である知識や技術を身に着けてもらうことにした。
「みなさんには実戦のイロハだったり、魔法の応用をできるようになってもらいます」
「とはいえ、やることは簡単です。魔法そのものは単純なんでね」
「まずは初歩中の初歩」
「相手の術中にはまらない方法です」
「身体操作魔法や洗脳魔法、幻惑魔法は行動を奪う最も基本的な魔法です」
「これは逆を言えば、相手は隙あればこれらをやってるということになります」
「最初に覚えることはこれらの対抗策です」
生物魔法には先勝の原則がある。正確には先も後も無いが、魔法という土台においては先勝という言葉が最も正しい。
理論は単純だ。眠らせる魔法と起きる魔法が同時に発生していた場合、どちらが勝つかという話だ。先に起きる魔法が発動していたら、後に眠らせる魔法を発動しても単純に打ち消され、結果、何もない状態になる。先に眠らせる魔法を発動されている場合、起きる魔法を発動するほどの集中力が発揮できれば、眠ることはない。これが先勝の原則と言われる所以でもある。
「やることは単純です。ずっと身体強化魔法と、覚醒魔法を発動したままであればよいのです」
「魔力使いの我々には動作無いことだと思います」
「はい!先生!」
「はい。ネルフィナさんどうぞ」
「覚醒魔法ってなんですか」
「覚醒魔法はおそらくネルフィナさんも無意識に使っていたと思います」
「先日の居合のときとか、おそらく使っていたんじゃないですかね」
「なるほど…。あの状態ですね」
「能動的に発動するなら…、そうですね。頭付近に魔力を集めるイメージでしょうか」
「まずは覚醒魔法の習得からですね」
「今、私の隣に木が見えてますよねみなさん」
「え?はい」
「これが幻惑魔法です。その証拠に…」
「このように触ることはできません」
「って、俺には見えていないんですが、幻惑の木って俺の右側であってますかね」
「逆ですね」
覚醒魔法は脳で消費するエネルギーを増やし活性化させる魔法となる。活性化することで思考、動体視力、聴力、反応速度諸々が上昇する便利な魔法だ。
「みなさん、木は見えなくなりましたね」
「とうぜん!」
「じゃあ、幻惑魔法は解くので、みなさんも覚醒魔法を解いてください」
「?別に1日はこの状態でいられるけど、そういう特訓じゃなかったの?」
「そういうわけにはいきません」
魔法には副作用が存在する。短時間であれば副作用は発生しないが、長時間となると話は別だ。火の魔法によって自身の身体に火傷を生じるのはこの副作用によるものだ。
覚醒魔法は脳の血流が増加するため頭痛を引き起こす。身体強化魔法は重度の筋肉痛を引き起こす。身体操作魔法も同様だ。治癒魔法に至っては短時間でも副作用が発生する。治癒魔法は細胞の活性化であるため、副作用で寿命が縮む。司祭や修道士、修道女が治癒魔法を使いたがらないのはこのためだ。治るのであれば自然治癒が最も良い。
「フィリンさんとフィーネさんは、なんとなく副作用に気がついていたのじゃないでしょうか」
「2人は身体強化魔法を必要な時に一瞬だけ発動していますよね、あれはこの副作用対策ではないでしょうか」
「副作用って認識はなかっただけど、たしかに身体の負荷は多少気にしていたわ」
「私もです」
「ネルフィナさんも心当たりあるはずです」
「え?私ですか?」
「普通、骨折は数日では治りません」
「あれはオニ属の種族特性の1つである、怪我をしたときに無意識下で治癒魔法を発動するための影響ですね」
「このため、オニ属の平均寿命は人類の中でも短めです」
「と言っても、数歳程度ですが」
「え、怪我って半日で治らないのが普通なんですか」
「普通です!」
「エルフ属の寿命がとんでもなく長いのも、無意識下で延命魔法を発動しているからですね」
「延命魔法は、名前の通り寿命を延長する魔法です」
「極めれば不老になることもできますが、無意識下で極まることはありません」
「そのため数千歳で寿命を迎えるわけですね」
「ねぇ、ユーさん」
「今のではっきりしたから聞くんだけど、ユーさんって歳いくつ?」
「鋭いですねフィリンさん」
「いつか…、というか、今言おうと思っていたのですが」
「俺は200歳以上です」
「やっぱり…、公爵と戦っていたとき先大戦のことを、あたかも経験したかのように喋っていたから、もしかしたらってずっと思っていたわ」
「別に隠してないですよ。聞かれなかっただけで」
「正確な歳は覚えていません。100歳からわからなくなってしまったので数えなくなりました」
「200歳といっているのも、先大戦が200年ほど前だからという理由からですね」
「ちなみに、紫陽花のメンバーは全員こんな感じですね」
「延命魔法は魔力をとんでもない量消費しますが、魔力使いであれば誤差みたいなもんです」
「問題は、この延命魔法は常時発動していないと意味がないということです」
「寝ているときも、魔法を発動するために集中しているときも、常にです」
「そろそろ本題に戻しましょう」
「今日の特訓である対抗策とはまさにこれです」
「常時発動と反射発動を身につけてもらいます」
「常時って、さっき魔法には副作用があるって」
「1日中はだめですが、戦闘中という意味での常時発動になります」
「それに、覚醒魔法を意識して発動していたら、他の魔法発動できませんからね」
「補助的魔法は無意識下で発動することで、本来の魔法のみを集中することができるようになります」
「反射発動とは名前の通りで、反射的に魔法を発動する技術です」
「短期戦は常時発動で、長期戦は反射発動が有利と言われていますが、まあ、正直どっちも大差はないですね」
「得意な方を習得して、余裕があればもう片方も習得する感じでよいと思います」
「習得難易度は魔法神経の良し悪しで決まります」
「さあ、始めましょう」
特訓は非常に簡単だ。指先に火の魔法で炎を出しながら、相手の炎を消せば勝ちという勝負形式が、最も効率よく身体に魔法の発動を覚えさせることができる。火の魔法を維持するというのが常時発動、相手の妨害を防ぐのが反射発動である。
「ユーさん、炎を消せば勝ちってことは、力ずくでもよいのでしょうか?」
「フィーネさんが力ずくなんて強気な言葉を使うとは…。ええ、手段は問いません、危ないと判断したときは俺は介入して止めるので安心してください」
「わかりました」
フィーネはそういうとフィリンに向かって氷の息を吹きかけた。フィリンの炎はあっさりと消えてしまった。
「ええぇ!?フィーネずるくない!?」
「油断しましたね姉さん!!」
それと同時にネルフィナの炎も消えた。
「!?、今、一瞬身体に違和感があって集中力が…」
「おお、勝負ありですね!」
「この中だとフィーネさんが一番魔法が得意なのは理解していましたが、こうもあっさりとは」
「ふっふーん」
「バニールさんが火を吹くのを見て、私にもできるんじゃないかって思ってやったらできました」
「ネルフィナちゃんは油断しましたね。詠唱魔法はいつでも警戒しないといけません」
「よいですね。この調子で今日はこの特訓を続けてください」
「「「はい!」」」
1刻を過ぎた頃、3人は状況に合わせた動きが徐々にできるようになってきた。
フィーネの氷の息作戦は数回であっさりと対策された。冷気を感じたら炎を大きくすることを2人が覚えたからだ。
フィリンとフィーネは反射発動が得意なようだ。得意というよりも無意識に身体への負荷を減らす傾向がある。おそらく、長命な種族特有の防御反応だろう。基本的に常時発動しているのは火の魔法だけだ。それ以外は必要な時に必要な時間だけ発動をしている。
それとは対照的にネルフィナは常時発動が得意なようだ。覚醒魔法、身体強化魔法を弱く発動したまま、火の魔法で炎を発動しつつ、それを消されないように風の魔法でガードし続けている。最も実践的な方法だ。初見の相手は何をしてくるかわからない。わからないのであれば、常にすべてを常時発動するというのはとても合理的だ。
「みなさん!そろそろ休憩しますか?」
フィリンとフィーネの炎が消えた。ネルフィナは常時発動故に炎が消えることはなかった。
「フィリンさんとフィーネさんは油断しましたね」
「詠唱睡眠魔法なんてずるいです!!!」
「やっぱり常時発動が正義なんですよお姉ちゃん達」
特訓は夕方まで続いた。後半は3人とも慣れたのか炎を消されることはなくなった。俺の割り込みも意味をなさなくなっていた。
「よし、そろそろ帰りますか」
「なんかユーさんの声で覚醒魔法と身体強化魔法を発動するのクセになりそうね」
「そのクセはとても良いですが、できれば俺の声ではなく、俺の不審な魔力に反応できればもっと良いですね」
「このあたりは徐々に慣れていきましょう」
次の日。
「今日の特訓は魔法の応用です」
「空を飛ぶ魔法を通して、応用とはを身につけていきましょう」
空を飛ぶ魔法は飛行と呼ばれる。飛行のように固有名詞がついている魔法は、上位魔法に分類される。上位魔法の殆どは多重発動を前提とした高等技術となっており、下位魔法のようになんとなくでは使えない魔法である。
「飛行はフィリンさんなら、とても簡単に扱うことができるはずです」
「オークを吹き飛ばすほどには風魔法を扱えますからね」
「そうかもしれないけど、どうやって浮くのかしら?」
フィリンは自分の足から下向きに風を発生させるが、浮く気配がない。発生させる風を徐々に強くするが、単純に風が強くなるだけで浮くまで至らない状態である。
「何度か試してみたことはあるけど、こんな感じで空を飛ぶには至らないのよね」
「なるほど、わかりました」
「空を飛ぶために必要なのは風魔法であることは間違いないのですが、それはあくまでも飛ぶ時に必要な魔法です」
「浮くための魔法が欠如してしまっていたんですね」
「よーく見ていてください」
俺は軽くジャンプしてみせる。
「ジャンプするとこのように、一瞬ですが空中にいられますよね」
「ん?ええ、あたりまえじゃない?」
「そうです。あたりまえなんです」
「では次です」
俺は軽くジャンプして、空中で静止する。
「これが、浮くです」
自然魔法は火、水、雷、風の4大要素を扱う魔法であるが、その実態は運動エネルギーの操作である。それは要するに位置エネルギーの操作であるとも言える。浮くというのは単純に落下する際の位置エネルギーからの運動エネルギー変換を阻害するだけで可能な下位自然魔法に分類される魔法となる。
「簡単な魔法理論なのでまずは練習してみましょう」
「誰が一番最初に浮けますかね」
案の定、一番最初に浮くことができたのはフィーネである。
「おおー。どうですか、浮いてみた感想は」
「うーん。なんか不思議な感じですね」
「地面に立っているのとも違うし、かと言って鳥のように自由な感じもしません」
「本当にただ浮いているだけなんですね」
フィリンもそれに続いた。
「たしかに不思議な感じね」
「このまま浮き続けてもっと上にいったりしないの?」
「結論を言うとできます」
「ただ、単純に魔力の効率が悪いのでおすすめはしません」
「その状態で風魔法を使うのです」
「あー、なるほど」
エネルギーとは質量である。単純に重いものはエネルギーを多く持つ。人体は単純に空気より重いので、操作しなければいけないエネルギーが単純に多い。魔力の効率を考えると空気を動かす方が最も効率的である。飛行は効率も考えられた先人の知恵の魔法として重宝されている。
フィリンはコツを掴んだのか、空を自由に飛び回っている。フィーネはフィリンほどではないが、ある程度自由に空を飛び回れるようだ。その一方でネルフィナは落ち込んでいる。
「ネルフィナはだめな子です…」
どうやら浮くことの理解ができないようだ。
「あの2人は普通にやってしまいましたが、浮くという魔法は高位魔法に近い魔法です」
「本来習得までかなり時間がかかる魔法なので、そんなに落ち込まないでください」
そんなネルフィナだが、1刻を過ぎたときには自由に空を飛び回っていた。若い頃の習得は早いと聞く。単純にこの3人の飲み込みがはやいだけという可能性は否めないが、魔法の教育も早めの年齢で始めるよう、教育機関に働きかけたほうがよい気すらもする。まあ、危ないという理由だけで一蹴される気がするが。
「みなさんそろそろ降りてきてください」
「飛行は便利な魔法ですが、使用には十分注意してくださいね」
「特に、海の横断を飛行で行おうとは絶対にしないでください」
「え、なぜでしょうか?」
「魔力がなくなったらとか、いつになったら陸地が見えるのかといった不安が襲ってきた瞬間、集中力が途切れる瞬間があります」
「そうなるとわかりますね。飛行を維持できなくて海に落ちてしまい、魚の餌になります」
「実際、飛行と命名されて依頼、そのような事故が毎年何件も発生します」
フィリンとフィーネの顔色がまるで天馬の荷車に乗ったときのようになった。
2人は海洋恐怖症かなにかだろうか。なんとなく海が怖いという感じが見て取れる。
「私は絶対に陸地のところしか飛ばないわ」
「私も」
「さて、そろそろ本題に参りましょう」
「飛行は事実上、浮くという魔法と風魔法の複合で成り立つ魔法です」
「要するに多重発動と呼ばれる技術をみなさんは無意識に使ってたということですね」
「魔法の応用とは多重発動の上で成り立ちます」
「飛行であれば2つ。俺が前に使った…、例えば絶対零度であれば3つですね」
「多重発動は数が多ければ多いほど魔法は応用の幅が広がります」
「今日はこれの特訓をします!」
俺は手を大きく広げて、各指から火の魔法で炎を出した。全部で10個だ。
「このようにすべての指で個別に魔法を発動させます」
「ほとんどの人は5個が限界になることが多いですが、3人は6か7はいけるかと思います」
「それではやってみてください」
3人は一斉に手を広げて火の魔法を指先で発動する。案の定5個までは楽に発動することができたが、6個目から苦戦しているようである。2刻過ぎたときに、最も早くコツを掴んだのはやはりフィーネであった。
「フィーネさん8個はやりますね」
「なんかコツがわかった気がします」
「利き手があるように、魔法にも得意な側がありますよね」
「おー、それに気がつくとはさすがフィーネさんです」
「魔法を発動しやすい方は利き手と逆になることが多いです」
フィリンは7個目で苦戦している。ネルフィナは8個目で同じく苦戦している。
「これ難しすぎない?」
「7個目を出そうとすると、どっかが消えちゃうんだけど」
「こればっかりは感覚なので、身体で覚えてもらうしかないんですよね」
「集中の仕方とか、魔力の込め方は人それぞれなので、俺から助言するのもの難しいのです」
「ただ、6個目の壁を超えているので、コツさえ掴めばその先はすぐのはずです」
「あとは練習あるのみですね」
「フィーネさんも現状で満足せずに10個を目指してみてください」
「さて、そろそろ夕方になりそうなので、今日も帰りますか」
「明日からはダンジョンの行きます」
「その道中でも特訓するので、各自昨日と今日教えたことは忘れないようにしてくださいね」
10日間のクエストで2日間を消費したが、順調にレベルアップができている。
明日からはとうとう実戦だ。どんな座学や練習よりも実戦経験が一番レベルアップできる。
みんながどこまで強くなれるか楽しみである。




