この世界は、ミーミルの泉が存在する
王都エクセルシオールの中央に生える世界樹の根本には大きな泉が存在する。この泉は世界樹の傷ついた根から湧き出ているとされ、樹液でできた泉として市民の間で語り伝えられている。実際は地下水で構成された普通の泉であり、樹液はごく少量しか含まれていない。しかし、このごく少量の樹液が、泉の神秘性を助長している。樹液のマナが発光する現象だ。
世界樹の樹液にはマナが含まれている。これは世界樹の特徴であり、世界樹と呼ばれる所以でもある。マナが発光する原理はわかっていない。現在の定説ではマナが魔力と同等の能力を有しているとするものだが、マナが魔法に反応することがなく、真偽の程は定かではない。唯一わかっているのは、マナは時間経過で消滅するということだ。これは発光に魔力を消費していると考えられており、この現象からマナは魔力と同じものとする定説の根拠になっている。
「さあ着きました!」
「ここが世界樹の根本にある泉、通称ミーミルの泉です」
「ミーミルの泉?」
「この大木が世界樹なので、神話になぞらえてそう呼ばれています」
「神話ではミーミルの泉は蜂蜜酒でできているとされています」
「あー、だから周りに酒場が多いんですね」
「飲んでみますか?甘くて美味しいですよ」
「あ、ネルフィナさんは子供だから飲んではだめですよ。お酒なんで」
「ネルフィナはオニ属なので、お酒くらいもう飲めます!」
「そういうことではないです。見た目的な問題です」
昼間にもかかわらずミーミルの泉は神秘的な光を放っている。フィリンはこの神秘的な泉に見惚れており、静かに泉を見つめている。最近気がついたが、フィーネよりもフィリンの方が乙女である。こういった雰囲気を気に入る傾向がある。昨晩に世界樹を見ていたのも、おそらくマナの発光が綺麗だったからであろう。
泉の周りは恋人とのひとときを楽しんでいる人たちが大勢いる。それに感化されて「デートしましょう」とかフィーネは言うと思っていたが、フィーネにも雰囲気というものがあるのかもしれない。
「ユーさんが言っていた通り、周りはカップルだらけですね」
「私もデートしたいです!」
どうやら気のせいだったようだ。
「今度来ましょうね」
「今度っていつですか!明日ですか!?」
「そういえば、フィリンさんずっと見つめてますが、生きてますか?」
俺はフィリンの顔の前で手を降る。反応がない。
「姉さんは、見惚れてるんだから邪魔しちゃいけません」
「はい」
「フィーネさんはフィリンさんと会話していないのにわかるものですか?やっぱり」
「はい!わかります。双子なので」
初めて会ったときもフィリンの危機をいの一番に察知していたのはフィーネである。双子特有の思考がシンクロするゆえの行動か、それとも無意識下の魔法か。双子という存在は謎が多く、研究しがいのある分野である。
「そろそろお腹空いてきましたね。ご飯食べにいきませんか!」
「「賛成です!」」
「王都の料理を食べてみたいと思っていました」
「よし、じゃあ行きましょう」
「フィリンさん行きますよ」
フィリンの反応がない。
「フィリンさん?」
「ね・え・さ・ん」
フィーネが背後からフィリンを鷲掴みにする。フィリンは声にならない声を上げ、半ば強制的に我に返ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょっとびっくりしたじゃない!」
「だって、姉さん呼びかけても反応してくれないんですもの」
「ちょっと見惚れちゃってたの!」
「これからご飯食べに行こうと思っていますが、フィリンさんはもう少し見ていきます?」
「いや、もう大丈夫、私もご飯いくわ」
我々は近くにある有名な食事処、世界樹の根萌芽へと向かった。
「不思議な名前のお店ですね」
「どちらかというと根本に建っているので、世界樹の孫生えと思いますが」
「あながち間違いではないですよ」
「この世界樹は、本体ではありません」
「本体となる世界樹はこの世界のどこかに生えています」
「ここの世界樹は、その本体から伸びた根から生えてきた新芽です」
「え!?この木ですら山くらいの大きさがありますが、これが新芽…!?」
「という言い伝えですね!」
「ミーミルの泉は傷ついた根から湧いているお伝えしましたが、その傷ついた根から生えてきたのが、この世界樹です」
「世界樹のことは何もわかっていないので、こういった言い伝えが多いのが特徴ですね」
「その他にも、葉っぱを食べたら若返るとか、実を食べたら不老不死になるとか、色々あります」
「お待たせいたしました。世界樹のサラダになります」
「ユーさんこれって…」
「一口食べる毎に1歳若返りますよ」
有名店は伊達ではなく、どの料理も非常に美味しく全員満足したようだった。実際、俺が王都に家を構えられたとき、この店はすでに存在していた。
食後に提供された世界樹の葉を煎じたお茶も非常に美味しく、充実した食後を楽しんでいる。
「久しぶりじゃのイレブン」
楽しみは長くは続かなかった。
「どうしたんですか。あなたはそういう役割の人じゃないでしょう」
「ユーさん、この方は…紫陽花ですよね」
フィーネが小声で俺に語りかける。
「フィーネさん、紫陽花という名前は普通に喋って大丈夫ですよ」
「王都でその名を知らない人は居ないので」
「お主がフィーネか。話に聞いていた通りの美人じゃの」
「そして、そちがフィリンか、確かにそっくりじゃ!」
「ん?こっちのちっこいのは誰じゃ」
「むう。私の方が大きいです!」
「あなたの方がちっこいじゃないですか!」
ネルフィナは確実に大物になる。俺はそう確認した。
2人は身長でマウントを取り合っている。客観的に見るともうただの子どもの喧嘩にしかみえない。正直なところどちらが勝っても面白いが、話が進まなくなるので俺は喧嘩に割って入った。
「ちびっ子さん、早く自己紹介したほうがよいのではないですか」
「わしにも譲れぬ戦いがあるのじゃ!止めるなイレブン!」
「ユーさん止めないでください!ネルフィナの方が確実に大きいのです!」
「はいはい、おしまいにしましょうね」
俺は無理やり2人を引き離した。
「こちらは、紫陽花の事実上の最高責任者のワンさんです」
「こちらは、港町スミレの道中で仲間になったネルフィナさんです」
「わしの方が大きいのじゃ」
「いえ、私ですね」
「はいはい、ワンは年齢的にもう大きくなることはないので諦めましょうね」
「ネルフィナさんはまだまだ伸びしろがあるのでこれから頑張りましょうね」
「ふん!次に会うときにはもっと大きくなっているから、覚悟するのじゃちびっ子」
「私だって負けませんよ。これから毎日牛乳飲んで大きくなります」
「で!ワンは何をしにここへ?」
「ここはわしの行きつけじゃからの、たまたまイレブンが居たから顔を出したまでじゃ」
「たまたまですか」
「その割に気配を消すのが上手なようで」
「気配なんて日頃から消してるからの、いつものクセじゃ」
「まあ、感謝はしておきますよ」
「お主のことじゃ穏便に済ませる気じゃったのだろ」
「最近やつらの動きが活発化しておる。注意するのじゃ」
「ご忠告どうも」
「それじゃあ、わしは帰るかの」
「ユーをよろしく頼むぞ、御三方」
そう言い残すとワンはゆっくりとその場を離れた。
「今の方って本当に紫陽花の最高責任者なんですか?」
「なんか子供にしか…」
「ワンはあのような見た目と性格ですが、最高責任者で間違いないですよ」
「あの感じで、俺と渡り合えるほどの実力です」
「尻尾いっぱい生えててモフモフして見たかったです」
「ワンはキツネ属の中でも珍しい九尾です」
「1本くらいモフモフしてても気が付かれないんじゃないですかね」
「ところでユーさん、やつらって?」
フィリンは先程の会話で気がついていたようだ。やつらとは反紫陽花派のことである。王都において紫陽花は有名であり、全メンバーの顔が割れている。それ故に、反紫陽花派から常日頃狙われる状況になる。今日も朝からずっとつけられていた。何もしてこなかったので無視していたが、ワンが何かしら対処してくれていたようだった。
「紫陽花って有名人なのね」
「王都直属の機関ですからね」
「王都には紫陽花での活動の危険性を知ってもらうためにきたのですが、ワンが全部バラしちゃいましたね」
「今は俺がいるので襲ってきませんが、高頻度で謎の刺客に命を狙われます」
「みんなには、この刺客と対等に戦える程度に強くなってもらいます」
「手っ取り早く強くなるには冒険です」
「だから冒険者登録したのね」
「冒険者カードが使えるのは明日なので、明日は冒険者ギルドでクエストを受けましょう」
「実戦でレベル上げをします」
俺は3人に目的を伝えた。先程のSランクとも相まって3人ともやる気に満ちあふれている。
今日はこのままゆっくりと過ごすことにして、明日からのレベル上げのための英気を養うことにした。
次の日。俺達は冒険者ギルドに向かった。冒険者ギルドは基本的に街の入口付近にある。この世界において街の外にいく1番の理由は冒険であるためだ。利便性を追求した結果、この位置に落ち着いている。
「冒険者ギルドへようこそ!」
「あら、紫陽花の方ですね。今日はどういったご要件でしょうか」
完璧だ。今日はしっかりと腕章を付けてきた。やはりいくら有名であっても、半年すれば人は忘れる。俺は学んだ。
「こちらの3人のレベル上げをしたいので、単純にクエストを受けに来ました」
「なるほど、かしこまりました。冒険者カードの提示をお願いします」
俺達は冒険者カードを出した。
「え、さ、3人ともSランクですか…!?」
「ええ、全員遠い国では戦慄の魔女として恐れられている人たちになります」
「戦慄の魔女…?」
受付嬢の方は絶妙に困惑している。適当な嘘なのでここはスルーしてほしいところだ。
「ユーさんはSランクじゃないんですね」
「紫陽花の方はギルドマスターが適当にランクを付与したカードになっております」
「そもそも非常に強い方々なのでSランクよりも上の実力ですからね」
「要するに偽りのランクになります」
「ギルドマスターからはSランクと同等の待遇でよいと伺っております」
「そういうことです」
「全員Sランクであれば、クエストボードに貼られたすべてのクエストが受注可能です」
「お好きなクエストをお選びください」
半年ぶりに冒険者ギルドに来たが、雰囲気は何も変わっていない。パーティを組んでいる者、ソロで活動している者、何故か寝ている者、フィーネの尻をずっと見ている者、冒険者は犯罪者以外誰でもなることができるため、結果的に多種多様な人が多くいる場所になっている。
唯一変わったことといえば、クエストボードのクエストの数が以前とは比べ物にならないくらい多くなったことだ。それだけ何か起こっているのか、はたまた冒険者が減っているのか。
俺はSランクのクエストボードを見た。Sランクはダンジョンの完全攻略の依頼が多く並ぶ傾向にある。Sランク冒険者の雇用は非常にお金がかかるのだが、ダンジョンの制圧そのものが非常に名誉なことのため、大枚をはたいてでも成し遂げたい貴族が多く存在するからだ。
ハウスマン神殿のボス調査
カルノー洞窟攻略の護衛
ユークセン遺跡のボス討伐
実際の依頼もダンジョンの攻略を目的としたものが多数並んでいる。ただ1つを除いて。
| フェニックスの討伐
| 依頼内容:
| フローライト地下迷宮に巣食う不死鳥フェニックスの討伐
| 達成条件:
| フェニックスの羽根を持ち帰ること
| 達成報酬:
| フェニックスの羽根1つにつき金貨1枚
| 依頼主:
| カルテオ・フラクティス
「受付嬢さん、こちらの依頼ってSランクであってます?」
「はい!こちらSランクのクエストでお間違えありません」
「とある王族の方からの依頼で、フェニックスの羽根を集めているとか」
「すでに何度も依頼を持ってきていただいているので、受付嬢で知らない方はいないくらいには有名なクエストになっています」
「そんなに何度もですか?」
「はい!私が記憶している限りでは5回は確実に持ってきていただいております」
「こちら受注いたしますか?」
当初、この件は難航すると思っていたが、思ったよりも相手方は活発に行動をしているようだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ずという。本来はナインの役目だが、ここは俺自らが飛び込んでみても良いかもしれない。
「これでお願いします」
「かしこまりました!」
「依頼主からの期限はありませんので、冒険者規定に従い、明日を1日目として10日間以内の達成をお願いいたします」
「10日間を過ぎた時点でクエスト失敗となります」
「10日間以内に、達成条件の品をこちらにお持ちください」
「依頼主に直接会うこと原則禁止となります。その場合、クエスト失敗扱いになる可能性がありますのでご注意ください」
「説明は以上となりますが、なにかご質問はありますか?」
「いえ、特にありません」
「それではこちらで受理いたします」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
俺達は冒険者ギルドをあとにした。クエストを受注すると冒険者カードの裏面に、受注したクエストの内容が表示される。これは紫陽花が発明した、魔力感知紙と呼ばれる紙によって実現されている。この紙は特殊なペンを用いて記載することで文字が一定期間消えない状態になる。特殊な波長の魔力をあてることで文字を消すこともできる。とても便利な紙だ。
俺は何度か消してしまったことがある。消すたびに冒険者ギルドに怒られる。未だに納得はいっていない。魔法使いであればたまたま波長が合ってしまうこともあると思うんだが。
「さて、次は武器屋に行きましょう」
「これからダンジョンに行くんでね」
武器屋は名前の通り、多種多様な武器を扱っている店である。基本的には鍛冶屋が作成した武器を売っているのだが、冒険者がダンジョンから持ち帰った武器が売られていることもある。そういった武器はコレクターが存在しているため、武器屋は冒険者だけの店ではなく、市民の店として定着している。
「フィリンさんは、今使っているロングソードで行きますか?」
「そうね。これが一番使い慣れているから、私はこのままでよいわ」
「フィーネさんは、基本的に後衛と思いますので、こちらの脇差なんてどうですか」
「私、ナイフくらいでよいと思ってましたが、これくらいの大きさの刃物のほうがよいでしょうか?」
「後衛は隙をついて攻撃されることが多いので、これくらい大きい方が都合がよいですよ」
「なるほど!じゃあユーさんおすすめのこの脇差にします」
「ネルフィナさんは…」
「私は太刀がいいです!」
「えっ!?太刀ですか?刃物の中でも群を抜いて難しいけど大丈夫ですか?」
ネルフィナは静かに太刀を手に取り、鞘を抜き刃文や切っ先を確認する。
「言いそびれていましたが、ネルフィナは東の国出身です」
「幼い頃から剣術を教わっていました」
「お、嬢ちゃん、太刀を持つ姿が様になってるね」
「ちょっと試し斬りしてみるかい」
店主のおっちゃんが景気よく声をかける。
「え、よいのでしょうか?」
「おう!嬢ちゃんを見てたらピンときてな!」
「それではお言葉に甘えさせていただきたいです」
武器屋の裏には試し斬り用の道具がいくつかおいてある。店主はその中にある竹を1本選び台に固定して準備した。
「ええ、竹なんていいんですか」
「刃こぼれとかしてしまったら…」
「嬢ちゃんのさっきの立ち姿、あれは只者じゃないっておっちゃん信じてっから!」
「そ、そうですか…」
「わかりました。みなさん離れていてください」
ネルフィナは帯刀した太刀の鞘に手を起き構える。居合術と呼ばれる東の国の武術。俺は初めて見る。おそらくフィリンやフィーネも。武器屋の店主はおそらく初見ではない。この太刀を仕入れるときに実際に見たのだろう。我々とは目つきが違う。
ネルフィナは構えたまま微動だにせず、呼吸を整える。普段の子供っぽいネルフィナとは異なり威圧感がある。吸っては吐き、吸っては吐きを何回か繰り返したあと、ネルフィナの呼吸が一瞬止まった。その瞬間、太刀を鞘に収める音だけがした。
「これは良い太刀ですね。まったく抵抗がありませんでした」
そう言うと、ネルフィナは我々の方に振り返った。
「嬢ちゃんあんたすげえな!おっちゃんには何も見えなかったが、見事な居合術だ!!」
おっちゃんがそう言い終えると、ネルフィナの背後にある竹が斜めに切れ、倒れた。
魔法を使っていない俺には何も見えなかった。ただただ驚くしかなかった。
「え、ネルフィナさん今、本当に斬ったのですか?」
「え、はい。昔はこんなに綺麗に切れませんでしたが、身体強化魔法を組み合わせることで綺麗に切れるようになったようです!ユーさんのおかげです!」
「綺麗云々の前に…、動作がまったく見えなかったですね」
フィリンとフィーネは何度も頷く。
「それならよかったです!」
「居合術とは静と動の切り替えが重要で、この爆発的な緩急で相手を欺く技でもあります」
「私の太刀筋が見えなかったということは、私もまだまだ衰えていないということですね」
「どうですか?ネルフィナかっこよかったですか?」
「ええ、とっても!」
先程までの威圧感のあったネルフィナはそこには居なく、いつものネルフィナがそこに居た。
「おっちゃん、脇差と太刀の両方でいくらになります?」
「本当はその太刀だけで金貨100枚もする代物だが、いいもの見せてもらったお礼だ!金貨10枚でいいぞ」
「ええ!?安くしすぎじゃないでしょうか」
「いいってことよ!武器は主人を選ぶという。その太刀はもう主人を嬢ちゃんに決めてしまったようだ」
「おっちゃんがどうこう言える状況じゃねえのさ!」
「そういうものですかね?」
「そういうものさ!!」
「じゃあお言葉に甘えて」
「金貨90枚分は紫陽花の方から何かしらの形で支払う感じにしますね」
「兄ちゃん紫陽花か!どうりで落ち着いているはずだ」
「あ、嬢ちゃん、その太刀だがちゃんと名前がある」
「仇桜って名だ」
「大切に扱ってやってくれな!!」
仇桜はネルフィナの身長の半分を優に超える長さである。鞘は桜の名前にふさわしく淡いピンク色をしており、武器というにはあまりにも気品がある。
「はい!ありがとうございます。大切に扱いますね」
「よろしくお願いします。仇桜」
ネルフィナは気品というにはまだ子供っぽい感じがする。しかし、仇桜を帯刀するネルフィナは気品あふれる立ち姿へと変貌する。これが太刀が主人を決めたということか。




